幸運の女神小林くん~クラスのアイドルと僕が結婚するまでの物語~

刀綱一實

第1話 いきなり付き合おうと言われても

 僕は運が悪い。


 くじやおみくじはいつも参加賞か、凶。テストの山勘ですら当たったことは一度も無く、受験の当日には電車が遅れ、その上風邪でひどく鼻が詰まっていた。


 友達とはほぼ毎回同じクラスになれず、なぜかスポーツをすれば怪我をしたり、敗戦の原因にされたりする。


 でも、人生こんなものだろう。なんの取り得もない人間が、人生逆転一発ラッキーなど望んではいけない。期待していたら、寄ってくるのは詐欺師だけだ。


 しかしそんな僕にも、一つだけ「特殊能力」と言えるものがある。



「ねえねえ、小林くん」


 横から声をかけられて、僕は振り返った。黒髪のポニーテールがまず目に入り、次いですっきりした小さな顔と、その中にあるいつも笑っているように見える大きな目が見える。クラス一の美少女、容姿が相変わらずまぶしい。


遠海とおうみさん、どうしたの」


 おのれ小林、バターと和えて殺すぞ、という男子一同の視線を一身に受けながら、僕は口を開く。


「この前、一緒に応募した懸賞、当たったの」

「ああ、公園通りのカフェだっけ? 良かったじゃない」


 最近アフタヌーンティーなるものが流行っているらしく、有名なカフェやホテルがメニューに取り入れている。様々なお菓子や料理が楽しめるが、準備に時間がかかるためたいていは予約制だ。今回、彼女はなかなか予約の取れないカフェのアフタヌーンティー参加権をゲットしたのだ。食べるのが大好きな彼女、遠海渚沙とおうみ なぎさはだからとても機嫌が良い。


「お礼に、一緒に行こうよ。カフェに電話してみたら、今日の放課後なら大丈夫だって」


 今日はテストが終わる日なので、学校は半日で終わる。


「友達と行けばいいじゃない」


 へたに喜べば背後から五寸釘が打ち込まれそうな状況で、僕に言える台詞はこれしかなかった。


「小林くんがいいの」


 遠海さんはそう言って、にっこりととろけるような笑みを浮かべた。


「分かったよ……」


 このかわいらしさ。僕に反抗など、できるはずもない。




 カフェはゆったりとした席配置で、大きな革張りの椅子に身を預けていると、とてもくつろげた。


 アフタヌーンティーも本格的で、トレイは三段になっている。


 下段の小さなサンドイッチの中身は卵やサーモン、キュウリといった定番から、フルーツまであった。甘かったりしょっぱかったりで、僕たちはひとつ中身を確かめる度に驚いた。


 中段はきつね色のスコーンに様々な味のジャムが五種類、上段にはマカロンや春のフルーツを使ったプチケーキが七個。


 僕は途中でお腹がいっぱいになってしまったが、遠海さんはにこにこと表情を崩さないまま、全てを美味しそうに食べ終えた。人の倍は食べるのに、彼女は非常にスリムだ。小学校の頃から同じ学校にいるが、体型が崩れたところなど見たことがない。天は簡単に二物も三物も与えてしまうものなのだ。


「美味しかったね」

「うん」

「特に小林くんのおかげでもらえたスイーツ!」


 遠海さんがこれがいい、と選んだお菓子が品切れだったから、お店が申し訳ないと言ってランクの高いお菓子を入れてくれたのだ。本来かかるはずの追加料金もいらない、というラッキーである。


「あんな甘い苺、食べたことないよ。やっぱり小林くんは、幸運の女神様だね」

「僕は男だよ」

「幸運の男神様とはフツー言わないでしょ? なんかゴロ悪いしさ」


 確かにその通り。


 僕は昔からこんな感じで、遠海さんと一緒にいると、彼女の運だけを上げてしまう。科学的な根拠は何もないが、データをとってみれば、大小はあれどほぼ百パーセント何かしら有利なことが起こっているのだ。


 彼女はそれをとても喜んで、僕と一緒に歩きたがる。まあ、デカくて不細工だけどよく効くお守りくらいに思っているのだろう。


 僕にとっても遠海さんと一緒に居るのは楽しいことだから、彼女さえ嫌じゃなければいいんだけど。


「あー、美味しかった! ごちそうさま」


 遠海さんは胸の前で両手を合わせる。今時そこまでする子は珍しいが、昔からおばあちゃんにしつけられた結果だそうだ。


「そろそろ帰ろうか」

「まだいいじゃん。他にも食べ歩きして帰ろう!」


 遠海さんに連れ回され、僕は結局夕方まで色々な店を歩き回った。お金が持つか心配だったが、遠海さんが商店街の抽選会で商品券を引き当てたので、散財はせずにすんだ。だが、帰宅部の僕はもう足が棒になっている。


「ちょっと休憩しよっか。ごめんね、疲れてるよね」

「……あ。うん、ありがとう」


 遠海さんの方から言い出してくれた。明るい性格は大雑把に見えるが、決してそうではない。そういうギャップも、人気の要因だ。


 僕たちは喧噪を避けて、商店街の真ん中にある小さな神社の中に入った。街のど真ん中に神社、というのに最初はびっくりしたが、今では完全に慣れている。


 備え付けのベンチでジュースを飲むと、疲労がすっと抜けていく気がした。


「……ねえ、小林くん。一から百までの数字のうち、今選ぶとしたらどれ?」


 急に言われて驚いたが、僕はとっさに「四十番かな」と答えていた。平均より、ちょっと下。僕がいつもいるポジションに近い番号だ。


「わかった。ちょっと座っててね」


 そう言っていなくなった遠海さんは、戻ってくると手におみくじを持っていた。


「はい、四十番のおみくじ」

「番号聞いたの、そういうことか」


 普通は番号が入った箱を振るのだが、僕をそこまで歩かせることもないと思ったらしい。遠海さんらしい気遣いだ。


「お金は?」

「いいよ、おごってあげる。小林くんのおかげで、今日もラッキーだったし」

「じゃ、ありがたく」


 遠海さんも一緒だし、今日はせめて末吉くらいであって欲しいな……と思いながら開いたおみくじは、まさかの大吉だった。これは、とんでもないことだ。僕は青くなっておみくじを読み返す。


「あ、小林くんも大吉なんだ。私もだよ」

「そりゃ、遠海さんはそうだろうけど……」

「見せて見せて」


 抵抗する暇も無く、おみくじを交換させられた。


「だいたいどれもいいこと書いてるね」

「そりゃ大吉だからさ」

「……ねえ、『恋愛』のところ、読んでみてよ」


 彼女に言われるまま、恋愛の項目を読んでみた。


「この人が最良……なんか、彼氏彼女のいない人はどうしたらって感じだね」


 遠海さんなら誰とでも最良の関係を築けそうな気がするが。確か僕のおみくじには、「近くにいい縁あり」とか、無難なことが書いてあったと思う。神も人を見ているのだ。


「ちょっと寒くなってきたから、もう帰ろうか」

「……私ね、小林くんのこと、考えながらおみくじ引いたんだよ。そしたら、そんなこと言われちゃってさ。もう覚悟決めちゃった」

「え?」

「ねえ、やっぱり私たち付き合おっか」


 いたずらっぽく笑う彼女を前に、僕はおみくじを握ったまま固まっていた。






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作者はとてもそれを楽しみにしています!



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