第5話 色々強すぎる女、登場!
「このクラスに小林という男はいるか」
ようやく水族館ネタが言われなくなった、五月のある日。僕のクラスの入り口に、急に金髪碧眼の美少女が現れた。
「小林、呼ばれてるぞ」
ワタシエイゴワカリマセン、と言って逃げたい気持ちになったが、美少女は素早く僕を見とがめて、ずんずん接近してくる。
「あ……あの……」
僕がもごもご口ごもっていると、少女の方が口を開いた。
「私は
獅子王。確か、全国紙にも載ったことのある陸上部のエースだ。母親もスプリンターで、子供の身体能力強化のために外国選手と結婚したという逸話を持っている。まあとにかく、庶民という単語の対極にあるような人だった。
「はあ、獅子王さん。何の用ですか?」
同級生だというのに、なんとなく敬語になってしまう。
「小林。お前が『幸運の女神』というのは本当か」
「……どこで聞いたんですか、それ」
僕は顔をしかめた。
「この前、たまたまテレビで見ていてな。
渚沙さん、しゃべっちゃったか。確かに彼女は昔から、そのことを隠そうとはしていなかったが。
「今のところ、そういう事例が多いってだけです。しかも、僕自身じゃなくて遠海さんにしか効果がないんですけど」
「それだけ聞けば十分だ。小林、私のものになれ」
「……はい?」
いきなり言われた言葉の意味が分からなくて、僕は聞き返した。渚沙さんが他のクラスに遊びに行っている時で、本当に良かった。
「私のもの、とは」
「婚姻関係を結び、命尽き果てるまで横にいろ」
「言葉がいちいちパワーワード過ぎるんですけど」
なんなのこの人。名字が獅子王なんてごっついのだと、話し方も影響されてこうなっちゃうの?
「重婚……?」
「一夫多妻……?」
「酒池肉林……?」
「ギャラリーは一旦お黙りなさいよ!!」
背後に向かって叫ぶ僕の肩を、獅子王さんはむんずとつかんだ。
「行くぞ、小林」
「嫌ですよ」
僕がそう言うと、獅子王さんは鳩が豆鉄砲をくらったような顔をした。どうやら、断られるとは微塵も思っていなかったらしい。
「嫌……とはつまり」
「拒否です。ノーです」
「ほう。それならば、私も交渉術を駆使せねばなるまい」
獅子王さんが不敵に微笑んだ。
「知っているかもしれんが、私の目標は一つ。女子百メートル走で、世界一になることだ」
「それは存じ上げませんが、すごい夢ですね」
「女子百メートルの最高タイムは、三十年ほど前から更新されていない。数多の有力なスプリンターたちの夢を阻んできた、不可能とも言われる高い壁だ。私はそれを破りたい」
「三十年も……」
「皆、努力はしてきただろう。しかし、風や天候など、努力ではどうにもならない条件によって、記録というのは左右されるのだ。私はその運が欲しい。何をどうしてもな」
獅子王さんに正面からにらまれて、僕はすくみあがった。彼女は本気だ。夢のためにならなんでもする気だ。そんな彼女が使ってくる交渉術に、僕は対抗できるのだろうか。
「だから提案しよう、小林」
「う……」
「この特製シューズをやろう。私のものになれ」
獅子王さんは、そう言って高そうなスポーツシューズを出してきた。……うん、正直全く欲しくない。
「いらないです」
「なっ!? この見事なクッションと、軽量化したボディが目に入らぬか!?」
「いや、そもそもスポーツやんないので……」
「贅沢者め。ウェアもつけてやろうか」
「だからスポーツやりませんってば」
「……この飴ちゃんもくれてやろう」
「あんた、交渉ヘタだな!?」
あまりに獅子王さんがポンコツなので、僕の敬語モードが解除された。
「交渉っていうのは、相手にメリットないと意味ないの。スポーツやらない人間がウェアだのシューズだのもらったって嬉しくないの。もっと相手のことをよく調べて、心をくすぐらないと」
「……考えたこともなかった」
「頭の中、陸上のことしかないタイプなのか……」
僕が呆れていると、その視線を受け取った獅子王さんが顔を赤くした。
「今日は一旦退いてやろう。また後日、必ず貴様にイエスと言わせてみせるぞ」
「もう来なくていいよ……」
「さらばだ!」
獅子王さんは全然僕の言うことを聞いてくれなかった。彼女が立ち去った後、教室内の他の面子もしばし呆然としていた。
「なんだあれ、すげえなあ」
「俺も初めて見たが、あれが獅子王か。女っつーより、覇王みたいな奴だったな」
「困ったよ。きっと僕があの人の側にいても、なんにもいいことないと思うな」
「俺もそんな気がする。だが、お前の能力って裏付けがあるもんじゃないから……そこんとこ厄介だよな」
化学物質のように確実にあるとも言えないが、逆に理論や実験によって完全否定されることもない。獅子王さんを納得させられるようなデータは、調べたって取れないだろう。
「結局、向こうが諦めるまで待つしかないわな」
「やっぱりそうなる?」
「んで、お前は遠海さんに嫌われろ」
「……啓介は僕の味方なの、敵なの?」
「男なんか全員敵に決まってるだろうが、バカ野郎」
吐き捨てる啓介をよそに、僕は考えていた。確かに、渚沙さんには事情を説明しておかないとまずい。本当に不釣り合いだし、向こうにとっては良くないことかもしれないけれど──僕は、今となってはもう、渚沙さんと別れたくなくなっていたのだ。
※今回のお話は楽しんでいただけましたでしょうか?
「彩人と渚沙さんはどうなっちゃうの?」
「啓介が意外に常識的でびっくり」
「獅子王さんに踏まれたい」
など、思うところが少しでもあれば★やフォローで応援いただけると幸いです。
作者はとてもそれを楽しみにしています!
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