第3話 水族館デートのお時間です

「おうおう、幸せ者が来たぞ……」

「あんなことがあったのに登校してくるとは太い野郎よ……」

「その幸せな頬をえぐり取ってやるぜ……」


 月曜日に僕が登校したら、教室の中が世紀末みたいになっていた。みんなブレザーの制服姿のはずなのに、今にも物陰からバイクのモヒカンが飛び出してきそうだ。


「消毒してやる-!!」


 そして案の定、真っ先に襲いかかってきたのは啓介けいすけだった。ただ、正面から奇声あげてやってきたので動きがバレバレだが。


「やかましい」


 僕は教科書を満載した鞄(重量五キロ)で啓介を打ち払った。こんなことだろうと思って、装備を充実させておいて正解だったな。


「幸せ者が……幸せ者が憎い……」


 顔面を強打した啓介はしばらく床でゴキブリみたいにうめいていた。


「男子も三井みついも何やってんの?」


 その様子を呆れて見ていたのは、クラス委員長をやっている関田梢せきた こずえである。ショートカットに日に焼けた風貌は、ソフトボールで鍛えた賜物。彼女は下に三人の弟がおり、さっぱりした性格で面倒見もよいので、「姉御」と呼ばれ慕われている。


「一言で言うと嫉妬だよ、姉御」

「なるほど、醜いね」


 姉御も一言で切って捨てた。それを聞いた啓介は耳を真っ赤にする。


「嫉妬するくらいなら、自分も彼女作ればいいじゃんか」

「そう簡単にはいかないんだよ姉御おおお!!」

「ソフト部の子で良かったら紹介するけど?」

「流石だぜ姉御おおお!!」


 関田さんはあっという間に男子の心をつかんでしまった。僕は命拾いして、彼女に向かって頭を下げる。全く、こんないい子を狙うなんて啓介も大それた男だな。


「ほら立て三井、合コンに参加したくないのかい」

「……姉御が行くなら行く。俺は姉御のコバンザメになりたい」

「情けない野望抱くんじゃないよ」

「食べこぼしをもらって生きていきたい」

「ひたすらキモい」


 一応これは啓介なりの告白なのだが、遠回しすぎて全然伝わっていない。というか、好感度下げてどうする。


「コバンザメ……といえば、思い出した。小林、海沿いの水族館、新しくなった話は聞いてる?」

「一応」


 遠海とおうみさんが行きたいといっていたから、調べはした。しかし入場料がけっこう高かったので、小遣いをもらってからにしてくれと言ってある。それを伝えると、関田さんはうんうんとうなずいた。


「そうだよ。高校生で二千円、子供千円ってのはボってるとしか思えない」

「関田さん、行きたいの?」

「私っていうより弟たちがね。でも、全員で行くとなると厳しいんだ。で、小林に頼みがあるんだけど」


 関田さんはそう言って、スマホの画像を見せてきた。


「もし行くことがあったら、このボールペンを三本買ってきてくれないかな。後でちゃんと返すから」


 それは少し変わったボールペンだった。下は普通の青い軸なのだが、その上が透明になっていて、筒の中をジンベイザメやイルカが泳いでいる。


「綺麗なペンだね」

「あいつら、親父に似て海とか魚とか好きなんだよ。公営水族館のグッズはいっぱい持ってるんだけど、こういうこじゃれたのはそこに売ってなくてさ」


 確か姉御のお父さんは船に関する仕事をしていたはずだ。僕は思い出しながらうなずいた。


「分かった、覚えとくよ」

「助かるわ」


 姉御はほっとした表情になった。そこへちょうど、遠海さんが登校してくる。


「おはよう、小林くん」

「遠海さん……おはよう」


 僕はキスのことを思い出してちょっと気恥ずかしかったが、遠海さんは完全にいつものうきうきした様子で話しかけてきた。女子の方が、慣れるのが早いんだろうか?


「あのね、次の土曜日あいてる?」

「一応予定はないけど」

「あの水族館、行こうよ! お姉ちゃんが連れていってくれるって!」


 遠海さんが楽しそうに言った。なるほど、浮かれているように見えたのはこれが原因か。


「家族で行くんじゃないの? 僕が混じっていいのかな」


 遠海さんは三姉妹の末っ子だ。姉妹で仲が良く、しょっちゅうショッピングや映画に行っている。そこに混じって、しかもお金まで出してもらうというのはなんか気が引ける。


「いいのいいの。美波みなみお姉ちゃんが都合で行けなくなったから、その分のチケットが余ってるんだって」

「……じゃあ、お言葉に甘えて」

「やったー」


 遠海さんは胸の前で手を組む。その仕草がいちいち可愛くてぐっとくるんだよなあ。幸せすぎてどうにかなりそう。


「水族館デートだと……」

「小林、貴様のアンラッキースポットは水族館らしいぞ……」

「その権利をよこせ……」

「まずい、亡霊が復活してきた」


 僕が九字の印を切ろうとしたその瞬間、担任教師が入ってきたのでことなきを得た。




「小林くん、こっちだよー!」


 土曜日、待ち合わせ駅の前で、遠海さんがぴょんぴょん跳ねていた。今日の彼女はスポーティーなピンクラインのパーカーに紺のショートパンツとスニーカー、背中にはリュックを背負っている。男の子っぽくなりそうな格好だが、遠海さんが着るとなぜか可愛く見える。やっぱり、服の多少の作りより、モデルが大事なんだよな。


彩人あやとくん、久しぶりね。元気そうじゃない」


 遠海さんの隣で微笑むのは、三姉妹の長女の夏帆かほさん。もう社会人と聞いている。昔は茶色かった髪を黒に戻し、さらに大人っぽく素敵な雰囲気になっていた。彼女も今日はカジュアルなカットソーにジーンズだ。けっこう館内が広い水族館らしいから、歩きやすい格好にしたのだろう。


「はい、元気です」

賢人けんとくんはどう?」

「兄貴も元気ですよ。相変わらず、しかめっ面で勉強してますけど」


 夏帆さんは昔、兄貴の家庭教師をしていた。今でも夏帆さんだけ名前呼びにできるのは、小さい頃からの関係による。


「賢人くんは昔から頭、良かったもんねえ。私なんか、あっという間に教えられなくなっちゃった。今も医学部志望なの?」

「はい。今年受験なので、ピリピリしてますよ」

「あら、そう……あんまり無理しないように、言っておいてね」


 夏帆さんは家庭教師をやめた後も、兄貴のことを気にかけてくれている。僕は素直にうなずいた。


「お姉ちゃん、そろそろ小林くん返してよ」


 遠海さんがむくれる。お預けをくらった小型犬みたいで、よしよしと頭をなでたくなる風貌だ。


「ごめんごめん。じゃ、電車に乗りましょうか」


 目的の水族館は海沿いにあり、いつも遊びに使っている線から乗り換えなくてはならない。小さなモノレールの車両に乗り込むと、そこはすでに子供連れやカップルで埋まりかけていた。


「お姉ちゃん、座りなよ」


 一つだけ見つけた空席を、遠海さんは夏帆さんにすすめた。


「お? 立ち仕事の多い社会人をいたわってくれるのかな?」

「今日のスポンサーでもあるしね」

「その心がけはよろしい」


 夏帆さんは笑いながら席に座った。僕はその前で、つり革につかまる。


「ほら、遠海さんも。カーブとか結構揺れるよ?」

「私はこっちがいい」


 遠海さんはそう言うと、僕の腕にぎゅっと捕まった。僕の心拍数が、急激にはね上がる。


「た……倒れたら危ないよ」

「倒れないように頑張ってね」

「おーおー、お熱いことで」


 夏帆さんは顔を真っ赤にする僕を見ながら、にやついていた。結局そのまま助けてもらえず、僕は汗をダラダラかきながら電車に乗っていた。





※今回のお話は楽しんでいただけましたでしょうか?

「彩人と渚沙さんはもっとくっつけばいいと思う」

「啓介が知ったら憤死しそう」

「お姉様も素敵」

など、思うところが少しでもあれば★やフォローで応援いただけると幸いです。

作者はとてもそれを楽しみにしています!


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