第27話 勝利の女神は誰だったのか?
僕が中西くんを引っ張ってグラウンドに戻ると、
「誰か、電車でここまで来た者はいないか!? 松田駅の記載がある定期券を探している!」
獅子王さんは応援席に向かって叫んだ。
「うわ、今度はまともなお題を引かれた!」
中西くんがうろたえるが、これは僕の書いたお題だ。筋書き通りにいってくれれば──次に、
「あるよ! 松田駅経由の定期券!」
渚沙さんは上ずった声をあげたまま、獅子王さんに定期を差し出した。獅子王さんは軽く一瞥すると、うなずいて走り去る。
「あ、
「中西くん、君に頼みたい。僕は時間的に勝てないから、一組がここを取ってほしいんだ」
「でも、もう獅子王がゴールしてしまうぞ!?」
「大丈夫。あれじゃ合格にはならないよ。さあ、走って!!」
僕は中西くんの背中を押した。彼が一組のところへ行くと同時に、獅子王さんが定期券を持ってゴール前に到着する。
「……これは、ダメですね。もう一度探してください」
「なに!? どこがダメだというんだ!?」
案の定、獅子王さんと審判が押し問答になった。その間に、中西くんが戻ってくる。彼は悠々とチェックをクリアし、先頭でゴールに飛び込んだ。一組からどっと歓声があがる。
「中西──!! よくやったぞ!!」
その声を聞きながら、獅子王さんが呆然としていた。続いて、淡々と品を集めていた四組がゴール。僕はそれを見届けてからネクタイを借り、三位でゴールした。
「えーと。二組の最下位がこれで決定しましたので、ここでレースは打ち切りとします。三年生の競技を開始しますので、速やかに退去してください」
「ちょっと待て!」
「獅子王さん、なんでダメなのか説明するから」
僕は獅子王さんを場外へ手招きして、借り物が書いてある紙を広げた。そこにはこうある。「
「松田駅で間違いないだろう」
「この定期、
定期を受け取った僕は、表面の文字がよく見えるように掲げて見せる。
「は?」
まだ分かっていない獅子王さんに、僕は噛み砕いて説明した。大変に分かりにくいのだが、月浜電鉄と月丘電鉄は同じグループ会社だが別路線であること。そして、同じ「松田」という名前の駅名が二つあること。
観光客でもしばしば引っかかるのだから、普段電車通学していない獅子王さんが分からなくても意味がない。
「なぜ同じ駅名が二つもあるのだ!?」
獅子王さんが憤慨するが、こればかりは不明である。この二会社、改名するときも駅名をそろえたりするからな。
「……とにかく、そういうことで。分かってもらえた?」
獅子王さんは不承不承だったが、うなずいた。そしてその顔が、どんどん暗くなっていく。無理もない。出場したレースで最下位なんて、獅子王さんの人生では一度もなかったことだろう。
「このような醜態をさらすとは……」
「動揺してるね。最終のリレーに備えて、イメトレでもしといた方がいいんじゃない?」
「……そうだな。私はしばらく一人で瞑想でもしていよう」
そこへ、慌てた様子の早乙女さんがやってきた。獅子王さんはタオルで顔をぬぐいながら、淡々と言う。
「しばらく一人にしてくれ。規定の競技前になったら呼びに来てほしい。では」
獅子王さんは有無を言わさぬ勢いで言い切り、常人には追いつけない速さで歩いていった。
「これで、病欠を盾にして獅子王さんを使えなくなったね。彼女が立ち直る時間を奪ったら、今後に差し支えるかもしれないし。獅子王ファンの君にはそっちの方がきつい展開でしょ?」
早乙女さんはしばし呆然とし、次いで僕をすごい目でにらみつける。
「……やってくれたわね」
「卑怯っていう言葉は使わないでよね。お互い様でしょ」
僕は言い返しながら、自分で自分の言動に驚いていた。まさか女の子相手に、ここまで言うことができるとは。昔の僕なら、嫌われるのが怖くてここまで言えなかった気がする。
「お、覚えてなさいよ!!」
早乙女さんは捨て台詞を残して去って行った。僕はため息をつく。……そういえば、渚沙さんに定期を返さないとな。
三組の応援席に戻ると、そこはすでに最終決戦に向けて盛り上がっていた。リレーに出場する
するとそこへ、するっと渚沙さんが滑りこんできた。
「お帰り!」
「ただいま。はい、定期。さっきはありがとね」
僕は渚沙さんが月丘電鉄で通学しているのを知っていた。だから獅子王さんが探しに来たら、真っ先に定期を渡すようお願いしてあったのである。
「みんなびっくりしてたでしょ」
獅子王さんを引っかける手を思いついたのはとっさのことだったので、他の面々に説明する機会がなかった。渚沙さんが裏切り者扱いされなかったか、僕は気になっていたのだ。
「うん。でも説明したらすぐ分かってくれたよ」
さすが渚沙さん。普段の信用があるから、トラブルにならなかったのだ。
「でも、
「獅子王さんは電車なんか乗らないだろうな、って思って書いたんだ。あの場面で引いてくれたのはたまたまだから、正確には作戦勝ちじゃないかも……」
僕は渚沙さんの方をちらっと見た。
「渚沙さん、何かした?」
獅子王さんに定期を渡したとき、ちょっと声が上ずっていたのが気になった。まるで、走った後のような。
「うん。あの少し前に、止められるギリギリまでグラウンドに近寄ってみたの。ほら、私の幸運って、彩人くんとの距離が大事みたいだから」
そんなことをしていたのか。僕は自分のことに夢中で、そこまで気が回らなかった。
「獅子王さんがこっちに来るより先に席に戻れるかギリギリで、焦っちゃった。作戦を台無しにしなくて良かったよ」
渚沙さんはぺろっと舌を出す。それを見て、僕は笑った。
……おかしいと思ったのだ。運がからむ勝負で、あんなにも僕の思い通りにことが運ぶなんて。結局、一人ではなにもできなかったということか。僕は苦笑を漏らす。
「ありがとう、渚沙さん。次は一人で勝てるよう頑張るよ」
そう言うと、渚沙さんは僕の手を握り返してきた。
「二人で最強。それでいいでしょ?」
「頑張らなくていいの?」
「いいの」
渚沙さんは僕の肩に頭をもたせかけてくる。その心地いい重さと、さらさら流れる髪の感触は、僕にしばしの間、現実を忘れさせてくれた。
「あ」
周囲で歓声があがり、不意に渚沙さんが頭を上げた。
「リレー、終わっちゃった……」
僕はびっくりして前を見る。確かに渚沙さんの言う通り、百メートルと四百メートルのリレーが終了してしまっていた。
「勝ったの?」
僕たちが息をつめて見守る中、勝ち星が追加されるアナウンスがあった。三組の勝ち星は──合計、五つ。最初に想定していた通りの形に持ち込めた。
後は、最後の八百メートルを残すのみ。それで二組が勝ったとしても、四勝止まり、ということは……
「優勝だ!」
「やった-!!」
渚沙さんが抱きついてくる。あ、やっぱり胸が当たる。新たな幸せ。
クラスメイトも喜びを爆発させていた。あっちこっちで歓声に混じって舌打ちが聞こえたような気がしたが、僕は意図的にそれを無視した。
「よう! 見てたか俺の勇姿!!」
意気揚々と啓介が帰ってくる。目が輝いているから、最後のゴールテープを切って勝利を決めたのは彼なのかもしれない。しかし。
「……ごめん、全然見てなかった……」
「……貴様、そこになおれ」
僕はうなずき、啓介の脳天割りチョップを甘んじて受けた。
こうして、僕たちはなんとか夢の島へのチケットを手に入れた。今年の夏は、暑くなりそうだ。
※今回のお話は楽しんでいただけましたでしょうか?
「くそう、相変わらずイチャイチャしおって」
「しおれている獅子王さん、ちょっと萌える……」
「水着! 水着!」
など、思うところが少しでもあれば★やフォローで応援いただけると幸いです。
作者はとてもそれを楽しみにしています!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます