第2話 付き合ってすぐキスしましたが許して

「それで!? それで、なんて返事したんだよ!!」


 時は次の休日、場所は有名なカフェの前のベンチ。春の穏やかな風が吹いているというのに、僕のそばで三井啓介みつい けいすけという男が大興奮している。


「……はい、って」


 脳内は混乱していたが、僕が遠海とおうみさんを拒むという選択肢はなかった。きっと向こうはすぐ飽きるだろう、という思いと共に肯定したが、その時彼女は嬉しそうに笑ったんだっけ。


 あの時と同じ笑顔で。


「今すぐ幸せそうなお前をしめ殺したい」

「啓介はいつも正直でうらやましいね」


 僕は現実に引き戻されてため息をついた。


 啓介は、一応友達ということになるのだろうか。今にあきたらず感情ダダ漏れのわかりやすい奴なのだが、しょっちゅうズルをしようとするからすぐにバレる。いわゆる小悪党で、僕はそれにツッコミをいれる立場から離れられなくなった格好だ。


 呆れている僕の横で、啓介はベリーショートに刈り込んだ髪をかきむしっている。


「啓介が好きなのって関田せきたさんでしょ? 遠海さんとは関係ないじゃん」

「俺は、自分以外の誰かが幸せなのが本当に気にくわない!!」

「すがすがしいほど小者だね、お前」


 僕はそうつぶやいて、ラテのストローをくわえた。


「あ、小林くん!」


 遠海さんの声がして、僕はリアルに鼻からラテを噴き出した。


「だ、大丈夫?」


 校舎から駆けてきた彼女の顔を見ながら、僕はあわてて口元をぬぐう。


「大丈夫。ちょっと感情の処理がおいつかなかっただけだから」


 遠海さんはかわいい。小動物的な愛らしさと揺れるポニーテールの取り合わせは最高です。神様ありがとう。……しかし、この子が僕の彼女というのは、やっぱり神様の間違いだろうなあと実感もする。


「小林くんもこのカフェ好きなの?」

「いや。今日は啓介の付き添い」


 なんでも、啓介の好きな関田さんが、ここの限定ドリンクが気になると話をしていたらしい。今、このカフェは十人に一人タダ券がもらえるキャンペーンをやっており、啓介はそれを狙っているのだ。


「券が当たったから行こう、っていうベタな手を使おうとしてるわけだ。バレバレだと思うけど」

「うるさいな! こずえちゃんは倹約家だから、普通に誘っても来ないんだよ!!」


 僕と啓介のやりとりを聞いて、遠海さんが笑った。


「じゃあ、私が小林くんと行けば当たるかもね。当たったら三井くんにあげるよ」

「あ、それはそうか」

「行こ行こ」


 そう言って、遠海さんは当たり前のように手を差し出してくる。僕はその白くて小さな手を、一時凝視した。触れたら壊してしまいそうな気がする。


 しかしその恐れを振り払うように、彼女の方から手を握ってきた。


「ほら、早く」

「……う、うん。じゃあ啓介、ちょっと席頼むよ」


 啓介は、他人の幸せへの妬みと、券が手に入るかもしれないという喜びで、顔の半分ずつが全然違う表情になっていた。あいつ、いらんところだけ器用だな。


 カフェの列は数人程度だった。僕はわずかにほっとする。つないだ手が柔らかくて温かくて、長時間このままでいたら脳味噌が湯だって使い物にならなくなりそうだからだ。


「思ったよりすいてるね……」


 すぐに順番が来て、手を一旦離した。遠海さんはそれがとても残念そうだったが、僕は命拾いをした。


「鼻から吹くのはラテだけにしておきたいし……」

「何言ってるの?」


 不審そうにしていた遠海さんだったが、店員さんから渡されたレシートを見てぱっと笑顔になった。


「ほら、やっぱり! 当たった!」


 確かにレシートの最後の方に、無料クーポンの文字が躍っている。本当に僕の能力は、遠海さん限定でとてもよく効くんだな。


「良かったね。じゃ、行こう」

「うん……で、遠海さん、その手はなに?」

「もう一回つないでくれなきゃ、三井くんにこれはあげないぞ」


 脅された。


「……まあ、啓介がひどい目にあうだけだから別に……」

「友達がいのないこと言わないの!」


 結局強引につながれたから、僕は無駄なやり取りをしたことになる。店内の男どもの刺すような視線を受けながら、僕はカフェの外に出た。


「三井くん、当たったよ!」

「……アリガトウ」


 相変わらず吉凶半々の顔をした啓介は、僕をにらみながら券を受け取った。


「文句あるなら返せ」

「文句はあるが返さねーよバーカ!! 幸せ者が!!」

「はいはい……」


 僕は呆れた。


「ついでにあそこで配ってるエナジードリンクが飲みたい!!」


 完全にだだっ子と化した高校生を見つめながら、僕はため息をつく。


「分かったよ、もらって来てやるよ。結構並んでるから、遠海さんはここで座って待ってて」


 街角で定期的に見る、有名メーカーの配布会。コンビニですぐ買える商品でも、もらえるとなると血が騒ぐのか、すでに数十人の列ができていた。さらに公式アカウントをフォローすると追加でもう一本もらえるらしく、列は思ったより進まない。


「さっきのカフェより待つな、これ……」


 遠海さんを置いてきて正解だった。この間ずっと手をつないでいたら身が持たない。それにしてもあの手は……乾いて荒れている自分の手とは全く異質で、本当に同じ生物なのかと疑うほどだった。女の子だからそうなのか、遠海さんだからそうなのか。


「どうぞー」


 そんなことで悩んでいるうちに、僕はいつの間にか先頭にきていた。


「SNS公式フォローで、もう一本さしあげますが……」

「連れを待たせてるのでいいです」


 啓介がさらにスネているかもしれない、急いで戻らないと。僕はそう思って、なんの考えもなしに勢いよく振り向いた。


 その途端、何か柔らかいものが頬に当たる感覚がある。後ろの人と、思ったより距離が近かったらしい。


「あ、すみま……」


 僕は謝ろうとした。したのは覚えている。それなのに、言葉は途中で途切れて、舌は口内に張り付いたように動かなくなった。


 僕の顔の至近距離にあるのは、遠海さんの顔。見開いた丸い目が、こんなにも近い。その下に鼻があって、さらにその下が僕の頬に触れていて。これはつまり。つまり。


 世界が逆転したかのように、僕の顔には一気に血液が集まった。遠海さんの顔もその色を写し取ったように赤くなり、そしておずおずと離れていく。


「……後ろから声かけて、びっくりさせようと思ったんだけど」


 遠海さんはどうやら、伸び上がって僕の耳元になにやらささやこうとしていたらしい。その時僕が急に振り向いて、顔の角度が変わって、あの、その。


「まさか初めてのキスになるとは思ってなかったな」

「は、はあ。キスですか。鱚ではなく」

「ほっぺでもキスはキスだよね」

「遠海さん! それ以上言わないで!!」


 僕の全身が破裂してしまいそうなのに、彼女は意外にも嬉しそうだった。ぴこぴこと尻尾を振っている犬のような雰囲気で、感情を振りまいている。対して僕は、どんな顔をしたらいいのか分からず、恐れおののいていた。だって。


「なんだあの男……」

「あの子めっちゃかわいいじゃん。エグくね?」

「素敵なキスシーンだったので、SNSに動画あげてもいいですか?」


 ギャラリーがざわつき始めている。中にはスマホを構えていた者もいて、僕たちに向かって歩み寄り始めた。


「やめて、動画はやめて」


 僕はそう言うのが精一杯だった。付き合うことさえクラスの男子に内緒にしているのに、こんな動画が拡散されたら僕は明日から孤立無援になる。しかし、遠海さんは微笑みを崩さなかった。


「うーん、私は別にいいけど」

「遠海さん!?」


 あわあわしている僕の肩を、背後から誰かが静かに叩いた。


「見たぞ」


 啓介だった。すでに吉凶半々の顔は消え、般若一色の表情をしている。


「その……これは事故で……できれば黙っといてくれないかな……」

「そして俺はすでに動画撮影者とお友達になっている。拡散しまくってやるから明日を震えて待て」

「おま、待て!! タダ券返せ、バカ啓介!!」


 僕は珍しく本気で啓介を追い回したが、時既に遅し。こうして、僕と遠海さんが付き合っていることは、クラスどころか学校じゅうに知られてしまったのだった。




※今回のお話は楽しんでいただけましたでしょうか?

「彩人呪うぞ」

「啓介ってバカな奴だよなあ」

など、思うところが少しでもあれば★やフォローで応援いただけると幸いです。

作者はとてもそれを楽しみにしています!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る