第9話 全小林抹殺計画、進行(間接キスもあるでよ)
「鍋がない」
しばらくして、肩をしょんぼり落とした
「じゃあ、私が探してみるから。美波お姉ちゃん、お父さん呼んできてよ」
「わかった」
美波さんはほっとした様子で部屋の奥に消えていく。
「わかりにくい場所にあるのかな?」
「箱に絵が描いてあるんだけど……もしかして、裏向きになってて区別がつかないのかも」
僕は
「あ、あったあった。やっぱり反対向きになってる」
渚沙さんがよいしょ、と重そうな箱を持とうとするので、僕はそれを受け取った。
「持っていくよ。扉だけ開けてもらえる?」
「うん、ありがとう」
嬉しそうな渚沙さんがリビングの扉を開けると、そこに全盛期のシュワルツェネッガーを思わせるような筋骨隆々で角刈りの男性が立っていた。腕組みをして、鋭い目で僕をにらみすえている。これはもしかしてもしかすると。
「あ、お父さん。この人が、私の彼氏の
やっぱりお父様でしたか。なんだかさっきから殺意が服の上から突き刺さってくると思ってました。
「あ、あの。お邪魔してます」
「…………」
お父さんは無言のまま、僕に近寄ってきた。まずい、殺される。そう思った次の瞬間、お父さんが僕の手から電気鍋の箱を奪い取った。
「重いから」
「……ありがとうございます」
「お父さんやっさしい。私、お肉出しとくから早く持ってきてね」
渚沙さんは上機嫌になって、リビングの奥へ消えていった。
ぶっきらぼうだけど、悪い人じゃないのかもしれない。美波さんのしゃべり方は、きっとお父さん譲りなんだな。だからお父さんも、僕に含むことなどないわけだ。良かった良かった。
「重いこいつを後頭部にがつんとやれば、人は死ぬ……」
急にお父さんがつぶやいてきた。前言撤回。僕の背後に血に飢えたグリズリーがいらっしゃいます。
「お父様。平和的に解決しましょう。いくらなんでも、ここで殺人事件発生はまずいです」
「娘の彼氏に平和的な付き合いは期待しない。小林、そういうことだ」
「渚沙さーん!! 渚沙さーん!!」
僕にできるのは、大声で救いの女神を呼ぶことだけだった。幸い、すぐにリビングの扉が開いた。
「なあに、彩人くん。お父さんも、早く鍋持ってきてよ」
「……ワカッタ」
明らかに獲物を仕留め損ねた狩人の表情で、お父さんはのしのしと僕を追い越していった。とりあえず、助かった。
「ん? 待てよ?」
あのリビング、よく考えたらもう一個火種がなかったか? いやそりゃ、二人は付き合ってはないけど、少なくとも
僕の足が恐怖で強張る。しかし、兄貴を放ってはおけない。
少し待ってからそろそろと中を覗きこむと、さっきより十は老け込んだような様子のお父さんがソファに沈み込んでいた。何か見た顔だ。
「小林なんて全て滅ぼしてやる」
「父さん、小林姓は全国に百万人もいる。滅ぼされるならうちらが先」
(※遠海姓は全国で約百六十人)
しみじみと泣いているお父さんに、美波さんがとどめを刺していた。
「なに泣いてるの、お父さん。煙がしみたの?」
「もうすぐ野菜に火が通るから、待っててね」
親の心子知らずなのか、知っていて無視しているのか、娘二人は実にてきぱきしていた。間もなく、美味しそうな茶色に炊きあがったすき焼きが、皆の前に配られる。
「おかわりいっぱいあるから、遠慮せずに食べてね。特に
「こんなに肉大盛りにしなくても……」
困惑する兄貴をよそに、夏帆さんは実に生き生きしていた。
「はい、あーん。彩人くんもいっぱい食べてね」
「うん、ありがとう」
突然渚沙さんの箸でお肉を差し出されて僕はびっくりしたが、そのまま食べた。さしが多いのだろう、柔らかくてとろけるようなお肉だ。
「いいお肉だね」
「そう? じゃ私も」
渚沙さんはためらうことなく、同じ箸で肉をぱくつき始めた。お、お父さんの前で間接キス。殺されるかもしれない。
しかし幸い、お父さんは兄貴の方ばかりにらんでいた。僕は顔が燃え上がるように熱いのを誤魔化すように、白米をかきこんだ。
「このご飯も、美味しいね……」
「お父さんの知り合いの農家さんが送ってくれてるの。なんか、賞をとったお米なんだって」
渚沙さんも、食事の話をする時はとても楽しそうだ。前に料理が好きだと言っていたから、その系統の話はやっぱり好きなんだな。
「今度、中央公園行くでしょ? おにぎり作って持っていってあげるね」
「楽しみだなあ」
「彩人くんはおにぎりの具、何が好き?」
「定番でつまんないかもしれないけど、鮭かな……」
盛り上がる渚沙さんだったが、僕は背中にお父さんの視線を常に感じていた。
「お父さん、『鮭型 爆弾』でネット検索するのやめなって。ないから」
美波さんにまたつっこまれていた。あ、僕の抹殺計画まだ諦めてなかったんだ。
そんな緊張感溢れる一幕がありつつも、なんとか食事は無事に終わった。僕は常に渚沙さんにくっついて後片付けを手伝う。
兄貴もいつもより夏帆さんとの距離が近いから、思っていることは同じなのだろう。お父さんに隙を見せてはならない。殺られる。
「はい、デザートはわらび餅です。黒蜜ときなこ、お好みでかけてね」
きれいに清められた食卓の上に、今度はガラスの鉢が並ぶ。夏帆さんが差し出した蜜を一番嬉しそうに受け取っていたのは、意外なことに美波さんだった。
「うちはみんな甘い物好きだけど、美波が一番好きなのよね」
「脳を使うから。糖分は重要」
美波さんが言うと、夏帆さんはちらっと兄貴を見た。
「そうそう、ちゃんと食べた方が体力もつくし」
「眠ってる間に、記憶が定着するとも言うしね」
渚沙さんも夏帆さんを援護する。兄貴はそれを見てため息をついた。
「分かったよ、これからは少し考える。それでいいか?」
夏帆さんは本当に嬉しそうにうなずいた。これを聞いたら、お袋も喜ぶことだろう。
「美波お姉ちゃん、頭を使うって何やってるの? 大学の課題?」
ふと気になったのか、渚沙さんが美波さんに聞いた。すると彼女は、不敵に微笑む。
「株」
「カブ」
あの野菜の蕪じゃなくて、お金が動くやつだよな、やっぱり。
「危ないことに手を出してないだろうな」
今まで黙り込んでいたお父さんも、流石に心配なのか口を開く。
「小遣いの範囲内でやってるから。パソコンの備品も、それで買ってるし」
美波さんは、貯金より投資がおすすめな理由をとくとくと語った。ただ、儲けようと思ったら勉強していないと無理、ということはしっかり釘を刺される。
「へえ。身近で株買ってる人、初めて見ました」
「なんなら取引画面も見てみる?」
美波さんはスマホを取りだした。そこには売り出されている株の一覧があって、見たことのない企業名がずらっと並んでいる。
「買えるの?」
「値段が予算の範囲内のものなら。試しに何か選んでみる?」
話を振られた渚沙さんは、僕を振り返って手招きした。僕が横に座ると、御利益を確認するようにぎゅっと手を握ってくる。お姉さんのお金がかかっているからか、真剣な顔だ。
※今回のお話は楽しんでいただけましたでしょうか?
「彩人がまた何かやらかすんでしょ?」
「全然タイプの違う姉妹っていいよね」
「あの親父は危険物では」
など、思うところが少しでもあれば★やフォローで応援いただけると幸いです。
作者はとてもそれを楽しみにしています!
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