第1話:永遠への扉にノックを (Knockin' on Eternal's Door)・放浪02

「そうだったな…………リディア、君はこのデウス;エデンの人間だもんな。すなわち 死ねないし、死の概念もわからない。そうだよな?」


 勝手に納得して一人考え込んでしまったカムイに対してリディアは何の反応も示すことなく気だるい態度のまま歩き続けていた。その状態が長引くと、気まずい沈黙だけが流れて逆にリディアのほうがソワソワするようになっていた。耐えかねたリディアが叫んだ。


「おお!!ねえ、あれ見てカムイ!!工房街ドレッドノートよ!!」

「ホントか!!ついに到着!!!これで砂漠ともおさらば……」

「ウソよ」

「だな。死んどけよ!」

「だから死ねないって!!死ねるように出来ているカムイとは違うんだぞ」


 からかってくるリディアを軽くあしらったカムイは改めて考えごとを続けることにした。カムイは今から11年前、秘匿要塞国デリリアムで開かれた首脳会談に忍び込んだことを思い返した。


 当時、カムイはすでに怪盗として悪名は轟かせていたものの、デウス;エデンに来て日が浅く、この世界で生きていくためにはこの世界の習わしや裏事情に精通すべきだと判断した。それを行動に移した結果が、『この世界の最高意思決定機関に潜入する』事であった。


『もう一度言いましょう。正式事件名『人間の削除及びその立場を利用するなりすまし達に関する件』改め、俗称『シルバーミラー事件』の被害者リストは今皆さんに手渡した資料の通りです。リストの全員が現在はなりすましであり……本来その人物に当たる人間は既に削除されています。そうとしか、言いようがない』


 それは当時の首脳会議室で放たれたヒューゼス卿の事件説明であり、時を同じくして首脳会談室に隠れていたカムイが盗み聞きをするために指向性マイクに電源を入れたときにマイクと繋がったヘッドホンで初めて聞こえた首脳会談場内の言葉だった。


(詰まる所、犯人は被害者を殺してはその人物になりすましているって事じゃねえか?削除だと?何故そのような遠回りな表現をする?)


 当時のカムイにとってこのヒューゼス卿の事件説明はあまりにも奇っ怪な言い回しに聞こえていたため、カムイはこのヒューゼス卿の事件説明とそれに対する自分の頭の中の疑問をいまだに鮮明に覚えていた。


 それからしばらくは進行役のヒューゼス卿と説明を聞く決戦教団側代理人のラニアケア少佐との問答が続いていた。やがて我慢の限界を超えた元老院の一人が怒鳴り声を上げたとき、カムイはこの世界の摂理に気づいた。


『うるさい!そこは知っておる!奇跡を現実に具現化する『オール・シングスALL THINGS』から、我々はその力を受信している状態にある。じゃから、我々に老いはあれど、永遠に生きられるのじゃろ!それが黒祭殿書と何の関係があるというのじゃ!!』


 オール・シングスという超越的な何かが奇跡をもたらし、人々から死の概念を奪っていたのだ。首脳会談場内に隠れていた当時のカムイはあまりの事実に思わず声を上げそうになるぐらい驚いていた。


 永遠が具現化された世界が存在するとは――――自分のいた世界でのあの悲劇は何だったのか。この世界は増え続ける人口を背負い切ることが出来るとでも?減り続ける資源に物ともせずあくまでも命の尊厳を守り通すことが出来るとでも?そんな神の恩恵を一身に受けし千年王国の世界が本当に存在しても良いとでも?だが、その神の世界に現在カムイ自身もまた居合わせているではないか。カムイは複雑な心境になりながら、引き続き首脳会談の流れを静観するのだった。


『もちろん、関係ありです。『シルバーミラー事件』とは……永遠を生きるこのデウス;エデンにて、封印されし禁忌である黒祭殿書を利用し、有史以来初めて、人間を死なせたという、今までに類を見ない新種のテロなのです』


 何度も休憩を挟みつつ長引くに長引いた首脳会談を終結に導くべく名乗り出たのは決戦教団側代理人ラニアケア少佐だった。彼女による簡潔且つ正確な事件の解説のおかげでようやく首脳会談場内の参加者全員が事件の全貌を理解できたことだろう。人が死ぬという概念はカムイには至極当然過ぎる事実であったため、当時の彼は夢ごこち半分で聞き流していたのだが。むしろ、彼は首脳会談が進行される間にずっと膨らませていた妄想である『ラニアケア少佐の拉致計画』を首脳会談が終わり次第、実際に実行すべきかどうか考えるほうが一大事に思えていたことだ。


『――まさか、あなたは、あの悪名高きラットボーイ……』

『……ふふ、気づいてくれたかよ。そうさ。そのラットボーイがまさに、君を頂戴に参上した。諦めて俺のもんになれ!』


 そして、当時、ラットボーイで名が通っていた彼は会場に潜り込む際にあらかじめ設置しておいたガジェットで首脳会談が終わるのと同時に停電を起こした。首脳会議出席者みんなの目の前でラニアケア少佐を拉致するという離れ業をやってのけたのだ。彼女が決戦教団の最重要秘匿指定人物であることも知らずに……。


 ――――過去の思い出に耽っていたカムイは突如、顔に砂をかけられハッと我に返った。


「う、ううお!?!?」

「アハハハ!!!なにそれ、ツッコミ待ちなの?馬鹿ムイなの?」


 どうやら顔に砂をかけられたわけではなく、歩きながら居眠りしていたところ、ついぞ砂漠の上に顔から倒れてしまったらしい。


「ヤチコの小太り!!先月の体重言いふらしまくるぞ!!」


 カムイは起き上がる気力もなかったので、リディアに悪態をつきながら寝返りを打ち、大の字に寝転んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る