第33話 彼氏はサプライズを画策する

 ついにリゾートへ出発する日がきた。僕は前日から眠れなくて、少しふらつきながら起き上がった。


 眠れなかったのは、リゾート(と水着)が楽しみというのも、もちろんある。しかしそれとは別に、もう一つ原因があるのだ。


 僕は荷物を改め、小さなケースが入っているのを確認する。


 これを用意するまで、色々あった。そのことが一気に脳裏に蘇ってきた。





渚沙なぎさの誕生日はいつかって?」


 一週間前、僕にそれを聞かれた関田せきたさんは、不思議そうな顔をした。


「知らなかったの?」

「夏生まれということは知ってたんだけど、具体的な日付までは……」

「じゃあ、本人に聞けばいいじゃん」


 僕はちょっと言葉に詰まった。このプレゼントだけは、いきなり渡してびっくりさせたい、という思いがあるのだ。


 関田さんにそれを話すと、口元をつり上げて猫のように笑っていた。


「へえ、サプライズねえ……ちゃんと彼氏してんじゃん。でも、何をあげるかは決まってるの? 欲しくないものサプライズで渡されてもビミョーよ」

「それは知ってるんだ」


 僕はこの前、ペアリングのブースをじーっと見ている渚沙さんを目撃してしまった。今まで一言も向こうから装飾品のプレゼントをねだられたことはなかったから、渚沙さんがそれを欲しがっているとは思わなかったのだ。


「……で、今度の誕生日に渡そうかなと」

「分かった。話のついでに聞いておいてあげるよ」


 数日後、関田さんからメッセージが入った。渚沙さんの誕生日は七月二十九日。ちょうど皆でリゾートに行っている間だ。


「ありがとう……っと」


 返信しながら、僕の頭の中には南国の星空が広がっていた。星の光が降り注ぐロマンチックな雰囲気の中で、渚沙さんに指輪を渡せたら……それは、これ以上無い思い出になりそうだった。


『ありがとう、彩人あやとくん。大好き!』


 なんて言われちゃったら、僕は少なくとも一週間はニヤニヤして過ごす自信がある。この計画は絶対に成功させたい、と僕は拳を握った。


「厳密な計画を立てないとな……」


 渚沙さんに秘密のミッションとなると、なんか幸運が起こって手に入っちゃった、という流れは期待できない。


 資金は小遣いの貯金でなんとかするとして、どこで何を買うかを明確にしておかなければ。それでも買えるとは限らないので、候補は複数ピックアップしておこう。


「女の子に人気のブランドというと……」


 僕はネットで検索してみた。ちょっと探すと、可愛い花や色石がついたリングがたくさん出てくる。渚沙さんのイメージに合いそうなものをピックアップしてみたが、それでも思った以上の数が出てきて、僕は面食らった。


 どうしよう。どれが好きかいっそ渚沙さんに聞いてみたい気持ちになってきた。


「……いやいや、それはいかん」


 ギリギリのところで思いとどまって、僕は関田さんにメッセージを送った。どういうブランドが好きか、ヒントだけでも欲しかったのだ。


 しかし返ってきたメッセージはこうだった。


〝いや、普段指輪とかネックレスとかつけないから知らない。ごめんね〟


「だよなあ……」


 やっぱり聞く人選は大事だ。うちに女性といったら母しかいないし、残りは……。


 僕はしばらく考えてから、またメッセージを送った。するとしばらくして、電話が入る。


「彩人くん? 久しぶりね!」


 明るい声で電話してきたのは、夏帆かほさんだった。


「お忙しい中すみません。今、渚沙さんは?」

「お風呂に入ってるわ。だから大丈夫。渚沙に指輪をくれるんですって?」

「ええ、まあ……」


 自分で言い出したことなのに、何故か照れる。


「そうねえ。デザインはシンプルな方がいいんじゃないかしら。石とか、飾りがごてごて付いているのはあまり好みじゃないと思う」


 のっけから僕の思っていたのと全く違う意見が出てきて、驚いた。


「いいんですか? 可愛いイメージの方が渚沙さんに合うんじゃ……」

「まあ、嫌いではないと思うけど。あの子、けっこう家事好きでしょ? その時に石や飾りがついた指輪だったら、邪魔になって外さなきゃいけないし」


 その視点はなかったので、僕は頭をかいた。


「面倒ですよね……」

「それもあるし、せっかく君にもらった指輪を外さなきゃいけないのはがっかりすると思うのよ」


 そこで夏帆さんはふふっと低く笑った。


「愛されてるわね、少年」

「からかわないでくださいよ」


 一応反論したが、実際はとても嬉しかった。


「じゃあ、できるだけシンプルなやつで探してみます」

「そうね、それがいいと思う。サイズは分かってるのよね?」

「……すみません、実は……全然……」


 渚沙さんが細身というのはわかるが、指のサイズなんて気にしたことはない。服と同じようにフリーサイズの指輪があったら、楽なのだが。


「フリーサイズもなくはないけど、調節のために指輪に切れ目が入ってるから。縁起をかつぐならやめた方がいいと思うわよ」

「うーん……じゃあ、渚沙さんに聞くか……」

「でもねえ。『指のサイズいくつ?』って聞いちゃったら、指輪をあげますって宣言するようなものよね」


 そうなのだ。これほどこちらの狙いがストレートに分かる質問もそうそうない。


「一応女性の指なら、七号・九号・十一号のどれかな可能性が高いけど……間をとって九号にしてみる?」


 そのアドバイスはありがたいが、せっかく安くないお金を払うのだから、どうせならぴったりなものをあげたい。


「うーん……」


 僕が悩んでいると、電話口の声がいきなり変わった。


「婿よ。その指輪を買いに行くのは、いつのことだ」


 美波みなみさんだった。いきなり聞かれて、僕は少し面食らう。


「えっと……二十二日だから、四日後の予定です」

「それならギリ間に合うかなあ……分かった。しばらく待ってて。サイズを調べてみるから」


 美波さんはやけに自信たっぷりに言って、そのまま電話を切ってしまった。僕は一瞬ぽかんとして、画面を見つめる。


「大丈夫なのかなあ……」


 それでもここは美波さんに任せるしかない。僕はそれまで宿題をダッシュで済ませることと、買いに行くブランドを絞り込むことに専念した。




※今回のお話は楽しんでいただけましたでしょうか?

「彼氏らしくなりやがって……」

「本人登場してないのに渚沙さん萌え……」

「遠海三姉妹をもっと出せ」

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作者はとてもそれを楽しみにしています!

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