第28話 楽園の前に

「いやー、夏休み楽しみだなあ!!」


 三組が体育祭で優勝してこのかた、啓介けいすけは開口一番、まずそう言う。あまりにしつこいので、僕は最近それに相づちをうつのをやめた。


「……三井。あんた、無理して何かを忘れようとしてない?」


 体育祭が終わって一週間後、おもむろに関田せきたさんがそう切り出した。


「無理? 全然してないしてない。今、俺の人生の最高潮。できないことはなにもなく、叶わないこともなにもない。俺は最強!」

「期末テストは大丈夫なの? 赤点取ったら夏休みは補修だよ。補修者は島に入れないって、獅子王さんが公言してたじゃん」

「俺はゴミです……」

「短かったな、お前の最強期……」


 なるほど、ここのところやけにテンションが高かったのは、無理して現実を忘れようとしていたからか。


「テストなんて日頃から勉強してれば、なんとかなるだろ。赤点さえなきゃいいんだから」

「はい-、出ましたあ。学年十番以内の貴族の理論ー。ばーかばーか」


 貴族どころか努力を要求しているのだから、平民の理論だと思うのだが。幼稚園児かお前は。


「……でも、憂鬱なのはちょっと分かるな。私、理系の成績はあんまり良くないから」


 渚沙なぎささんが困ったように笑った。確か、彼女の成績は学年の真ん中くらい。文系だけならトップ三十に入るらしいが、理系が露骨に足を引っ張っているとは聞いていた。


「それを言うなら私も。渚沙とは逆で、文系がダメなんだ」


 関田さんが苦手とするのは、主に暗記が必要な文系教科。理系は公式を覚えてしまえば、あとは思考で答えの手がかりが分かるから楽なのだそうだ。関田さんの順位は、渚沙さんより少し下くらいだったと思う。


「じゃあ、お互いに教え合ったら弱点が補えていいね」


 僕が何気なく言うと、渚沙さんが手をうった。


「それだよ。勉強会しよう。ちょうどテスト前だし」

「いいかもなあ。今回、英語がかなりヤバいんだ」


 関田さんもそれに同意する。そしてその横で、啓介が背筋を伸ばして手をあげた。


「俺も俺も! 俺も参加したい」

「自分でやんなよ。どうせ女の子しか見ないに決まってるんだから」

「自分でやった結果、このザマだから困ってるんだろうが!」


 ちなみに啓介の中間テストの順位は、堂々の下から二番目。……確かに、女性陣に見とれていても今よりはマシになるかもしれない。


「あんまり二人の足、引っ張らないでよ」

「お前も参加するんだよ! 俺を助けろ」

「それが助けられる方の態度かね?」

「痛い痛い、助けてください小林様」


 僕が啓介の頬をつねり上げていると、渚沙さんたちが笑った。


「じゃ、決定ね。またうちに集合してもらう形でいいかな?」


 渚沙さんが言う。関田さんの家は小さい弟が多くて集中できないし、啓介の部屋は足の踏み場もない状況だというから妥当だが……このところ、渚沙さんの家にばかり入り浸っている気がする。それに、新たなトラップも怖かった。


「たまにはうちでやってみる? 兄貴が受験生だから、了承もらえたらだけど」

彩人あやとくんの家!? やった!」


 渚沙さんが飛び上がって喜んだ。そういえば、渚沙さんがうちに上がったことって、まだなかったっけな。夏帆かほさんが普通に来ているから、ついつい忘れてしまう。


「でも、ダメだったら渚沙さんのとこで頼むかも」

「分かった。罠がないか頑張って探しておくね!」

「……う、うん。怪我、しないようにね」


 やっぱりお父さん、怒ってるか……。僕は苦笑いを浮かべながら、ガッツポーズをする渚沙さんを見つめた。




「勉強会? いいじゃないの」


 その夜に切り出してみると、母の許可はあっさり下りた。うちの父は基本的に母に絶対服従なので、これで両親の許可はもらえたことになる。


「でも、兄貴はどうかな。かなりうるさい奴も来るから、邪魔になるんだったら別のところを考えてるんだけど」


 僕が聞くと、サラダを頬張っていた兄貴が顔をあげた。


「いつ? 何時から何時まで?」

「今度の土曜。僕の部屋に昼頃から集まって、うちで夕飯を食べて解散ってことにしてるんだけど」


 兄貴はそれを聞いて、ふと空中を見つめた。


「それくらいの時間なら、俺は外に出てるよ」

「わざわざいいの?」

「いいよ。塾に自習室があるから、そこで勉強すればいい。そろそろ文房具も買わなきゃいけない頃だったし」

「ありがとう」


 僕が礼を言う横で、母が目をきらめかせていた。


「じゃあ、腕によりをかけてご飯を作らなくちゃね。パワーがつくように、お肉を買っておかないと」


 話がまとまったので、僕はチャットで報告する。渚沙さんにだけは電話で連絡することにした。


「ってことで、うちで大丈夫だから。集合よろしく。お昼は各自食べてきてね」

「わかった。ああ、ほっとしたよ。今ね、三つ目のトラップを解除したところなの」


 ……うちに決まって本当に良かった、と思いながら僕は電話を切った。さて、そうと決まれば少し片付けておかないと。


 僕は床に置いていた本を棚にしまい始める。そろそろ不要な物は売りに行かないと、おさまりきらなくなっている。仕方無いから、すでにある本の前に床のブツを置いてなんとか誤魔化す。


「あ、これ……」


 本と本の間から、綺麗なピンクの封筒が出てきた。その中には、何枚か写真が入っている。夏帆さん・渚沙さんと水族館に行った時に、セレモニーでスタッフが撮影してくれたものだ。


「何度見てもひどい顔してるな……」


 僕はまだ渚沙さんと付き合いたてで、全然自分に自信もなくって。だからせっかく美女二人が微笑んでいるというのに、今にも死にそうな形相をしていた。あんまり見たくなかったから、しまいこんでいたのだけれど。


「でも、渚沙さんが可愛いからいいか……」


 この前、関田さんとカイさんが遊園地の時の写真をくれた。運動会のクラス写真もある。ついでだから、それもプリントアウトして一緒に飾ろうか。今は百円均一でも、いくらでもフレームを売っているし。


「想像もしなかったな……」


 僕は思わず、ひとりつぶやいていた。自分の部屋に写真を飾りたくなるような思い出が、そんなにたくさんできるなんて。


 一年前は、まるで想像もしていなかった。別に死ぬほど辛かったとか、病気とかではないんだけれど。啓介のようにあっちからやってくる厄災型でもない限り、自分が人と深い付き合いをしているイメージがまるでなかったのだ。


 今は、違う。一緒にいたい人がいる。その人といた時間全てが最終的に楽しくて、宝物になるような人がいる。そんな奇跡のような展開に、もっと感謝しなければと思い知らされた。




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「テスト回ってどのマンガでもだいたい面白いよね」

「今回の話、ちょっとしんみりした」

「啓介の成績は予想通り」

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作者はとてもそれを楽しみにしています!

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