スターケスト・シンドローム:感覚世界
麻宮スイメイ
第1部 幼年期の継続 (Childhood's Continuation)
第1話:永遠への扉にノックを (Knockin' on Eternal's Door)・放浪01
カムイは歩きながらそっと目を閉じた。何せぶつかる心配すらないくらい広い空間にいるのだ。ふらついたとてこの砂漠の上にすっ転ぶか、いま彼に同行している助手から気持ち悪いと暴言を吐かれるか、その程度のことしか起きないのだ。カムイは夢ごこちのままに思考を放棄した。そんな彼の思考領域ではぼんやりと色んな事柄が浮かんでは彼本人に気づかれず霧散していった。
ふと、カムイは助手の彼女も自分と同じ精神状況にあるのか気になったので横目で彼女を捉えた。案の定、彼女はロウソクのようにとろけた表情でぼんやり歩いていた。普段ハツラツとした彼女のこんな姿を見るのは何回目だろうか。
(こいつ精神的に参るとバカになるんだな)
困難な状況に陥ったらすぐ現実逃避したがる彼女の癖をカムイはよく知っていた。以前、入院中の彼女がおもむろにつぶやいた『鳥になれたらな……』というセンチメンタル溢れる発言を聞いてしまったカムイはつい笑いをこらえることが出来ず、ひどく怒られた事もあった。実際にこういった彼女のバカになる瞬間を目撃しているカムイだからこそ彼女が自分と同じく精神的に参っているのかどうか、気にかけていた。
カムイの傍で無気力に歩いている助手『
何故そのようなコードネームを使いたくなったのかと深く追求したら彼女は決まって『零元・八千狐とは極東式名前の中じゃ珍しくもない方だぞ?しかも、強そうな名前でもあり……更には可愛くてモテる名前なのだ!だから放っておけ!!』とかんかんに怒るのでカムイはもう何も聞かないようになっていた。自分のパートナーながら、何ともユーモラスな女性なんだとカムイは彼女のお茶目さに常日頃感心していた。
そんな彼女は気づけばさっきから同じ独り言を絶え間なく繰り返していた。十八番の現実逃避が始まったのだ。
「
リディアに慣れていない人から見れば、きっと気でも触れたのかと思うに違いない場面だった。しかし、なんの事はない。彼女はただただ『本当に疲れたからもう歩きたくない』と駄々をこねているだけなのだ。
カムイたちが歩いているこの場所は砂漠を貫く高速道路『
「おーい、ヤチコちゃん。ヤチコちゃん、ヤチコのバーカ」
「…………」
こいつ、いよいよ気を失ってるぞ?と心配になったカムイは彼女を何度も呼びかけた。
「八千狐・零元くん?」
「…………」
このままだとハゲワシのデザートになるに違いないとカムイは焦り始めた。
「リディア・シルエットさん?聞こえてますかー?」
「あんたさ……その名は呼ぶなと何度言えばわかるのだ!このサル顔!」
サル顔だと!?人がすごく気にしてるところを!カムイはムキになって彼女に叫んだ。
「かっこいい本名してるヤチコちゃんが悪いんだよ!!さっきから呼んでるのに聞こえなかったのか?」
「うるさいぞ……サル顔のあんたも、そしてあたしも、ここで終わりなのだぞ?最後ぐらい静かに……」
潔いというべきか、負け犬というべきか……いくら彼女でも現実逃避が過ぎたら観念するしかなくなるのかとカムイは少し驚いた。カムイは弱音を吐く彼女に喝を入れてやることにした。
「こんな所で終わってたまるか!しかも、サル顔じゃねえし!もう歩けないなら、ヤチコちゃんの『
「サル顔なんかのために使ってやらないもん!!あたしのニルヴァーナを舐めないでよ!バカ!」
ニルヴァーナとは2つの種類に枝分かれする超常的な能力の事。生まれつき備わっていて、ニルヴァーナの使用にコストもかからない『
実は、彼女が今現在『ニルヴァーナ』など使えるわけがないと、カムイはよく知っていた。彼女のキノタイプに使われた物は消滅する。その代わり、犠牲にする物の価値によって能力も充実してくる。単に大きい物や、重い物も悪くない結果が得られるが……小さくて軽くても、宝石などの高く売れる代物は遥かにいい出力が得られる。要するに、贅沢すればパワーアップするという事だ。人それを『等価交換』と言う。
とにかく、すかんぴんの今のリディアにキノタイプが使えるはずもないのだ。それでもキノタイプを使えと命令してしまえば、それすなわち『カムイという人間の消滅と引き換えにキノタイプを使え』という論法になって来るので、彼女は彼女なりの親切で怒ってくれていたのだ。素直じゃない女の子である。金の亡者と揶揄される怪盗にしては、あまりにも優しい心の持ち主だとカムイは改めてそう思った。
「――でもよ、実際問題、こんな終わりの見えない砂漠で俺たちどうすりゃいいんだ……?誰も使わない高速道路だけあって、車もへったくれもねえじゃねえか」
カムイは至極当然な疑問を彼女にぶつけてみた。持てるすべてをリディアのキノタイプ使用コストに貢いでしまった彼らは連絡手段すら手元にない状況にあった。いくら最長の砂漠といえど、あれだけの物を貢いだら脱出できると思ったカムイだったが……彼の読みは浅かった。
いまやカムイたちには車も無いし、金も無いし、連絡手段も無い。完膚なきまでに何も無かった。強烈な日差しを避けるために最後まで譲らなかったカムイのトランクス以外は。どんなトランクスかと言うと、三叉路で困りきった表情の犬っころがハテナマークをいくつか浮かべているプリント絵が刻まれた、彼のお気に入りのトランクスだった。
(犬っころのトランクスだけは譲りたくない――男の子には負けると分っていても守らねばならぬモノもある……)
カムイがどうしようもない被害意識に燃えていたら、ようやくリディアからの返事が返ってきた。
「はあ……どうするもこうするもないぞ。あたしたちはここで終わり。それを受け入れるの。次第に体が言うことを聞かなくなり――意識も薄れてその場にうずくまったら最後、時間の経過と共に全身が干からびては、やがて思考も止まる。生きる化石となって砂漠の一部に引き込まれるのだぞ……『永遠』に……」
――――――朦朧としていたカムイは彼女の言葉でふと思い出した。この世界とそれに属している人間がどういうコトワリで成り立っているのかを。
「そうだったな…………リディア、君はこのデウス;エデンの人間だもんな。すなわち 死ねないし、死の概念もわからない。そうだよな?」
――つづく――
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