第36話 豪華客船の洗礼

「島のリゾートには飛行場がないんだって。珍しいね」


 行きの電車の中、渚沙なぎささんがパンフレットをのぞきながら言う。夏休みで混み合う車内、僕らは立って体をくっつけるようにしていた。


 獅子王ししおうさんが誘ってくれた島への交通手段である、新規就航の豪華客船。僕たちはそれに乗るために、船のターミナルを目指しているのだ。


「片道、まる一日か。実質、五泊六日の旅になるわけで……」


 それを百人以上負担しても、まるでこたえないという獅子王グループ。改めてすごい規模なのだと思い知らされる。


「三泊もあればアレもコレもできちゃうねえ。あ、イルカクルーズは絶対一緒に行こうね」


 渚沙さんがはしゃいでいる。それを聞いていると、僕のテンションも徐々に上がってきた。普段は苛々する人混みもさして気にならないまま、目的地の駅に到着する。


 ターミナルのために作ったような駅だがら、出口からは迷いようがなかった。前の人について歩道を歩いていくと、海辺の広い道に出る。


「わ、船だよ!!」


 確かに、停泊する船が見えた。その中に一際大きな船があり、あれに僕らは乗るのだろうと想像がつく。唯一某国女王の名を冠することが許されたという船は、優雅な黒い船体を港の人々に見せつけていた。


「集合場所はどこだったかなあ?」

「あのビルの二階って言ってたね」


 僕が指さした先には、海に面してそびえたつ、四角いガラスばりの大きな建物があった。青いガラスは空の色を吸いとっているようで、ぴかぴか輝いてまだ真新しい。


 やけに広いエントランスを抜けてエスカレーターで上がっていくと、その横が待合になっていた。木と帆布を組み合わせたおしゃれな椅子に、見慣れたクラスメイトたちがぽつぽつと腰掛けている。


「よお、小林、遠海とおうみさん」

「こっちこっち」


 その中に、啓介けいすけ関田せきたさんがいた。なんとなく緊張して立っている生徒が多い中、堂々と座ってくつろいでいるのは流石である。


「緊張しないの?」

「せっかく椅子あるんだから、使わないと損だろ!」


 啓介は全く物怖じせず、早くも持ってきたお菓子をかじっている。こいつの図太さが自分に少しでもあればな、と僕は思った。


 結局啓介たちほどくつろげないまま、乗船の呼び出しがかかった。先導する獅子王さんについていくと、その人混みに知った顔を見つける。


「え……早乙女さおとめさん!?」


 僕が驚いて声をかけると、彼女は嫌そうな顔をして振り向いた。


「君も乗るの?」

「そうでなければ、ここにはいないわよ」

「……獅子王さんに乗せてもらえたんだ。良かったね」

「何を言ってるの。勝負に負けたんだから、そんなこと頼めるわけないでしょう。自腹よ」


 力強く言い放つ彼女を見て、僕は心底びっくりした。


「……早乙女さんって、お嬢さまだったんだ……」

「一応、父は経営者なの。獅子王グループに比べると、吹けば飛ぶような規模だけどね。私はそこの特別役員だから、クルーズ一回くらいのお金は稼げるわ」


 すごい話だなあ、と思いながら僕は早乙女さんを見ていた。


「いいわね。滞在中は、その不愉快な顔をできるだけ見せないでちょうだい」

「……うん、まあ。言われなくてもそうするよ」


 彼女はすんなり伸びた白い指をつきつけてきた。先の勝負の結果もあって、思いっきり早乙女さんに嫌われている。無理もないけど。


「その後ろの男二人もよ」

「ん? 男二人?」


 背後に男は啓介しかいないと思ったが。そう思って振り向くと、なぜかそこに中西くんがいた。


「こっちもなんでいるの!?」

「お、お前も自腹で乗るのか!?」


 啓介も知らなかったらしく、本気で驚いていた。


「そんなわけないだろう。うちは一般的なサラリーマン家庭だ。……俺の前に天が道を作ったのだから、これは来るしかあるまい」

「具体的にどういうこと?」


 説明を聞くとこうだ。中西くんの従兄弟が三年生の優勝クラスにいて、その子が急な食中毒を起こしてしまい来られなくなった。チケットがもったいないので、代理で行けないかと獅子王さんに打診したところ、OKが出たのでやって来たという。


「そう」

「悲しい決断だったが、来た以上は思いっきり楽しもうと思っている」


 中西くんはそう言って、さっぱりした顔をしていた。反対に早乙女さんはひたすら苛々している。


「まあ、船は広いんだからさ。そうそう会うこともないよ」


 なんで僕が、と思ったが、一応フォローしておくことにした。早乙女さんはふんと鼻を鳴らし、そのまま立ち去る。


「なんだ、あいつ。感じ悪いなあ」

「ほっときなよ。関わったら余計機嫌が悪くなるんだから」


 取り残された僕たちはややモヤモヤした気分のまま乗船したが、それもメインロビーを見るまでの間だけだった。


「ひろーい!!」


 皆から歓声があがる。三階分は楽にある吹き抜けの空間に、ゆったりと高そうな椅子と机が配置され、その間には植物の鉢が彩りを添えている。高そうなグランドピアノからは、クラシックらしき音楽が奏でられていた。


「獅子王ご一行様、ようこそクイーン・セルナ号へ。客室へご案内いたします」


 赤い制服を着たボーイさんが近付いてきた。僕たちは呼ばれた名前に従って、各部屋に案内される。


「小林様と三井さまはこちらでございます」

「ありがとうございます」


 僕たちに当てはめられたのは、ツインの一室だった。啓介と同じベッドというのが気がかりだが、部屋は広くて綺麗だ。横手にはソファやテーブルも置いてあるため、いざとなったらそっちで寝られるだろう。


「思ったより広くて綺麗で、ホテルみたいなのはいいけどよお。窓がなくて、船の上って感じはしないよな」


 啓介はさっそくベッドに寝転がって、そんなことをのたまう。


「船の部屋にもランクがあるってことでしょ? 乗せてもらってる身分で、そういうこと言うなよ」

「それでもつまんねーもーん」


 確かに僕もちょっとがっかりしたが、言っても仕方無い。荷物を置いて外へ出た。上階で軽食が食べられると聞いているので、皆がぞろぞろと移動をはじめている。


「わあ、ここはすごいね」


 レストランは全面がガラス張りになっていて、海がよく見える。啓介をなだめたものの、やっぱり見えるならこっちの方がいいよな……と僕は思ってしまった。


彩人あやとくーん、三井くーん」


 先に渚沙さんたちが着いていた。中西くんも加わって、三人で席に座っている。


「料理はバイキング形式みたいだから、先にとってきなよ」

「ああ、そうなんだ」


 入り口付近にドリンクコーナーがあったな、と思い直してまずそこへ向かう。僕は無難にアイスティーを選んだが、啓介はグラス片手に何やら思い悩んでいた。


「……言っとくけど、『全部混ぜて無敵のドリンクを作るぜ-!』とかやめてね。本気で恥ずかしいから」

「ば、バカだなあ。ファミレスじゃないんだし、俺がそんなことするわけないだろ?」


 絶対やる気だったな、こいつ。僕は呆れながら、ラウンジの方へ向かった。


 サラダにスープ、メインの肉料理に魚料理。そしてパンにピザ、サンドイッチ。腹を満たすには十分すぎるラインナップだ。


「ごめん、遅くなって」

「よーし、じゃあ静かに乾杯しよう」


 姉御がグラスを掲げ、僕たちもそれに続いた。グラスをかちん、と軽く合わせてから飲むと、より美味しく感じる。


「このサラダのドレッシング、美味しいねえ」

「魚もハーブがきいてるよ」

「赤くしたたる血……このステーキはまさに、俺のために用意されたようなもの……」

「俺、米と味噌汁とってくるわ」

「ここまで来てそれ!? こっちのパンの方が色々美味しそうだよ」


 一通り好きなものを食べて落ち着いてくると、自然と会話が始まった。そして、客室の話題になる。





※今回のお話は楽しんでいただけましたでしょうか?

「くそう、いいなあ船」

「中西くん、まさかのログイン」

「ツンしかない早乙女さんも好きです」

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作者はとてもそれを楽しみにしています!

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