第21話 彼女の手作り唐揚げ

「では、また本番でな」

「ありがとう!」


 中西なかにしくんは獅子王ししおうさんがいなくなるまで、にこにこと笑いながら手を振っていた。しかし彼女の背中が遠ざかるやいなや、黒い笑いを浮かべながら僕ににじり寄ってくる。


「……三組の手のものか」

「まあ、三組だけど」

「同じところに目をつけたのは褒めてやる。が、共闘はここまでだ」

「そうなの? 四組と二組が手を組むのも厄介だから、動向を見ておこうかと思ったんだけど……一緒に来ない?」


 中西くんは黙って眼鏡を上げ下げしてから言う。


「ここまでだというのがここまでだ……」


 なんかめんどくさいのと知り合いになっちゃったな。僕はそう思ったが口に出すわけにもいかず、連れ立って四組へ向かった。


「あれ? 彩人あやとくん」

「おー、小林ー」


 なぜか四組の前に、渚沙なぎささんと関田せきたさんがいた。僕は目を白黒させる。


「どうしてここに?」

「ソフト部の友達が四組にいるからさ。クラス内がどんな感じか聞いてみようと思って」

「私も、中学の友達に会ってみようかなと思って。彩人くんの役に立てるなら、嬉しいし」


 嬉しそうな渚沙さんを見ていると、僕の心も暖かくなる。


「リア充はできるだけ苦しい死に方すればいい」


 そのかわり、隣の中西くんからは絶対零度の視線が飛んでくる。懐かしいなあ、この感じ。


「……でも、ここではあんまり余計なことしなくても良さそうだけど」


 関田さんが指差す教室の中を見てみると、皆どよんとした顔で生気がない感じだ。出遅れたのがよっぽどショックだったのかな?


「少なくとも戦意はなさそうだな」


 中西くんも同じ評を下す。


「君たち……何をしに来た?」


 僕たちが教室の入口にたむろしていると、生気が抜けきったような男子が近づいてきた。彼は僕を軽々見下ろすくらい体格がいいのだが、目が完全に死んでいる。


「あ、彼は四組の委員長ね」


 顔が広い関田さんが紹介してくれた。僕はあわてて自己紹介する。


「またあれだろ? 一緒に組まないかとか、どこのクラスを邪魔してほしいとか、そういう面倒な頼みだろ?」

「……いやあ」


 本当はその通りなのだが、彼の疲弊しきった顔を見ると、そうは言えなかった。委員長はじろりと、腹の底を見透かすような顔でこちらを見てくる。


「別に他のクラスにどうこう言うつもりはないよ。でも、うちのことはほっといてくれ。体育祭は楽しく終えられれば、それだけで満足だから」


 四組は話し合った結果、二組に勝てる気もしないし、無駄に争いあうのも馬鹿らしいという結論に達したらしい。ある意味、一番賢いクラスだった。


「もう聞きに来るなって言っといてくれよ。俺も、何回も同じことしゃべるの嫌だし」

「わかった……」


 委員長のマリアナ海溝よりも深いため息を聞きながら、僕らはすごすごと退散した。


「あれが演技ってことはないよね?」

「たぶんないと思う」


 関田さんが口火を切った。


「クラスの子にも聞いてみたけど、みんなうんざりしてる感じだったよ」

「私もそう思う。嘘をついてるわけじゃない……かな」


 渚沙さんもうなずいた。それなら、一旦四組は棚上げにしていいことになる。これを踏まえて、作戦を練らなければならない。


「くくく……それでは、実質三つ巴ということになるな」


 中西くんも同じことを考えたようで、低く笑った。


「三組の三井によろしくな。こちらは、貴様では到底理解できない策をもって、三組を叩き潰すと約束しよう」

「なに?」

「中西からだと言ってもらえばわかるはずだ。お互い全力を尽くそうぞ」


 中西くんはそう言って駆け出す。僕はその背中を見ながらつぶやいた。


啓介けいすけはどういう付き合いをしてるんだ……」

「中二病が治ってない感じだった」

「面白い人だね」


 女子二人はくすくす笑っていたが、僕は気が気ではなかった。策って、いったいなんだ?




 次の日、さっそく獅子王さんが新しいルールをひっさげてやってきた。


「体育祭では、一人の生徒につき三個の競技までの出場とすることになった。ほか、詳しいことはルールブックを参照するように」

「ははーっ」


 僕たちはひれ伏すようにして、その報せを受け取った。


「……して獅子王さん。どの競技に出場するの?」

「私か? 百メートルと四百メートル、八百メートルリレーの予定だが」


 そんなあっさり教えてくれるんだ、とクラスの全員が思っただろうが、にやつきだけで我慢した。これは重要な情報だ。


 僕はその夜、作戦会議と称して啓介を呼び出した。中西くんの言っていたことも気になるし、いったいどんな関係なのかも聞いておきたい。


「……それはいいんだけどよお。なんで場所がお前の彼女の家なんだよ。見せつけてくれてんじゃねえよ」


 啓介はぶちぶち言いながら、待ち合わせ場所の駅前にやってきた。


「渚沙さんが誘ってくれたんだ。今日はお父さんが出張でいないからって」

「へえへえ、幸せな人間はようございますねえ」

「自分だって渚沙さんのご飯につられてついてきたくせに。本当に美味しいんだから、それで勘弁してよ」


 ここまで言っても僕にまだ啓介が鋭い視線を向けている中、美波みなみさんがとことこ歩いてきた。今日はロックスタイルというか、黒い革とシルバーアクセを全面に押し出したスタイルだ。


「よう、婿殿とそのご友人」

「友達じゃないですけどね。今日はよろしくお願いします。……啓介、こちら美波さん。渚沙さんのお姉さんだよ」


 僕は美波さんに頭を下げた。啓介は隣でのんきに、「遠海とおうみの姉さんも美人だなあ」と鼻の下を伸ばしている。後で関田さんに言いつけてやるからな。


「……聞きますが、本当にお父さんはいないんでしょうね」


 僕は美波さんに念押しした。


「うん、大丈夫。仕事の都合で北海道まで行ってるから、まず今日は帰ってこない」


 僕はほっと胸をなでおろした。


「ただ、遅効性のトラップが仕掛けてある可能性はあるから、油断しないで」


 ……やっぱり選択を誤ったかな、僕?


 冷や汗をダラダラ流しながらマンションまでの道を歩いた僕だったが、遠海宅のリビングに足を踏み入れるなり、その思いは霧散する。


「あ、いらっしゃい! 彩人くんの好きなもの、たくさん作ったから……遠慮せずに食べてね!」


 渚沙さんの声とともに、ぷんと揚げ油のいい匂いが漂ってくる。今まさに、渚沙さんが唐揚げの油を切っているところだった。


 テーブルの上には山盛りのハンバーグとサラダ、オムライスに二種のパスタ。小型IHヒーターの上では、ぐつぐつとカレーまで煮えていた。まさに美味しいもの全部のせ。


「うわあ、これ大変だったんじゃない?」

「ううん、ハンバーグはタネの冷凍があるし、サラダは買ってきたやつだし。三井くんは嫌いなものとかある?」


 啓介は問われて、扇風機のように顔を振り回していた。僕らは作戦会議の目的を忘れ、しばしわしわしと飯をかきこむ。


「うまい! うまい!!」


 啓介は途中からそれしか言わなくなって、美波さんに呆れられていた。


夏帆かほさんは?」

「残業だって。もう少ししたら帰ってくると思うけど」

「まだ大変なんだ……」

「もうちょっとで終わるって言ってたよ。彩人くん、なにか気に入ったのある?」

「全部美味しいけど……この唐揚げ、生姜がきいてて好きだな」


 揚げたてなのもあるだろうが、中からしみ出てくる肉汁と外の味付けが絡み合って絶品。こんなのが子供の頃に出てきたら、飛び上がって喜んだろう。


「じゃあ、体育祭のお弁当にも入れるね」

「あ、そうだ。体育祭」


 しばらく必死に手を動かしていた僕らは、ようやく本題に戻った。僕は今まであったことを報告する。


「よし、その制限がどれだけうまくいくかだな。四組が動かないのは吉報だが」

「あ、そうそう。一組の中西くんが言ってたよ。『貴様では到底理解できない策をもって、三組を叩き潰すと約束しよう』って」

「中西ぃ?」


 その名前を聞いた途端、啓介の顔が嫌そうに歪んだ。






※今回のお話は楽しんでいただけましたでしょうか?

「そうだ、リア充爆発すればいい」

「シュワ父さんは本当に何もしてこないのか?」

「唐揚げ食べたい」

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