第29話 突如降臨するエロ
そして、土曜日がやってきた。玄関に出迎えに行くと、大荷物を抱えた三人が笑っているのが見えた。
「まあ、いらっしゃい。ゆっくりしていってね」
「お邪魔しまーす!」
「僕の部屋は二階だよ。階段ちょっと急だから、気をつけてね」
先導して部屋に入る。すでにクッションと客間の机が運び込んであり、四人入ると結構ギリギリだ。特別なものは何もないが、それでも皆は興味深そうにきょろきょろ周囲を見ていた。
「きれいにしてるじゃん。三井も見習いなよ」
「あ、あの時はたまたま余裕がなくてだなあ」
「家に遊びに行ったの?」
「見たかった映画のDVD、持ってるって言うからさ。貸してもらうつもりで行ったのに部屋に入ったっきり、三十分くらい出てこないの、こいつ」
関田さんが呆れ顔で啓介を指さした。
「妹さんがリビングから出てきてさ。『うちの兄が本当にすみません』って頭下げてたよ」
ダメな兄がいる分、しっかりしてるんだろうな、妹……。
「んでこっちから迎えに行ったら、目の前のDVDに気づかず、物だらけの部屋をまだ探してるし」
「……でも、映画は面白かったろ?」
言い訳する啓介の前に、関田さんはDVDのケースをつきつけた。夏休みに続編が発表される、人気の洋画だ。
「開けてみ」
「え?」
「いいから」
啓介がそれを開いてみると、セクシーなお姉さんのこぼれ落ちそうな乳房がプリントされたディスクが出てきた。
「……何か言うことは?」
「申し訳ございませんでした」
啓介は絨毯に頭がめりこむ勢いで土下座した。
「弟に見せる前に気づいてホント良かったよ。あんたのそういう詰めの甘いところが、テストでも失敗する要因だと思うぞ」
関田さんはDVDを突っ返しながらため息をつく。
「そ、そういえば、持ってきたよ。言われてた、中間テストの答案用紙」
「全部はそろってないけどいいのか?」
渚沙さんが話題を変えてくれたので、啓介がほっとした顔でそれに飛びつく。
「何に使うの?」
「点数はすぐ分かるけど、それ以外にも知りたいことがあるんだ」
答案を見て、各人の解答傾向がよく分かった。
渚沙さんは一問解けないものがあると、それに引っかかって悩んでしまうタイプ。数学などは完全に中盤で止まってしまっていて、もったいない問題がいくつもあった。
関田さんはそもそも暗記が苦手なので、分からなければ完全に空欄にしてしまっている答案が多い。特に世界史がひどかった。
そして啓介は空欄が多い・字が汚くてスペースが足りなくなって放り出す・ケアレスミスだらけと、どうしてやったらいいのか本気で分からなくなるひどさだった。
「よし。関田さんはまず、知識を増やすしかない。ゴロ合わせでもなんでも使って、覚えるしかないところをつめこもう。渚沙さん、覚え方のコツを教えてあげて」
渚沙さんが明るくはあい、と答えた。
「それが終わったら、関田さんは渚沙さんに数学のコーチを。特に三角関数を重点的に」
「分かった」
「あと渚沙さん、テスト用紙を最初にざっと見るクセをつけといた方がいいよ」
「え?」
渚沙さんは丸い目をますます丸くした。
「最後の問題が一番難しい傾向はあるけど、その前の小問とかはけっこう簡単なことが多いんだ。だから、最初に答えられそうなところは全部埋めて、そこから難問にかかった方が点がとれるよ。後でテストを見直してみて」
「うん、分かった」
テストにもいくつかテクニックがあり、これは基礎の基礎である。
「へえ。俺にもそういうの教えてくれよ」
「啓介はそれ以前の問題だって。技術以前に、勉強の基礎体力が著しく足りてない。だから」
僕は買っておいたドリルを差し出した。
「小学校六年からやり直してもらうね」
「さすがに算数は間違えねーよ!!」
啓介は怒鳴るが、こういう基礎から壊れているタイプは、下からやり直していかないと上に張りぼてが積み重なるばかりだ。──そして悪いことに、年齢とプライドが邪魔してそれに手をつけないケースが結構ある。
「それが終わったら一学年ずつレベルを上げていくから、解き終わったら言ってよ」
僕は啓介にドリルを渡して、自分の勉強を始めた。わからないところはその都度先生に聞いているから、そんなに困ることはない。知識が間違っていないか、チェックする程度だ。
「歴史はね、一枚の大きな紙に流れを書きだしてみるといいよ。この年、他の場所では何が起こってたか、って一目で分かるほうがいいの」
「ここで円を書いてみると、サインコサインはどの点になると思う?」
女子たちが話し合う声が聞こえてくる。間近で人の声が聞こえるのを嫌がる人もいるが、心地よい声があった方が作業が進んだ。……まあ、渚沙さんの声が混じっているっていうのは、大きいと思うけど。
「啓介、できたの?」
未だに歓声の声がかからないので、しびれを切らして自分から聞いてみた。啓介はなんと脂汗を流しながら、図形問題をにらみつけている。
「どう?」
「やべえ。小学生、レベル高え」
「……本気で言ってる?」
「だって難しいんだよ! 線対称とか点対称とか、比の割合とか出てくるし! 一足す一とか、そういう世界じゃないのかよ、算数って!」
涙目で訴えられてしまった。思った以上に重症だな、これ……。
「といっても、それより下の学年のドリルがないんだよね」
「なんとかしてくれええええ」
「とりあえず他の科目をやってて」
僕はため息をついて、父さんの部屋に入った。パソコンを起動し、小学校のドリルで検索してみる。幸い、無料で問題集を公開している人が何人もいた。ありがたくプリントさせてもらいながら、僕はため息をつく。
「ほら、小学校一年から集めたよ。解けなくなるまで下からやってみて」
女の子より啓介の方が手がかかることは予想できたが、まさかここまでとは思わなかった。どっと疲れた僕は、ベッドによりかかって休憩する。
※今回のお話は楽しんでいただけましたでしょうか?
「タイトル詐欺がよお!」
「そういえば昔、こうやって勉強したな」
「小林、お疲れ様……」
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