第5話:私を愛した怪盗 (The Thief Who Loved Me)・冬の女02
カムイたちが連行されているとはつゆ知らず、リディアはこの極寒の地で3週間も過ごしていた。正確には、過ごしていたというより、遭難していたと言うべきだった。彼女にはこの地から出られる方法がなかったためである。この季節を無視する奇妙な雪国は、少数の限られた人間のみ知っている工房街ドレッドノートの隠し区域だった。もちろん、その『少数の限られた人間』のうちには、ここに住んでいる人も含まれている。
「――この私が認識できるのかね?」
それが3週間前、この雪国のたった一人の住人がリディアにかけた最初の言葉だった。その質問は別にこの閉ざされた空間にテレポートしてきたリディアの体調が優れないように見えたとか、リディアの目が悪そうに見えたとかそういう感覚でぶつけられたわけではなかった。自分がリディアの目の前にいれば当然認識されるはずなのに、あえて『自分のことが認識できるのか』という変わった質問をするのにはそれなりの理由があったのだ。
「き、霧が喋ってる……」
「霧ではない。私は監察枢機卿エンフィールド。煙り人間だよ」
監察枢機卿エンフィールドの自己紹介を聞いたリディアは細心の注意を払いつつも、つい『長生きしてみるものだな』と思ってしまった。たった20歳に過ぎない彼女にそのような感想を抱かせる程に、煙り人間とは珍妙な事この上ない存在だったので、リディアは自分の常識の範疇をまさぐり、人間とは何なのか想起してみた。元来、他者が人間を人間だと認識する最大の条件は肉体ではないか。その肉体がないのに何らかの形で存在するのだとしたら、それは人間ではなく、怪異の類いなのだと彼女は今までの人生経験でそう習ってきた。だから、この監察枢機卿エンフィールドという男を、怪異だとみなすのはリディア個人的には心地良かったのだが、エンフィールドは断言したのだ。自分の事は『煙り人間だよ』とはっきり言い切ったのだ。しかも、リディアに対して友好的であったため、彼女はとりあえず警戒しすぎる必要はないと判断した。
――つづく――
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