第13話 そのマリモ、危険物につき

 当日、心配されていた天気も良く、暑いくらいの陽気となった。


「それじゃ、行ってきます」


 僕が言うと、母が笑いながら振り向いた。父は今日はゴルフに出かけて不在、兄貴も部屋にこもっている。


「……やっぱり、教えておこうかな。お父さんが遊園地、嫌いな理由」

「それ、僕に関係あるの?」


 その話を聞いているうちに、ワンダーランドに乗るバスを一本逃し、約束の時間ぎりぎりになってしまった。


 ランドの前は沢山の人でごったがえしていて、みんなの姿がなかなか見えない。こんなことになるのなら、もっと細かく待ち合わせ場所を決めておけば良かった。


『今、関田せきたさんと一緒に、チケット売り場の横にいるよ』


 渚沙なぎささんからメッセージが入った。その言葉に従って探すと、先に背の高い関田さんが目に入る。横で渚沙さんが、精一杯背伸びしながら手を振っていた。


「ごめん、遅れた」

「しょうがないよ、分かりにくいもんね。私も関田さんに見つけてもらえて助かったの」


 渚沙さんが舌を出す。


 今日の彼女はデニムスカートに白いTシャツ、薄緑のカーディガン姿だった。新緑の季節、さわやかかつ動きやすくて実によろしい。関田さんは白のサロペットに緑ボーダーの長袖トップス、こちらも活発な彼女によく似合っていた。


 僕は相変わらず当たり障りのない紺のストライプが入ったシャツに黒いパンツだから、余計におしゃれ度合いに差がついている。


「二人とも服選びがうまいなあ」

「そう? 彩人あやとくんの服も格好いいよ。でも、この前もそれ着てたよね」


 渚沙さんに痛いところをつかれて僕はうめいた。


「僕、制服以外の服はあんまり興味なくて……」


 たまたま初デートで着ていって、評判が悪くなかった服をだましだまし使っていたのだが、ついにそれがバレてしまった。


「じゃあ、今度一緒に服買いに行こうよ。約束ね」

「うん……」


 渚沙さんはにこにこしているが、僕は洋服屋自体が苦手なので、生返事をしてしまった。できれば通販とかでなんとかならないかな……。


「それにしても、啓介けいすけのやつ遅いな」

「あんなに楽しみにしてたのにね」

「まだメッセージも電話もない。案外家で寝てたりして」


 関田さんが冗談交じりに言ったが、あいつはそういうパターンもありうるので油断できない。


「もうちょっと待って来なかったら入ろう」


 約束を破ったんだから、入場料くらい自分で払ってもバチは当たるまい。僕がそう言って、二人が同意したその時──なにか巨大な緑の物が目前に転がりこんできた。


 まじまじとそれを見て仰天した。信じられないくらいショッキングな色をした緑のパーカーと、大阪のおばちゃんでも着ないような派手なドット入りのジーンズを身につけた啓介だったのだ。


「わー、変なの。パパー、あれなんのキャラ?」

「何かなあ、パパ知らないよ……」


 近くに居た親子連れが、そそくさと僕たちから離れていく。子供の純粋な感想って、どうしてこう胸に突き刺さるんだろうね。


「け、啓介……」

「遅れて悪かったな。なに、俺のこと心配してたのか?」

「してたというより、今現在進行形で心配というか……」


 僕が口を濁すと、啓介はやに下がった顔を見せた。


「なんだ。俺が自分よりモテたらどうしようって心配か?」

「いや、三井。冷静に自分の格好、見てみ? ダサいから」

「そ、そんなわけないだろ」


 啓介が反論するので、関田さんがスマホで写真をとり、見せてみた。


「これが……俺?」


 啓介は一瞬で正気に返った様子で、膝から崩れ落ちる。うん、黒歴史を好きな人から突きつけられるって、辛いな……。


「お金持ってるなら、中で限定Tシャツとか買えば? 大人しい色選べば、今よりだいぶマシになるでしょ」

「その手があったか!!」


 関田さんに言われて、啓介は元気になった。ずっと暗い顔をされているより、この方がいい。


「とりあえずどこから行く?」

「映画体験のエリアから行こうよ」


 このワンダーランドは、大きく分けると二つの構成からなる。通常の遊園地のアトラクションが楽しめる「レギュラーエリア」と、映画の世界に入ったような体験が楽しめる「シアタービレッジ」だ。


 シアタービレッジは、三ヶ月ごとにがらりと装いを変える。その時のテーマ映画によって装飾が変わるので、何度来ても飽きないと評判がいい。


「お化け……とかはないよね?」


 渚沙さんがちょっと心配そうに、僕の手を握ってきた。子犬のような丸い目で見つめられると、無下に手を振り払えない。


「大丈夫じゃないかな。今のテーマは、『動物の国』らしいし」


 渚沙さんはそれを聞いてほっとしていた。本当にお化け関係、苦手なんだな。


「よし、はぐれないように行こう」

「関田、俺たちも手をつないだ方がいいんじゃないか?」

「パンフレット持つから手は無理。つかみたきゃ、バッグの紐でもつかんでなよ」


 手を握りあう僕たちの横で、啓介と関田さんは保育園児と引率の先生みたいになっていた。……啓介が幸せそうだから、それでもいいけど。


 ファストパスのおかげで、すぐにシアタービレッジに入れた。ゲートをくぐるなり、大きなライオンの像が僕たちを出迎える。


「わ、おっきい!! 口の中に入れるよ!!」


 渚沙さんが真っ先に食いついた。そして二人で列に並び、牙が生えたライオンの口の中で、満面の笑みでピースを作る。……幽霊は怖くて、ライオンはいいんだ。


「ほーい。写真撮ってやったぞ。後で送る」

「ありがと、関田さん。今度は関田さんが行きたいところ、行こ?」

「ああ、こずえでいいよ。私も渚沙って呼んでいい?」

「もちろん。嬉しいなあ」


 女性陣は順調に距離を縮めている。僕たちはそれをほほえましく見守っていた。どんな理由でも好きな女の子が楽しそうにしているのを見るのは良いものだ。


「ねえ、次はジャングルの川下りに行ってもいい?」

「いいよ、行こう」


 パーク内には立派な川が作ってあって、そこを通るクルーズ船が出ている。子供だましかと思ったが、周囲に張り巡らされた植物は全て本物で、船もちゃんと屋根がついた立派なものだった。


 遠海さんは最前列、という好配置の席を割り当てられる。彼女が呼んでくれたので、僕たちも幸運のご相伴にあずかった。四人一列の席なので、女子二人を男子で挟むようにして、ちょうどよく席が埋まる。船は間もなく、合計四十人を乗せて満員となった。


「それでは皆さん、ジャングルの旅へ行ってらっしゃい!」


 入り口のお姉さんに明るい声で送り出され、船はスムーズに動き始めた。


「本日のクルーズは私、ミカが担当いたします! 皆様、ジャングルには危険な生き

 物もいますから、船にしっかりとしがみついてくださいね!」


 はあーい、という元気な声があがった。子供も乗っているから、反応が正直だ。


「はーい」


 そして僕の横でも小さな声があがる。渚沙さんがまた僕にしっかりしがみついていた。


「船にって言われたのに」

「こっちの方がいいんです」


 いつもは指示をちゃんと聞く渚沙さんだったが、時々こうやって可愛いワガママを言う。もう、と言いつつ僕は許してしまうのだ。……本当は脳が破裂しそうで、まともな言い訳を考える余裕がないんだけど。


「おうおう、いちゃつきやがってよう……」


 啓介が離れたところで殺気立っている。当たり前だが、彼の隣の関田さんは全然抱きつく気配を見せない。


「あら、皆さんの船を見つけて、かわいらしいお友達が遊びに来てくれました!」


 ガイドさんの指さす方向から、真っ赤なインコたちが風を切って飛んできた。思ったより大きな鳥は、船の周りをぐるりと周り、客の歓声をうけながら遠ざかっていく。あれはロボットだと下調べで知っていたが、遠目には全く分からなかった。


「鳥に続き、川の仲間たちも皆さんを歓迎しています!」


 遠くで、虹色の魚が大きく跳ねる。それに合わせてスモークがたかれ、イルミネーションの光がさっときらめいた。


「綺麗!」


 こういう光ものが好きなのか、渚沙さんは目を輝かせている。……それなら、今日はあれを見たら喜ぶんじゃないかな?


 僕が考えているうちに、船は順調に川を進んでいった。


「くそ、何かイベント来い、イベント……船が揺れるとか、おっぱい見えるとかなんでもいいから……」


 もう終盤になったクルーズの中で啓介が呪いの声を吐いていると、いきなり船の前方から煙があがった。


「これは味方からの信号弾ですね! どうしたんでしょう?」


 ガイドさんはやにわに銃を構え、前方に目をやる。それを視線で追うと、壊れた船のセットから炎があがっているのが見えた。


「凶暴な巨大ワニが、船を襲っているようです。皆さん、衝撃に備えてください!」


 水面から巨大な水柱があがり、水滴が僕らの荷物にかかった。それをぬぐう暇もなく、船のすぐ左横からぼこぼこと大きな泡が立ってくる。


「ああっ、ワニです!! みなさん体を小さくして!!」


 アナウンスの直後、泡の場所──ちょうど啓介の真横から、大きく口を開けたワニの頭が飛び出してきた。僕の位置からでも、赤い口内と鋭く尖った牙が見える。


「キャッ」


 そう叫んで体を縮め、横の関田さんに抱きついたのは──啓介だった。おい、ここはお前が頑張って守る方だろう。


 渚沙さんは「大きいねえ」と笑いながら僕にくっついているので、まだ余裕がありそうだ。


「大丈夫だから、離れろって三井」

「食われるー!!」


 啓介がひとりパニックになっている中、鋭い銃声が轟いた。ワニが苦悶の声をあげてのけぞり、再び水中に消えていく。


「皆さん、怖かったですね。でも、もう安心ですよ!」


 ガイドのお姉さんが言い放っても啓介は関田さんから離れず、かつて己が言っていたようなコバンザメ状態になっている。周囲から苦笑があがるのも、本人には聞こえていないようだ。


「お、思ったより大したことなかったな……」

「はいはい、守ってやるから強がるなって」


 関田さんの方がよっぽど王子様のようだった。しかし啓介はこれはこれで幸せそうなので、結果的には良かったのではなかろうか。


 川下りを降りて、次は屋内のアトラクションに入る。大きな熊のロボットにまたがって場内を散歩したり、襲ってくる動物を倒すガンシューティングをやったりと、僕たちは忙しく遊び回った。




※今回のお話は楽しんでいただけましたでしょうか?

「渚沙さんのラッキー効果はどうなるんだろう?」

「関田さんは格好いいと思います」

「啓介もっとしっかりしろ」

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作者はとてもそれを楽しみにしています!

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