第5話:私を愛した怪盗 (The Thief Who Loved Me)・冬の女03

 エンフィールドは断言したのだ。自分の事は『煙り人間だよ』とはっきり言い切ったのだ。しかも、リディアに対して友好的であったため、彼女はとりあえず警戒しすぎる必要はないと判断し、彼を観察してみることにした。 


 煙り人間のエンフィールド。まるで、気流が停滞している場所で吸ったタバコの煙りのように、彼はある程度まとまって漂う煙り群というべきだった。人間だと豪語している割には普遍的に思い浮かべる人間の形を為しているわけではなかった。なのに、その煙り群からは声が発せられ、リディアとのコミュニケーションを取っていた。思考があるという点では人間と言っても差し支えないかも知れない。リディアはこれ以上の哲学的分析を強いられたくなかったので、次に気になるところを思索してみることにした。リディアにとって気になるのは彼の存在そのものだけではなかった。


 彼の『監察枢機卿』という肩書きも疑問だった。もちろん、『監察』はともかくとして、『枢機卿』ということで、彼が所属しているのは決戦教団なのだと簡単に推察出来たが、彼女の知っている限りでは決戦教団に『監察枢機卿』という役職はなかった。


「もしかしたら、あなたは秘密枢機卿や*¹イン・ペクIn pectore:心に秘めたトレ枢機卿ですか?」

「繰り返すことになるが、私は監察枢機卿エンフィールドだよ。通常の決戦教団の任務すべてから離れて、決戦教団の予算がどこに使われたのか、または組織自体の清廉さを監視するのさ。ちなみに、イン・ペクトレ枢機卿かどうかは知らないよ。それは決戦教団の最高指導者が胸の内に決めて誰にも教えないものだからね」


 『監察枢機卿』の次にはその肩書き込みで名前を教えてくれるのがどうもリディアには引っかかっていた。それもそのはず。位が高い者が自己紹介をするときには、名前だけを言うか、名前を言ってからどういった役職を与えられているのか別途説明をするか、または、自分からは名前だけを言って部下に肩書きを言わせるなど、自分から肩書き込みで名前を教えたりする無粋な作法ではなく、あくまでもフォーマルな様式に則って自己紹介をするものだった。しかし、監察枢機卿エンフィールドという男は、その無粋な作法の方を選んだ。もしくは、選ぶしかなかった。


(どうやら、彼はこんな場所でたった一人で暮らしているようね)


 リディアは彼の自己紹介のやり方を鑑みて、この極寒の地の住人はエンフィールド彼一人のみだろうと暫定的に結論づけることが出来た。彼女はその理由をで尋ねてみることにした。




 ――つづく――


*¹:in pectore cardinalは実際にキリスト教に存在するシステム。キリスト教への政治的に抵抗が予想される地域における聖職者に対して教皇が心の中でのみ任命するそうです。詳しくはWiki等をご参照ください……

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