第14話 僕の心の殻が割れる日
「あ、もう二時になってる」
だから
「そろそろお腹すいてきたね……ご飯にしようか」
僕たちはランドの一角にあるフードコートにやってきた。休日なので混み合っていたが、ちょうど目の前の家族が食べ終わって席を空けてくれたので、僕たちはそこに座る。
「ほんとにすごいな」
「なんかうさんくさく感じるけど……確かに、今日はやたらいい席に当たるね」
「だろ? 本当なんだって」
僕は関田さんに苦笑してみせた。
「いつまで続くか分からないけどね……」
「一緒にいればずっと、じゃないかな。そんな気がするの」
「それも根拠のない話だなあ」
僕が言うと、渚沙さんは笑いながらさらに付け加えた。
「別になくなっても離れるつもりもないけどね」
「渚沙さん……」
渚沙さんがきっぱりと言い放つ姿に、僕は思わず赤面する。
それは本当に、そうだと信じていいんだろうか。これといって突出したものなど何もなく、今までだって家族に助けてもらわなければ、学校にも通えなかった僕に、こんな愛情が向けられていいんだろうか。
信じたい、という気持ちと、信じられない、という気持ちがまだ僕の中でせめぎあっている。だから、渚沙さんに何か言わなければ、と思っても、うまく言葉が出てこなかった。
「おーおー、熱いねえ。でも時間ないから、あんたら二人で先にご飯買っておいでよ」
もごもごと口ごもる僕の困惑を見透かしたように、関田さんが手を振る。僕たちはそれに助けられたように立ち上がり、人のひしめく方へ歩いて行った。
「ハンバーガー食べたいな。
「あ、じゃあ僕もそうしようかな」
「じゃ、ポテト半分こしようね」
渚沙さんがさっきのことを追求してこないのがありがたかった。僕たちはあたりさわりのない会話をして、料理を持って席に帰る。
すると、啓介と関田さんが何やら話し合っているのが見えた。
「行ってきたよー。
「お、じゃあ遠慮無く」
二人が立ち去ってから、僕たちの間になんとなく沈黙が流れた。僕はおしぼりで手を拭きながら、渚沙さんの横顔を見る。彼女は関田さんたちが残していったパンフレットを食い入るように見ていた。
メリーゴーランドの位置でも確認しているのだろうか、と僕がのぞきこむと、ちょうど彼女が顔をあげた。
「何見てたの?」
「彩人くんと一緒に回るなら、どこがいいかなと思って。ここの海辺のお店とか、好きそう」
「ああ、そういう落ち着いた雰囲気いいよね。よく知ってるなあ」
「……今まで見てましたからね」
渚沙さんはそう言って、上目遣いで僕を見る。
「彩人くんは疑ってるかもしれないけど、私はちゃんと好きなんで。それが嘘じゃないって、証明してあげる」
「え……」
「こんなのは序の口ですよ?」
いたずらっぽく笑うその顔を見て、ああ、好きだなあと思う。僕のことをちゃんと知ろうとしてくれて、楽しもうとさせてくれている。顔もしゃべり方ももちろん可愛いと思うけれど、そのいじらしさが一番胸にきた。
自分は何を守ろうとしていたのだろう、と思う。結局彼女のためみたいな顔をして、僕自身が傷つくのが嫌だっただけじゃないのか。あいつは身分不相応な相手に本気になって、結局捨てられた奴。そう周りに笑われるのが、嫌だっただけじゃないのか。
「これで序の口なら、後が怖いな」
みっともない。最初から諦めて冷笑して、それで大事なものを失うとしたら、それは単に騙されるより、よっぽどみっともないことじゃないか。
「ふふん」
得意げに胸を張る渚沙さんを見て、僕は笑った。
「信じるよ、渚沙さん」
信じよう。僕が好きになったこの人を、丸ごと信じよう。僕らは、まぎれもなく恋人同士になったのだ。
「ほう?」
渚沙さんが僕の顔をのぞきこんでくる。そして、その顔に嘘がないのを感じ取ったのか、意味ありげにうなずいた。
「だから、過剰な手段はやめてね……」
僕の心臓がもたなくなったら、元も子もないから。そう告げると、渚沙さんは「くふふ」と低く笑った。
「そういう可愛いこと言いますか、もう……」
そしてそのまま顔を近づけてくる。吐息が顔にかかって、視界に渚沙さんしか入らなくなったその時──
「待たせたなー!」
疫病神が帰ってきやがった。渚沙さんはさすがに顔を赤くしてぱっと僕から離れ、僕は行き所のなくなった手を無駄にわきわきと動かす。
「なに、お前ら顔くっつけて、内緒話?」
「……う、うん。そんなところかな!」
渚沙さんが不自然に笑う。後からやってきた関田さんは何かを察した様子で、ため息をついた。
「小林、大丈夫?」
「後で愚痴聞いてくれると助かる」
僕の頼みに、サンドイッチを持った姉御は任せろとうなずいた。
「なに、なんの話?」
「うるさい。テーマパークで担々麺なんか頼んでる奴に言われたくない」
「……お前、担々麺に親でも殺されたの?」
と、こんな感じで最初はやや荒れたものの、僕たちはなんとか食事を済ませた。
「午後からどうする?」
「どうするったって、遊園地エリアに行くんだろ?」
最後のポテトを渚沙さんに譲りながら、僕は啓介に聞いた。
「最初に何に乗るかだよ。俺はこの『きりもみ絶叫コースター』は外せないと思うんだけど」
「また攻めたの乗りたがるなあ……」
普通のコースターと違って、上からつり下げられるような格好で乗るアトラクションだ。正直、落ちたらどうするか考えてしまうので、僕は遠慮したい。
「最初に回るのはいいけど、僕は乗らないよ」
「私もちょっと……良かったら二人で乗ってきて」
渚沙さんも絶叫マシンは苦手なようで、おずおずと言った。
「じゃあ、二人で乗るか。三井、今度は動かないでよ」
「……う、動かないって」
啓介は痛いところをつかれていたが、関田さんが一緒に乗るのを拒否しなかったので喜んでいた。
僕たちはランドの中央にあるゲートをくぐって、遊園地エリアに移動する。見慣れたコースターや観覧車が視界に入ると、さっきとは違うワクワク感がわいてきた。
「ぎゃああああああ」
「うおおおおおおおお」
「お、お楽しみが近付いてきたぞ」
啓介の乗りたいコースターは、ひときわ高い絶叫があがっているのですぐに分かった。ぐるぐると円を描くコースをドラゴンを模した機体が走り回り、その下に本当に人がぶら下がっている。
「お前ら本当に乗らないの?」
「いいよ、見てるだけでぞっとしてきた」
「私も……」
僕たちはベンチに陣取って、啓介たちを見送った。飛び跳ねる啓介を関田さんが叱って、待機列に戻している。
「あの二人ってさ、どうなんだろうね」
渚沙さんがわくわくした顔で言ってきた。女の子って、恋話好きだよな。たとえそれが自分の絡まないものであっても。
「完全に三井くんの片思いかと思ってたんだけどなあ」
抱きつかれても一緒に回っているところを見ると、そう嫌がられてもないのかもしれない。渚沙さんはうきうきしながら言った。
「関田さんは頼られ慣れてるから、三井くんみたいなタイプだと楽なのかもね」
「確かにそれはある。……でも、あれは完全にデカい弟だと思ってる感じじゃないかな。意識はしてないよ」
少なくとも、関田さんから恋愛っぽいオーラは全然出ていない。
「うーん、そうかあ……」
「啓介がリードするような場面があれば、なんか展開が変わるかもしれないけど」
僕が言うと、渚沙さんは真剣な顔をして考え込んでいた。
「すごく真面目に考えるねえ……」
「だって彩人くんの友達でしょ? うまくいってほしいじゃない」
「渚沙さん。大きな勘違いをしているみたいだけど、アレは友達じゃない」
それから僕が啓介のやらかしたこと(クラスでは公になっていないこと含む)を語ると、渚沙さんは静かに引いていた。
「その尻ぬぐいをしてたら、なんとなくくっついて歩くようになっただけ」
「……嫌ならやめてもいいんだよ?」
渚沙さんが僕に対して聖母の笑みを見せている。
「いやー、なんだかんだで他にやることない時もあるし。それに……」
僕が言いかけたとき、降車ゲートからどっと人が出てきた。その先頭に、啓介と関田さんの姿が見える。続きは後でね、と言って僕は立ち上がった。
「面白かった-!」
関田さんは本当に楽しかったようで、頬を紅潮させていた。目がきらきらしていて、恋愛感情のない僕から見ても可愛い。
「うふえええ」
対する啓介は口元をよだれでダラダラにしている。とても同じアトラクションに乗ってきたとは思えない。
「重力が思ったよりすごくて……途中からよだれ止まんなくて……やべえ……乗るんじゃなかった……」
「自分から行ったろ、お前……」
面白そうと思うと率先して首をつっこむくせに、結局最初にダウンして皆に連れ帰ってもらうのは、いつもと変わりない。
「あっちで写真が買えるみたいだから、のぞいてくる」
啓介がへたっている間に、関田さんがすたすたと歩いていってしまった。渚沙さんがあわてて後を追う。
※今回のお話は楽しんでいただけましたでしょうか?
「彩人、ようやくしっかりしてきたじゃん」
「関田さんと啓介は望み薄なの?」
など、思うところが少しでもあれば★やフォローで応援いただけると幸いです。
作者はとてもそれを楽しみにしています!
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