第12話 彼女が苦手なもの

「あ、あの。わざわざ来てもらって、すみません」

「……ほんとはうちに来て、もう一回株を買って欲しいところだったけど」


 僕が呼び止めると、振り返った美波みなみさんは半目になりながら答えた。


「お父さんが一撃必殺の初見殺しトラップを大量に買いこんでたから、しばらく小林兄弟はうちに近付かない方がいいと思う」

「わあ……ワイルド……」


 教えてもらってよかった。というかこれから、遠海とおうみ家に遊びに行ける機会が訪れるのだろうか。


「じゃ」


 僕が固まっている間に、今度こそ美波さんはいなくなってしまった。僕はとりあえず渚沙なぎささんにことの次第を連絡し、家に帰ってから兄貴の予定を聞いてみることにした。


「兄貴、最近の土日で空いてる日ある?」


 夕飯の豚カツをつついていた兄貴が何か答える前に、母の目が輝いた。


「また遠海さんのお誘い?」

「うん。遊園地のチケットをもらったんだ」


 株うんぬんの話を省いて伝えると、母は食卓の上に立ち上がりそうな勢いで喜んだ。


「行ってらっしゃいよ。一日くらい、いいじゃない」

「でも母さん、賢人けんとはもうすぐ模試だって言ってなかったか?」


 父が冷静に反論した。母はあらそうだったかしらと我に返り、カレンダーを見てため息をつく。


「本当ね」

「……ってわけで彩人あやと、俺はしばらく無理だ。お前らだけで行って来いよ。なんなら、二回行けばいいじゃないか」

「それはそれで、何か違うんだよなあ。だったら父さんたちにあげようか?」

「あんな若い子ばっかりのところは疲れるから嫌だ」


 父が素早く拒否してきた。取り付く島もない様子を見て、母がため息をつく。


「ということだから、チケットはあんたがなんとかしなさい。話が終わったら、早くご飯を食べること。彩人、宿題出てるんでしょ」

「はあい」


 僕は冷めかかった豚カツをあわてて片付け、兄貴と一緒に二階に戻った。


 宿題は思ったより量が多く、なんとか形になった時にはすでに夜の十時を回っている。僕が大きく伸びをした瞬間、それを見計らったように電話がかかってきた。


「彩人くん、今いい?」

「大丈夫だよ、渚沙さん。夏帆かほさん、どうだった?」

「ダメだって。今度大きなイベントがあるらしくて、それが終わるまでは休み取れそうにないみたい」

「そうか。こっちも、兄貴の模試が近くてダメだったよ」

「……じゃあ、三井くんと関田せきたさんを誘ってみる?」


 渚沙さんから意外な提案を受けて、僕は一瞬固まった。


「ダメかな? 少なくとも、三井くんは関田さんのこと好きだよね?」

「そりゃあいつはタダと無料が大好きだから、誘ったら絶対来るだろうけど……」


 遊園地、しかも関田さんと一緒。テンションの上がりまくったあいつは、余計なやらかしをするように思えてならないのだが。渚沙さんはどうも、あいつを好意的に見すぎるきらいがある。


「問題は関田さんの都合だよね。ソフト部は練習厳しいらしいから、ダメって言われるかも」

「先にそっちを聞いた方が良さそうだな。悪いけど、頼める?」


 先に啓介けいすけがチケットの話を聞いてしまったら、スッポンのように食いついて離れないに違いない。それに、関田さんが啓介を嫌がったらそこで話は終わりだし。


「おっけー。じゃ、また連絡するね」


 僕は電話を切って、ため息をつく。良い企画に思えたダブルデートだったが、今では災厄を呼んでいるようにしか思えなかった。




「彩人くん」


 翌日の教室移動の時、僕は渚沙さんに呼び止められた。彼女の傍らには、腕組みした関田さんが立っている。


「関田さん、次の日曜なら大丈夫だって」

「へ?」


 僕は驚いて、奇妙な声を出してしまった。


「なんでそんなに驚くの」

「いや、ソフト部の練習は出なくていいのかなって……」

「中間テストの前だから、運動部も部活ないんだよ。一日くらい遊んだって今更成績は変わらないし。日曜ならばあちゃんに弟たちを預けられるから、そこなら大丈夫」

「啓介がオマケについてきて大丈夫?」

「……三井? まあいいよ、余計なトラブル起こさなきゃ」


 なんと、一番意外な人物からOKがもらえた。となると後は……


「麗しの小林くん」


 気持ち悪い猫なで声に振り向くと、満面の笑みを浮かべた啓介が柱の陰から顔を出していた。


「……なに?」

「遊園地に行ける男を捜していると聞いたものでね。今度の日曜なら、品行方正、成績優秀、容姿端麗な男のスケジュールがちょうど空いているんだが」


 その条件だと、啓介は一つもあてはまらない。


「そ、そうなんだ。じゃあ、三井くんも一緒に行く?」

「行く。隕石が地球に落ちても行く!!」


 そんなことになったら遊園地どころじゃないと思うのだが、啓介は完全に舞い上がっていた。バレリーナのようにくるくるつま先立ちで回りながら、彼は廊下の向こうに消えていく。


「ありゃ、うちの弟より躾が悪いね」


 関田さんがそれを見て呆れていた。啓介、悪いことは言わないから、お前の人生考え直せ。


「じゃ、日曜の朝十時にランドの正面入り口で。チケットはその時渡すよ」

「分かった」


 関田さんが離れていくと、渚沙さんが嬉しそうに僕の服の裾をつかんできた。


「公園デートの予定だったけど、遊園地もいいね」

「渚沙さんは何か乗りたいものとかあるの?」

「うーん、メリーゴーランド?」


 小首をかしげて言われた。渚沙さん、好みまでいちいち可愛いなあ。


「あれは小さい子じゃなくても乗れるんだっけ」

「大丈夫だと思うよ。一緒に乗ろうね」


 僕が白馬にまたがった絵を想像すると嫌な気分になってきたが、渚沙さんが乗りたいというのなら仕方無い、乗ってみせよう。


「逆にこれは嫌っていうのはある?」

「……お化け屋敷」


 渚沙さんは心底嫌そうに身を震わせた。


「あれは人間がやってるやつだから、怖くないよ」

「分かってても嫌なの! これは治療で大丈夫だって分かってても、歯医者さんに行くのは嫌っていうのと同じなの!」


 分かるような分からないような。


「とにかく、お化け屋敷は入らないから。入れようとしたら……」

「したら?」

「三日くらい口きかないからね!」


 三日で大丈夫なんだ。


「分かったよ、他のアトラクションをゆっくり回ろう」


 僕がそう言うと、渚沙さんはやっとほっとした顔になった。





※今回のお話は楽しんでいただけましたでしょうか?

「渚沙さん萌」

「啓介は遊園地まで体がもつのか?」

「関田さんは啓介に気があるの?」

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