第25話 牙をむく二組

「はい、彩人あやとくん。あーん」

「あーん」

こずえちゃん、俺にもあーんして……」

「勝手に自分で食べな」


 賑やかに喋りながら食べ始めた。今日の渚沙なぎささんの唐揚げも、やや衣がしっとりしているがとても美味しい。きっと味付けがいいんだな。おにぎりもゆかり入りのものと、卵ふりかけのものがあって目にも鮮やかだ。


「ところでさあ、今、勝負としてはいい感じに持ち込めてるの?」


 関田さんが、食べ散らかした啓介の口元を拭きながら聞いてきた。


「うん。二組とうちが二勝、他が一勝ずつだから悪くないバランスだよ。あとは一組がパン食いと借り物競走で勝ってくれれば文句はないかな」


 ここのところは順調だ。……だが、順調すぎるのが気味悪くもある。


「そこは彩人くんのラッキー効果じゃないの?」


 渚沙さんがにこにこするが、僕の力はクラス全体に累が及ぶほど強いものではないし、渚沙さんにも離れすぎると効果がなかったりする。その程度のものなのだ。


 四組の奮闘など助けられた点は確かにあったが、今まで二組が妙に静かなのが気にかかる。


「二組って、獅子王ししおうさんが突出して強いけど、他はそうでもないんだよね……」

「そうだな。たまたまだと思うけど、運動部の奴もちょっと少ないし」


 啓介けいすけが僕の言葉にうなずく。


「出場制限が入った時点で、間違いなく二組はめちゃくちゃ不利になったはず。それなのに大した抗議もせず、当日も今まで静かだったのはなんでだろう……」


 嵐の前の静けさ。嫌な予感が徐々に強くなってくる。僕はルールブックを読み直してみたが、特に二組だけが有利になるようなことは書いていなかった。


「諦めたんじゃない?」


 関田せきたさんがからからと笑うが、それなら獅子王さんが勝ったときにあんなに盛り上がらない気がする。


「分からない……」

「じゃあ、考えてもしょうがねえじゃん。お前、大縄飛びでひっかからないように、一旦そのことは忘れろよ」


 啓介の言うことも(珍しく)もっともに感じる。僕はもやもやした気分を、麦茶と一緒に喉へ押し流した。




「それでは中間発表……まずは、皆が気になる応援合戦の結果からです。勝利したのは、一年一組、二年四組、三年二組。盛大な拍手を!」


 午後は、予想通りの結果から始まった。それに続いた大縄飛びでもうちのクラスは一位を勝ち取り、これでトップに躍り出る。


「おのれ、おのれ三井──!!」


 応援席からの風に乗って、もはや定番と化した中西なかにしくんの絶叫が聞こえてくる。しかし、今の僕はそれを気にしている場合ではなかった。


「やっぱり、二組が落ち着き払ってる……」


 おかしい。二組が確実にトップをとれるのは、もう最後の八百メートルリレーしかないはずだ。それなのに、あの勝ちを確信しているようなクラスの雰囲気。まさか、まだ何か向こうには奥の手があるのか……?


「彩人くん、私は次のに出るから、行くね」


 僕にタオルを渡してくれた渚沙さんが遠ざかっていく。僕は思わず、声をかけていた。


「渚沙さん、二組に気をつけて」

「え? 一組じゃなくて?」


 渚沙さんは一瞬首をかしげたが、それでも僕に向かって笑顔を作ってくれた。願わくば、何も起こりませんように。


 その願いは、パン食い競走のスターティングメンバーを見た瞬間に粉砕されることになる。


「な、なんで……なんで獅子王さんが、また出てるんだ!?」


 美しいクラウチングスタート体勢の彼女を見て、僕は動揺した。また一組を抜け出してきた中西くんなど、啓介の横で文字通り泡を吹いている。


「審判、審判! 出場ミスが……」

「正規の処置であり、問題ありません」


 あわてて抗議に行った啓介は、あっけなくはねつけられていた。


「おい、どういうことだよ!?」

「可能性としては、八百メートルリレーから乗り換えたってことはあるけど……でも、そんなこと獅子王さんが簡単に納得するとは思えない……」

「あら、ずいぶん動揺してくれてるみたいね」


 顔色を赤くしたり白くしたりしている僕たちの傍らから、涼やかな女子の声がした。横を見ると、しれっと他のクラス……二組の鉢巻をつけた女子が座りこんでいる。まるでお雛様のような顔をした、ゆかしき日本風美少女であった。


早乙女さおとめ……さん!?」


 中西くんが動揺する。僕もちらっと見たことがある、二組の学級委員長だ。


「お邪魔してるわよ」

「(本当に邪魔な奴だな! 何をしに来た、帰れ!!)あ、どうぞどうぞ。うわあ、甘くていい匂いがするーッ!!」


 付き合いがそこそこ長いから分かる。啓介、完全に本音と建前が逆になってるな。


「うふふ。お邪魔したお詫びに、一つだけ教えてあげる。牧埜まきのさまはこの競技だけじゃなく、次にもその次にも……ずっと出場するわよ」

「なにいいいいいいいッ!?」


 僕たちは今度こそ、完全に度肝を抜かれた。話を漏れ聞いていた他のクラスメイトにも、動揺が広がっている。


「そこ、うるさいぞ。スタート前は静かにしなさい」


 教師にアナウンスされて、渋々皆が口をつぐむのが見えた。早乙女さんが不気味に微笑む中、スタートの号砲が鳴り響く。


「あ……ああ……」


 中西くんがうめく中、獅子王さんが真っ先に集団から抜け出した。ぐんぐんパンがぶら下がっているチェックポイントに近づいていく。


「どの競技でもスタートダッシュが重要なのは変わりないけれど。この競技では、最重要と言っても過言ではないわね。なぜなら」


 そう言う早乙女さんの前で、獅子王さんがパンの袋をくわえ取った。家に執事がいて、送り迎えはいつも車の超ご令嬢のレアな姿だが、僕たちにそれを喜ぶ余裕はない。


「うわ、やっぱり揺れたか!!」

「わああああ、計画が──!!」


 悲鳴をあげる僕らを見て、早乙女さんはまた笑った。


「そう。最初の選手はただぶら下がったパンを狙えばいいけれど、後の選手は衝撃で不規則な動きをするパンに対応しなきゃならない。これは結構手間ね」


 だから一組は、数少ない陸上部所属のスプリンターを出していたのだ。真っ先にパンのポイントにたどり着くために。しかし、いかに優秀であっても獅子王さんには分が悪かった。


 序盤でぶっちぎられ、その上パンで手間取った一組、三組、四組をはるか後ろに残して、獅子王さんがゴールテープを切る。僕たちはそれを呆然と見ているしかなかった。


「牧埜さまー!!」


 競技を終えて悠々と歩く獅子王さんに、早乙女さんが声をかけた。


「なんだ、そんなところで」


 上を向いて、獅子王さんも叫び返してくる。


「体調は大丈夫ですかー?」

「問題ない。具合が悪くなったという男子は、保健室に運んだのか?」

「横手で休んでおります。牧埜さまは次のご準備を!」

「分かった」


 獅子王さんが立ち去った後、完全に目が点になっている僕たちを見て、早乙女さんは改訂版のルールブックを開いて差し出してきた。


「ご覧なさい」

「ここって、改定ルールのところ……」


 確か、病欠や怪我人が出た場合、クラスの誰かが代理で出場することを許可する記載のところだ。特に気になる記載はなかったはずだが──


「って、ええ!? なにこれ!!」


 読み進めていた僕は、ふとあることに気づいて声をあげた。病欠ルールの下がページ最下部になっており、そこに飾り枠がついているのだが……このページの枠だけ、よく見ると小さな文字が埋め込んである。


「『※この特別規定においては、出場制限は無効とする』って……まさか……」

「そう、そのまさかよ。さっき本当に、出場するはずだった女子が腹痛を訴えてね。お優しい牧埜さまは、真っ先に出場を了承してくださったの」







※今回のお話は楽しんでいただけましたでしょうか?

「俺もあーんしてくれ」

「パン食い競走って、そんな難しいんだ……」

「早乙女さんに踏まれたい」

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