第19話 絶対王者に立ち向かえ
「疑り深いな、お前は。別に何も悪いことは起こらんよ」
「クラスメイトを招待して、施設にどんな得があるのか全然分からないんだよ」
これが超お金持ちしかいないような学校なら、子供を誘って親を釣るという手法は有効だろう。だがうちは私立といっても、平凡なサラリーマンの息子である僕が通える程度の学費のところだ。獅子王さんが異質の存在なのである。そんな学校の生徒を百人招いたところで、一人リピーターが出るかも怪しい。
それを説明すると、獅子王さんはため息をついた。
「仕方無い。これは言いたくなかったのだがな」
重々しく言われて、僕は思わず息をのんだ。
「私には、いわゆる友達というやつが、いない」
「……はあ」
まあ、そうだろうな。まず、獅子王さんと同格にものを言える存在、というのがなかなか想像しづらいレベルの人なのだ。
「幼稚園から中学までずっとそうだ。母はそのことについてなんとも思っていないのだが、祖父がえらく気にしていてな」
たまにはお友達を連れてきなさい。お前はいると言い張るが、一体何人くらいいるんだい。そう祖父に聞かれた獅子王さんは、対応に困ってしまった。
「それでつい、百人いると口を滑らせた」
「童謡か」
「とっさに出てしまったのだから仕方無かろう」
それを聞いた祖父は非常に喜び、それならばとこの招待案を出してきたのだ。いよいよ追い詰められたのは獅子王さんである。
「……今から誘ったところで、とてもではないが百人に達するとは思えん。だから、校長を脅して強制的に招くことにしたのだ」
「それは友達って言わないと思うよ……」
「ええい、私だって分かっている。緊急事態なのだ、仕方あるまい。祖父に嘘をついたとあっては、家庭内の立場が危ういのだ」
獅子王さんが珍しく怖じ気づいていた。……どんなおじいさんなんだろう。シュワ父さんといい勝負の人かな。
「とにかく、優勝したクラスは黙って招かれていればそれでよし。納得したか?」
「……まあね」
「では、せいぜい頑張れ。私は、出る種目では手加減せんからな」
僕が呼び止めなかったので、今度こそ獅子王さんは隣の教室に消えていった。僕はため息をついて、自分の席に戻った。
「お帰り。で、実のところはどうだった」
「変な話じゃなかったんだよね?」
僕と同じく、提案を怪しんでいた
「お金持ちの家も大変なんだね……」
「まあ、とにかく獅子王さんに他意はなさそうだったよ。そこは怪しまなくてもいいんじゃないかな」
僕が言うと、関田さんがパンフレットに手を伸ばした。
「そっかあ。この島、イルカと一緒に泳げるらしいから……行ってみたいなあ」
「私もイルカ見たい!」
二人ですらうきうきし出した。──ということは、つまり。
「よし諸君!! 今回の体育祭は、何をおいても優勝しようではないか!!」
「リゾートに行きたいか!?」
「おお──っ!!」
教壇に立って両手を広げる啓介を、僕は冷ややかな目で見ていた。
「どうした小林。一人テンション低いな。もしかしてリゾートが嫌いか!?」
「昔の禍根は忘れて一緒に楽しもうぜ!」
「正直お前のことはまだ許してないけどな!」
それを見つけた啓介やクラスメイトたちが聞いてくる。……まだ最大の問題に気づいてないのか、全員。
「嫌いじゃないけどさ」
「だったらもっと喜べ!!」
「この商品、優勝しなきゃもらえないんだろ? 獅子王さんがいる二組に、どうやって勝つつもりなの?」
冷や水をぶっかける、とはよく言ったものだ。僕がそう口にした途端、クラスの熱気がかき消えて、お葬式のような雰囲気になってしまった。
「…………」
「啓介」
「…………」
「なあったら」
「獅子王が当日、腹を壊すかもしれない……」
「希望的観測に頼るのはやめろ」
僕は近寄って、啓介の頭を軽くはたいた。
「う……気づきたくなかった……そんな残酷な真実に……」
「豪華なコテージが……」
「綺麗な砂浜が……」
「美味しい料理が……」
「イルカクルーズが……」
「夜空の下での探検が……」
みんな、結構パンフレットを読み込んでいたらしく、口々に失ったものをつぶやいて嘆いていた。僕は最初から期待していなかったので、落胆もしていない。
「諦めたくない……」
黙って啓介の横に立っていると、横から低い声が響いてきた。
「人生で一度、行けるかどうか分からない優雅なリゾート! それはそう簡単に諦められるものではないッ!!」
いつの間にか啓介が高く頭をあげ、みんなに向かって宣言していた。
「そうだ!」
「行きたいよ!」
「ならば戦おう、獅子王と!! そして勝利をつかみとるのだ!!」
「うおおおおおおっ!!」
「……で、具体的な策は?」
「…………」
僕の言葉で、また教室が静かになってしまった。
「啓介?」
「こちらの小林くんが考えてくれる予定だ」
「雑に人に振るなっ!!」
僕は怒ったが、啓介はまるで意に介していない。
「いいじゃないかよ。
「それは確かにそうだけど……」
渚沙さんを出されると僕は弱い。それを知っていて利用してくるのだから、こいつは相変わらず小賢しかった。
「……渚沙さんは、あのリゾート行きたい?」
僕が聞くと、渚沙さんはぽっと頬を染めた。
「もちろん、無理はしてほしくないんだけど……頑張って、みんなと一緒に行けるなら、行ってみたいな」
これで僕の腹は決まった。啓介がにやにやしているのだけは気に食わないが、やるだけやってみるしかない。
「まずは情報を集めよう。特例が付け加えられたのははっきりしてるけど、その他のルールがどうなってるか知りたい」
体育祭とはいえスポーツの大会であるのなら、ルールは厳密に存在する。そういった状況下で最も強いのは、ルールを理解し新たに作りあげる者だ。
「よし、諜報は俺たちに任せとけ」
「生徒会に運営規定がないか、見てみるね」
「それでは初手はお前たちに任せる。昼休み、直ちに作戦会議だ。ぬかるなよ!」
啓介が号令をかけると、クラスの皆から拍手がわき起こった。
※今回のお話は楽しんでいただけましたでしょうか?
「彩人と渚沙さんはリゾートに行けるの?」
「学園に介入する一族、きたー!」
「獅子王さんをもっと出せ」
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作者はとてもそれを楽しみにしています!
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