第26話 卑怯とは負け犬の言い訳なり
「きったねえええ!!」
「やることがえげつなすぎないか、君たち!?」
「どうして? ルールブックは常に公開されていたのよ。チェックを怠ったのはそちらの落ち度でしょう」
そう言われてしまうと、僕たちに返す言葉はなかった。
「じゃ、私は行くわ。せいぜい、これからの展開を指をくわえて見ていることね」
早乙女さんは歯ぎしりする三組の面々をよそに、軽やかに去って行った。
「……どうするんだよ。あいつらの仮病を暴くか?」
啓介が青い顔で言うが、それはあまりに悪手だ。発熱などと違い、頭痛、腹痛、吐き気などは詐病を暴くのは至難の業だ。向こうはそういう、見抜かれにくい手を使ってきているに違いない。
「とりあえず、
僕は顎に手を当てた。そして悩んだ末、こう言い出す。
「中西くん、次だけは一組と三組の共闘を提案したいんだが」
「うぇっ!?」
啓介は嫌そうな顔をしたが、中西くんは少し考えてからうなずいた。
「受けよう。二組のあのスカシ女の鼻をへし折ってやらなきゃ、俺たちの今後に差しつかえる」
「よし」
同盟が成立したところで、アナウンスの音楽が鳴る。
「次の借り物競走に出場される選手の方は、運営本部前に集合してください」
「……行くか」
借り物競走の代表は、各クラス一人ずつ。どうしても借りてくるのに時間がかかるため、それ以上やっていると枠が足りなくなってくるのだ。
「一組の代表は?」
「幸運なことに僕だ。君の期待に応えてみせよう」
僕と中西くんが連れだって席を立つと、
「
「……正直厳しいけど、勝ってくるつもりだよ。悪いけど、ひとつ頼めるかな」
僕の言葉を聞くと、渚沙さんは一瞬目を丸くしてから──笑った。
「うん、分かった。ファイトだよ、彩人くん!」
そして僕の胸を拳でとん、と叩く。それは、何よりも心強いお守りだった。ツイていないことは変わらないが、僕に出来ることは全てやってのけよう。
「うん、ありがとう」
渚沙さん以外のクラスメイトも盛んに声援を送ってくれる。僕はそれを背に、運営本部へ向かった。一組の前を通った時も熱い声がかかっていたから、早乙女さんはそちらもきっちり煽り倒したらしい。
生徒の席を過ぎると、先生や来賓観覧席が見える。僕たちはそれを横目でちらちらと見た。これは覗き根性ではなく、立派な下準備だ。
借り物競走で借りてくる品は、ここにいる人から調達してくる可能性もあるのだ。誰がどんなものを持っているかをチェックしておくかは重要である。
「君たちが最後だよ、早く来なさい」
二人でちらちらやっているうちに、遅くなってしまった。すでに、他の選手たちはペンと紙をもらっている。
借り物競走のお題は基本的に運営委員が考えるのだが、各クラス代表が二枚まで自分で書いたものを混ぜ込むことができる。これを採用することで盛り上がった年があったため、継続して採用されるようになった。危険物や法に触れるものでなければなんでも書いて構わないそうだ。ただし、物理的に用意が不可能と判断されれば、審判判断で無効となりひき直しになる。
わかりやすい物を書いて自分たちを有利にしようとする者もいれば、逆に絶対無理そうなお題にして敵を妨害しようとするパターンもある。そしてそれを引き当てられるかは、運なのだった。
「何を書こうかな……」
僕はさっきの光景を思い浮かべながら考える。結局、トラップを仕掛ける方をとった。
「書いたらここの箱に入れて」
僕は紙を箱に入れる時に、端っこをわざと変な形に折っておいた。これで少なくとも、自分で仕掛けたトラップに自分でひっかかることはない。
「では、各選手スタートラインへ」
僕たちは体育教師に促されて、運動場へ向かう。中西くん、獅子王さん、僕、そしてまた気の毒な四組の委員長が一列に並んだ。……啓介がいない以外は、最初と同じ面子だ。
「えっと……四組の」
「谷だよ。お互い、死なない程度に頑張ろうな」
谷くんはそう言って寂しげに笑った。僕たちがとんでもない借り物を書いたとでも思っているのだろうか。……さすがに、体育祭の出し物でそんな無茶はしないよ。
「それでは位置について──よーい」
号砲が間近で鳴る。僕は遠ざかっていく獅子王さんの背中を、ため息とともに見つめた。なんとか勝たなければ、と思う。それには、獅子王さんがものすごく変なお題を引いて、モタモタしてくれることが最低条件だ。
獅子王さんがお題箱に手をつっこみ、一枚を選び出す。その内容を見た途端、ぱっと表情が輝いた。
「これなら用意できそうだ」
しまった、終わった。僕の運の悪さが、相対的に獅子王さんに有利に働いてしまったか。ようやく追いついた後続の三人の顔は、一様に絶望に染まっていた。
「自家用ジェット機が現在どこにいるか、確認するのはありなのか?」
「はい?」
僕はクジを引きながら、獅子王さんの紙をのぞきこんだ。確かに「自家用ジェット機」と書いてある。
「……なに? 今は隣の県にいる? 三十分以内に来られないのか」
「ストップ、ストップ!! その条件は無効です!!」
「なぜだ、せっかく用意出来るのに! 邪魔するな!!」
常人なら不可能な条件をさらっと叶えようとする獅子王さんを、審判が止めた。二人がすったもんだしている間に、僕は自分のお題を見る。
そこには黒々とした字で、こう書いてあった。──田中先生のネクタイ、と。
田中先生というのは僕たちの担任の先生だ。ネクタイにはなみなみならぬこだわりを持っており、毎日授業のはじめにネクタイを見せびらかすのが日課となっているし、ロッカーには必ず予備が置いてあるという。
……いつもなら問題はなかった。問題は今日は体育祭で、先生たちもジャージを着ているということだ。つまり、今から田中先生をつかまえて遠くの校舎まで走って行き、そこからさらに戻ってこなければならない。圧倒的不利!
「僕のも無効に……ってのは無理か」
獅子王さんのように、現実的に不可能なものではないから異議は通らないだろう。しかもこんな時に限って田中先生が見当たらない。これでは僕の勝利は絶望的だ。せめて中西くんに難しくないお題が当たってくれたら……。
「よし、これなら!!」
幸い中西くんは目を輝かせて、一直線に来賓席に走っていった。そして僕が田中先生を探しているうちに、何かを持って戻ってくる。よし、獅子王さんはまだモメているし、これならいけるかも──。
しかしゴール手前のチェックポイントにいる審判は非情だった。
「はい、ダメですね。探し直し」
「何やってるのー!?」
僕は思わず声をあげてしまった。中西くんは焦った様子で僕を振り返る。
「いや、これは陰謀だ! 間違いなく、書かれたものを持ってきたぞ!」
そして中西くんは「杮」と書かれた紙と、干し柿の食べ残しらしいものを出してみせた。
「さっきの来賓用弁当の中に入ってたんだ。それを見越して書かれたお題だろう。ちゃんと柿って書いてあるじゃないか!」
確かに、これでダメと言われては納得がいかないのも当然だ。
「いえ、違いますね。書いてあるの、柿じゃないので」
「はあ!? お前、小学校レベルの漢字も読めなくなったのか!?」
「それは杮です」
「コケラ!?」
中西くんの顔色が青ざめた。僕はそこで、お題の意味に気づく。
「劇場の『こけら落とし』ってよく言うだろう。その杮だよ! 柿とすごく似てるけど、違う字なんだ!!」
「はあ!?」
中西くんが声を荒げる。それを聞いたアナウンスが、高らかに解説を始めた。
「おおっとこれはいいトラップ。ちなみに『柿』は右側が『市』で、よーく見ると中央の縦線が途中で途切れています。『杮』にはこの途切れがなく、真っ直ぐ一直線のまま! 嘘だと思う生徒は、スマホで入力して確認してみましょう」
「くっそ、こんなアホみたいなトラップに引っかかるとは!」
中西くんがほぞを噛んでいるが、嘆いても仕方無い。
「早く、こっち!」
※今回のお話は楽しんでいただけましたでしょうか?
「柿ってスマホで検索してみよう!」
「渚沙さんに僕も励ましてもらいたい」
「早乙女さん、ゲスいところもいい」
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作者はとてもそれを楽しみにしています!
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