第24話 三組の逆襲

 最初の競技が始まった。一年は優勝候補と目されていた三組の選手が転び、波乱の幕開け。なかなか盛り上がった。


「いやあ、熱い勝負でしたね。次も波乱があるんでしょうか。では、二年生の選手団の入場です!」


 予想通り、獅子王ししおうさん以外は目立たない面子だった。かろうじて四組だけは啓介と同じバスケ部の男子だそうだが、一組と三組は文化部所属の女子。


 うちの百メートル走は男女混合だが、普通は男子を出すと決まっている。その方が速いからだ。どうやら一組も、獅子王さんが出る競技を捨てたのは変わらないらしい。


「では位置について」


 号砲が鳴った瞬間、獅子王さんが飛び出した。そのまま後続が追いすがることも許さないスピードで駆け抜け、男子すらぶっちぎってゴールに飛び込んだ。二組から大歓声がわき起こる。


 それとは逆に、啓介けいすけが青い顔になった。


「今の四組のタイム、十二秒九だろ? そんな遅くないよな?」

「遅いどころか速い方だよ。獅子王さんが、圧倒的すぎる」


 それを示すように、体育教師が上ずった声で話し始めた。


「一位は二年二組、タイムはなんと脅威の十一秒五!! 高校生にして、日本記録更新まであと一歩のこの記録!! いやあ、やっぱり強い!!」


 体育教師が興奮するにつれて、他のクラスのテンションはだだ下がっていった。改めて、僕たちはとんでもない化け物を相手にしていると感じる。


「男子に一秒以上差がつくって……化けモンかよ、あいつ」


 啓介が絶望のこもった声でつぶやく。


「真っ向勝負は避けて正解だったね。勝てるわけない」


 次の四百メートルでも獅子王さんの勢いは止まらなかった。記録はなんと五十一秒九。日本記録まであと〇.二秒という超好記録。今回の面子は全員女子だったから、後は全員一分を回ってからのゴール。まさに圧勝だった。


 二組があっという間に連勝をもぎ取り、獅子王さんもわずかに嬉しそうにしていた。それを見ながら、僕たちはただ己の爪を噛む。


「……ま、まあここまでは予想の範囲内よ。なあ、小林」

「だね。うちは次の綱引き、絶対に取らなきゃ」

「任せとけ! そのために特訓したんだからな」

「頼んだぞ-!!」


 綱引きのルールは単純、二クラスずつ対戦して、最後に勝った同士で決勝戦というものだ。


 ここに重点をおいたうちのクラスの編成の特徴、まずは一つ目。男子で体重の重い順から採用。技術レベルが同じなら、重量が多い方が引っ張られにくい。


 そして二つ目、引き方の徹底。下を見ず空を見上げるような姿勢で、綱を斜めに引っ張り上げる。


 あとは三つ目。ひたすら「上見ろ-!!」とだけ声を出す啓介。熱中してくると一番の基本を忘れがちなので、思い出させる役は重要だ。


 これだけ準備して挑んだ綱引きだったので、僕たちは貴重な一位をもぎ取ることができた。最後、勝ち上がってきた二組とだけは一瞬ひやりとしたが、相手の体勢が途中で崩れてからは楽勝だった。


「勝ってきたぞー!!」

「お疲れさーん」


 男子が多い綱引き勢を、女子が暖かく迎え入れる。そして今度は反対に、大半が女子の軍団がぞろぞろと降りていった。


「姉御ー!! ソフト・バスケ部の精鋭たちー!! 頼むぞ!!」

「任しときー」


 次は玉入れ。こちらもオーソドックスなルールで、先ほどと同じく二クラスが赤と白に別れて籠に玉を投げ入れ、入った数が多い方が勝ち。勝ち残った二つで決勝戦となる。僕らは最初、二組との対戦だ。


「それでは只今から三分間、存分に投げ合ってください。スタート!!」


 開始の銃砲が鳴ると同時に、両軍は対照的な動きをした。全員が玉を拾いに行き、てんでに投げ始めたのが二組。しかし、本気で勝ちにかかっていた三組の布陣は、それとは全く違う。


「玉拾い組、かき集めた分はどんどん投手に回してー!!」


 うちは最初から、投手役を球技が上手い奴(なおかつ背が高ければ最高)、六人に絞っていた。籠まわりの狭い範囲に投手ばかり集まっていても体がぶつかって効率が悪いし、せっかく投げるのが上手い奴が玉拾いに回るなど愚の骨頂だ。


 だから残りの十人ほどの面子は、徹底して散らばった玉を拾い集め、ひたすら投手に多くの玉を渡すことに専念する。


 この徹底的な役割分担によって、うちは二組より遥かに多くの玉を効率よく投げることができた。結果、ダブルスコアで圧勝。


「やったー!!」


 連勝の後で連敗を喫した二組は悔しそうだが、三組の女子たちは大喜びだった。球拾い組として参加した渚沙なぎささんも、投手の関田せきたさんに抱きついて喜んでいる。


 決勝は一組との対戦だった。


「くくく……なかなか面白い手を使うものよ、三井」


 するとなぜか中西なかにしくんがつつつと三組までやってきて、一緒に観戦し始める。


「俺も成長したということだ、中西」


 作戦考えたの僕なんですが、という声が啓介に届くことはなかった。


「だが、一組と戦う前にこの戦法を見せたのは失敗だったな……うちも同じ方法で戦うことにした」

「なに?」

「悪く思うなよ。良いと思った戦法を即座に取り入れるのも知将の証……」


 そう言って中西くんはほくそ笑んでいたが、その笑みは十分ももたなかった。


「一組、三十個。三組、七十八個。よって勝利、三組」

「なぜだあああああ──!!」


 自慢のマッシュルームカットをかきむしる中西くんに、僕は残酷な真実を告げなければならなかった。


「……投手のレベルが全然違ったからね」


 最初から思いついていた作戦ではないため、一組には投手向きの選手がほとんどいなかった。作戦と物量が全く同じなら、選手の練度の高い方が勝つ。これもまた、世の中の真理である。


「く……くそう!! 次の騎馬戦で、目に物見せてやるからな-!!」


 中西くんは歯ぎしりしながら去って行った。何もしていない啓介がバカ笑いしているのが気に入らないが、笑顔の渚沙さんが戻ってきたので僕の機嫌は回復する。


「すごいね、これで連勝だよ!!」

「渚沙さんもたくさん玉を拾ってたね。一番動いてたんじゃない?」

「そうだった? へへ、役に立ってたなら嬉しいなー!!」


 全力で尻尾を振るわんこのような姿に感涙しながら、僕は渚沙さんの頭を撫でた。対して啓介は、関田さんがクラスの皆に取り囲まれているので不満顔だ。


「……次の騎馬戦の作戦は、予定通りでいいんだな?」


 騎馬戦は四クラス混戦の戦いだ。僕はプログラムを見ながらうなずいた。


「うん。あんまり真面目にやらなくていい。二組が勝ちだしたら邪魔するけど、それ以外は適当で」


 僕たちが爆発する予定なのは、大縄飛びと獅子王さんのいないリレー。ここで一組か四組が勝ってくれれば、勝ち星が分散してちょうどいいくらいだ。


「よーし、じゃあ行ってくるぞー」


 三組の騎馬隊は、へろへろとグラウンドへ降りていった。明らかに余所より体格に劣る面子を選んでいるので、僕たちだけ騎馬というよりロバみたいである。


 予想した通り、この競技に力を入れまくっていたのは一組だった。明らかに体格が良く、背の高い騎馬が一個。そして小さいが動きが速く、敵を攪乱しまくる陽動隊が数個。この組み合わせで、初手から他の組を蹴散らしにかかった。


「者ども、この鉢巻きを奪えるものならかかってこーい!!


 中でも一番生き生きしていたのは中西くんだった。小柄な彼は追っ手の間をひょいひょいすり抜ける。自分から無理して鉢巻きを狙いに行かないところも、抜かりがなくてよかった。


「しゃおらあー!!」


 その結果、わずか五分の制限時間で一組はほぼ全ての鉢巻きを奪い取り、他に圧倒的な差をつけて勝利した。中西くんの咆哮が校庭に響き渡る。


「さて、次は応援合戦か……」


 一応、年配者が多い来賓の好みを考えて、あまりどぎつい言い回しやキャラクターの採用は避けた。僕はこういうノリが重要な競技は得意でないので、本当に仕方無くであるが啓介に任せる。


「本当に頼むよ。開始の時の二の舞は避けてくれ」

「……分かってるよ」


 啓介は渋々だったが、なんとかそつなくご当地キャラの着ぐるみをまとって走り回ってくれた。後方のダンスもそこそこウケたので、感触としては悪くない。


「他のクラスも無難なとこだな」


 一組はベタな学生服での古式応援、二組はパネルを使って、音楽と共に色々な絵や図形を作ってみせる応援。いずれも熱気は感じるものの、大コケしないようにまとめた感じだ。


 しかし、残った四組が出てきた途端、雰囲気が一変した。


「これは……マスゲームか」


 全員がきっちり並んで整列し、音楽に合わせて規則正しく切り替わる。時には学校の校章、時には市のマークを形作り、そして最後は全員が色とりどりの旗を持ち、円形に並ぶと校庭に大輪の花がいくつも咲いたようだった。


 一組だけ全く完成度が違う出来映えに、来賓席もどよめいている。それを見た体育教師と放送部があわただしくインタビューに走っていた。


「……あいつらが力入れたのはここか」

「これは応援合戦は四組だろうね。そのつもりで計算するよ」


 まだ四組の演技の熱気さめやらぬ中、僕たちはお昼休憩に入った。その途端、渚沙さんと関田さんがこっちに向かってくる。


「お弁当食べよう!!」

「三井もどう? この前の……礼と言ったら安いけどさ。私のおにぎり食べないか?」


 無論、僕たちに異論などあるはずもなかった。諸手をあげて賛成し、木陰にレジャーシートを広げて座り込む。




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「体育祭らしい話で良かった」

「意外と本格的に戦略してた」

「関田さんのおにぎりいい!」

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