第23話 バカによるバカへのエール

「とうとう来たな……本番が」


 体育祭当日。天気は晴れ、風が強いが、荒天が心配になるような天気ではない。間違いなく、今日決着がつくだろう。


 僕は大きく伸びをして、リビングへ降りていった。そこには立派な弁当が並んでいて、おかずが冷めるのを待っている。


 母が僕の姿を認めて、ため息をついた。


「親が応援に行けない体育祭って、ちょっとつまんないわね」

「来なくていいよ……」


 特に今年は。血走った目をした子供たちなんて見たくないだろうし。


「ま、かわいくないこと言って。遠海とおうみさんがいればいいのよね、あんたは」

「はいはい、スネないの。弁当ありがとう」


 僕は少なめの朝食を済ませ、弁当を持って家を出た。ささいな怪我もないように、車の少ないルートを向かって学校へ向かう。


「よう」


 途中で啓介けいすけとかちあった。幸い、あのトラップによる後遺症はなかったようで、今日も大きな声を出している。


「とうとうだなー。作戦はうまくいったから、うちのオーダーは効果をあげそうだぞ」


 やはり一組は頭脳戦でくるようだ。僕はうなずく。啓介はよほど嬉しいのか、自分で勝手に盛り上がり始めた。


「いや-、中西なかにしの鼻を明かしてやるのが楽しみだ」

「その台詞、熨斗のしつけて返すよ」


 電柱の陰から、ゆらりと中西くんが現れた。今日は体育祭なのでジャージ姿だが、ぴしりと決まったマッシュルームカットは相変わらずである。


「熨斗ってなんだ?」

「……小林、こんなのとよく付き合ってるな」


 中西くんに同情されたが、これくらいなら通常運転である。


「まあ、お互い全力で。いい勝負にしようね」

「ふっ……貴様ともいい関係が築けそうな気がする。知力を尽くして、伝説に残る大会にしような。さらばだ」


 言うことがいちいち無駄に大きいが、悪い奴じゃないんだろうな、中西くん。僕はそう思いながら手を振った。


 無事に学校に着き、僕は応援席で、隣に座った啓介とプログラムを確認する。


 開会式と、点数には絡まないダンスパフォーマンスの後、各クラスのエール交換。


 そこから午前中の競技、100メートル、400メートル走、綱引き、玉入れ、騎馬戦、応援合戦。ここで昼食となり、休み明けに中間結果の発表。応援合戦の勝敗もこのときにわかる。


 ここから後半戦となり、大縄飛び、パン食い競争、借り物競走、そして三種のリレーがクライマックスとなる。


 よしよし、変更はない。順調にいけば、午前中だけで二勝できるはず。願わくば応援合戦をとって三勝にしておきたいが、ここは運だな。


彩人あやとくん、おはよう」

三井みついもちゃんと遅刻せずに来たじゃん」


 渚沙さんと関田さんが挨拶に来てくれた。二人とも気合いが入っているのか、いつもより目がキラキラして魅力的だ。


「今日は姉御に一位をプレゼントしてやっからな!! 楽しみにしてろよ!!」

「お、言うじゃん」

「彩人くんは借り物競走と縄跳びに参加だよね。午後に体力つくようにお弁当頑張ったから、食べてね」

「任せて。絶対に勝つよ」


 啓介と僕が互いに見栄をきったところで、開会の音楽が鳴り響いた。渚沙さんたちが、自分の席に戻っていく。


「それでは、第六十五回目となります、青陵高等学校体育祭を開催いたします」


 校長が口火を切り、来賓が代表して祝辞を述べる。そして、チア部によるダンスパフォーマンス。ここまでは何事もなく終わった。


「では、各学年、これから雌雄を決する同級生たちに、意気込みを示してもらいましょう。プログラム三番、エール交換です」


 まずは一年一組から呼ばれる。妙に血走った目をした委員長が、ゆっくりと前に進み出た。


「一組は、他のどこにも負けません!!」


 最初から叫び声。確実に去年とは段違いの気迫に、来賓の数名が目を見張るのが見えた。……そりゃびっくりするよなあ、景品のこと知らなきゃ。


 一年はどのクラスもやる気なようで、どこも一位を目指すと公言していた。進行役の体育教師が額の汗をぬぐいながら、司会のマイクを握る。


「熱の籠もった発表でした。願わくば、お互いの健闘をたたえあう形であればもっと良かったですね。では、二年生に参ります。代表者は、校庭中央へどうぞ」


 一組は中西くん、二組は獅子王ししおうさん、三組は啓介、四組はあの委員長が出てきた。改めて見ると、明らかに濃い面子だな。


「啓介か……失敗しなきゃいいけど……」


 残念ながら、こういう時の僕の勘は外れたことがない。


「では、一組からどうぞ」

「我々は、知略と諦めぬ武勇をもって、他の選手団を手も足も出ぬ状態に置き、存分に叩き潰したいと思います!!」

「……君のスポーツマンシップはどこへ行ったのかな?」

「おっと、それは三組への挑戦と受け取ろう。こっちはなんといっても力が違う。叩き潰すどころか、塵も残らずグラウンドに鮮血を撒くのはそっちの方だ」

「学生スポーツで血を撒くな血を」

「相変わらず力に溺れた同胞はらからよ……知恵の尊さを知るが良い」

「愚問。力こそ正義! 力なき者は、己の無力さを思い知り涙するがよいわ!」

「一組と三組の代表。ちょっとこっち来い」


 そして啓介と中西くんは、平等に厳重注意をくらっていた。……ああ、頭が割れるように痛い。


「……四組は、もう、無事に終わればいいです」


 四組の代表が泣きそうになっているのが、本気で可哀想だった。ごめんね、こんな争いに巻き込んで……。


「では期せずして最後になってしまったので、二組から。遺恨を残さないよう、あくまで正々堂々と戦い抜くことを誓う。願わくば、皆もそうあってほしいな」


 結局、まともなエールを送ったのは二組だけだった。獅子王さんも、すっかり呆れ顔だったのが余計に恥ずかしい。


 僕たちが肩を落としていると、啓介が元気に戻ってきた。


「どうだ!? なかなか衝撃的だったろ!?」


 僕は無言で奴の頬をつねってやった。


「……えー、一部不適切な表現があったことをお詫びいたします。それでは気を取り直しまして、各学年の百メートル走から開始しましょう。選手、入場!」




※今回のお話は楽しんでいただけましたでしょうか?

「渚沙さんのお弁当の中身が知りたい!」

「今回の話、バカしかいなかった……」

「ええい、まどろっこしい。えっちい水着を見せろ」

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