第20話 戦は最初が肝心と申します

「……なるほど」


 体育祭のルールについては、生徒会にあった運営目録ですぐに分かった。それを持ってきてくれた女子が、申し訳なさそうに頭を下げる。


「でも、一組と二組の子がもう先に来てたの。コピーとるのに時間がかかったから、向こうは先に検討を始めてるよ」


 僕は紙面をにらみながら、顔を上げた。


「いや、それは仕方ないよ。手に入れてくれてありがとう」


 一番懸念していたのは、最初に着いたクラスが目録を独り占めしてしまうことだった。話を聞くとやはり一番乗りだったのは二組で、そこにどやどやと一組・三組が駆けつけたから、持ち出しを諦めてコピーで妥協したという。


「危ないところだったな。動きの素早い奴らめ」


 啓介けいすけが舌打ちする。


「四組は来てた?」

「ううん。私が最後で、あとは誰も来なかったよ。目録、見つかりにくいところに隠した方が良かったかな?」

「いや、その必要はないよ」


 本気で勝つ気があるなら、僕らのように真っ先に動いたはずだ。つまり四組は、二組に勝つのは無理と踏んで勝負を投げた可能性が高い。ある理由で放置はできないが、強敵とはみなさなくていいだろう。


「まずひとつはライバルが消えたか。けけけ、口ほどにもない奴らめ」

「けど、放っておくのもまずいなあ」


 浮足立つ啓介を、僕はたしなめた。


「なんでだよ」

「四組が中立を守ってくれるかは分からないでしょ。リゾートのお土産とか、なんらかの利益供与でどっかに転んだらどうするの」


 一位をとるのは諦めていたとしても、他の組に引き入れられたら厄介だ。騎馬戦みたいに数がものをいう競技の時、数で押してこられたら圧倒的に不利になる。


「そうだよねえ……」

「その場合、動くのは二組だと思うけどね。正直他のクラスじゃ、獅子王ししおうさんに勝てるほど強力なカードがないから勧誘したって弱すぎる」

「つまり、二組の動きを見張っていればいいんだな」


 張り切る啓介に、僕はうなずいた。


「どこにもつかないって確約がほしいとこだけどね。こればっかりは一組と足並みを揃えた方がいいかもしれないけど」

「なるほど」


 クラスメイトの視線が僕に降り注ぐ。その中にいた関田せきたさんが、ため息をついた。


「小林、なんかすごい頼もしくなったねえ。そんな才能があるとは思わなかったよ」

「常に最悪を予想するクセがついてるからかな。それとやる気が噛み合ってる感じ」


 正直、今まではクラスメイトの視線が怖かった。だから責められて逃げ回るばかりで、居場所がなかった。だが今は、渚沙なぎささんが僕を選んでくれたのだという自信がある。それがことがうまくまわり始めたきっかけだとしたら……あの時勇気を出して、本当に良かったと思う。


彩人あやとくん、かっこいいよ」


 渚沙さんにもその変化が分かるのか、ちらっと視線を向けると満足そうに笑っているのが見えた。


「で、読んでみて他の問題点は見つかった?」


 僕がようやく目録を読み終わった時、関田さんが聞いてきた。僕はそれにため息で応える。


「やっぱり、まずいことになってる」


 この一言で、教室内が不安の色で満たされた。


「うちの体育祭、そんな変なルールだったのか……?」

「去年は普通に終わった感じしかなかったけど」

「いや、競技のルールとしては普通だよ。でも、肝心な『出場制限』がないんだ」


 関田さんがはっとした顔になった。


「うちの学校の体育祭の競技は全十二種類」


 綱引き、パン食い競走、借り物競争、騎馬戦、玉入れ、大縄跳びに応援合戦。この七種に加え、単純な陸上競技五つが加わる。百・四百メートル走、百・四百・八百メートルリレーだ。


「見ての通り、陸上競技だけで半分近くある。これに全部獅子王さんが出てしまったら、うちはなすすべなく半分近くの勝ち星を持っていかれてしまう」


 低いうめき声が男子の口から漏れた。僕は、目録を見に行ってくれた女子に視線をやる。


「二組はこの目録を見て、なんとなく満足そうにしてなかった?」

「……言われてみれば、確かにぱらぱらっと見た時に、にやついてたかも。その後すぐに、顔を引き締めてコピーとってたけど」


 間違いない。二組はまず真っ先にこの条項を確認したのだ。ぱっと見で条項がなかったので一旦安堵したが、念には念を入れて確認しようとしたのだろう。


「で、どうすんだよ」

「なんとか新しい条項をねじこむしかない。今のままじゃ、圧倒的に不利だ」

「そんなこと今更できるのか?」


 僕の頭の中に、一つだけ攻略のとっかかりが浮かんでいた。ここを切り崩せなかったら、リゾートは諦めるしかない。


「……獅子王さんに当たってみる」




 放課後、僕は苦労して獅子王さんを探し当てた。彼女は掃除当番だったらしく、体育倉庫にモップを戻しに来ていた。


「で、私になんの用だ」

「体育祭の件なんだけどさ」


 獅子王さんはまどろっこしいのは嫌いなはずだ。僕は最初からストレートを投げた。


「獅子王さん、どの競技に出るつもりなの?」

「体力の兼ね合いもあるが、出られるものは全て……」


 あ、やっぱりか。まあ、僕が二組の面子でもそうするだろう。


「今は、出場種目の制限がないもんね。でも、うちのクラス、ちょっとそれで揉めててさ……獅子王さんに助けてほしいんだけど」

「ほう。言ってみろ」


 僕は心の中で小さくガッツポーズをした。獅子王さんはああしろこうしろと指示されるのは嫌いだが、お願いなら聞いてくれるのではと思っていたのだ。


「恥ずかしい話なんだけど、うちのクラスで競技にいっぱい出て、モテるために目立ちたいっていう奴がいてさ」


 頭の中に啓介の顔を思い浮かべる。リアルなモデルがいることで、少しでも説得力が増せばいいと思っていた。


「それは不純な動機だな」

「一人がたくさん出ると、他にも出たいって子の枠が圧迫されちゃうし……ほら、体育祭っていうのは、学園生活の思い出でもあるわけじゃない?」

「確かに、純粋な競技大会とはまた違うな」


 獅子王さんはうなずいた。


「だから、ルールとして、出られる競技数を制限した方がいいと思うんだ。二組の中でも、もしかしたらそう思ってる子がいるかもしれないけど……」


 僕はここぞとばかりに押しにかかった。


「言いだしにくいと思うんだ。獅子王さんを押しのける実力がある人なんていないし、やりたいって言ったら白い目で見られそうで」

「そういうものか?」

「そういうものだよ。クラスの付き合いは体育祭の後も続くわけだし、不満の種を残さない方がいいと思うんだ」


 僕が言うと、獅子王さんはしばし考えていた。その時、僕の後ろから誰かがぬっと姿を見せる。


「いたいた、獅子王さん。話は聞かせてもらったよ」


 現れたのは、今時めったにいないようなマッシュルームカットの小柄な男子生徒だった。神経質そうに、かけているメガネをしょっちゅう指で上げている。


「僕は一組の中西勝なかにし まさる。実は、一組でも同じ問題が持ち上がっていてね」


 そして彼は、僕がしたのと同じ話をした。獅子王さんはそれを聞いてさらに唸る。


「二つのクラスでそうだとすると……うちでもその可能性があるな。わかった、今日のうちにルールの改定を提案しよう。学校長や体育教師、それに生徒会から反対がなければ、すぐに反映されるはずだ」

「ありがとう!」


 僕と中西くんは飛び上がって喜んだ。後から二組の面子が怒っても、面と向かって獅子王さんに文句を言える猛者はいまい。





 ※今回のお話は楽しんでいただけましたでしょうか?

「彩人がだんだん悪くなってきた」

「中西くんは強敵(ライバル)なのか友なのか?」

「体育祭、無事に開催できるのか?」

 など、思うところが少しでもあれば★やフォローで応援いただけると幸いです。

 作者はとてもそれを楽しみにしています!


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