第5話:私を愛した怪盗 (The Thief Who Loved Me)・冬の女01

「はっは。さてな……まぁ、サル顔の嫌な奴は雑魚いじめて憂さ晴らしに来ただけかもな?」

「……ありがとう……馬鹿ムイ」


 彼女はカムイの彼らしくもない気遣いに少しドキドキしてしまい、その胸の内をバレたくなかったため、あえて最後に『馬鹿ムイ』と付け加えて言葉を終えた。そう呼ぶことで、たどたどしくなろうとしていた自分の態度をなんとか隠し通すことができると思った。


 実のことを言えは、『ヤチコ・レイゲン』なる仮名も昔、カムイに一目惚れした彼女がカムイに本名で呼ばれたら嬉し卒倒しそうだったので、苦し紛れに作った名前でしかなかった。


 しかし、彼女はもう、一目惚れという生半可な感情でカムイのことを見てはいなかった。彼と怪盗ビジネスを一緒にやっていくうちに、彼の人格に本当の意味で惹かれていたのだ。だから、数ヶ月前から胸の内に秘めていた願いを、カムイに聞いてもらうときが来たのだと、彼女は直感した。今の今まで悩んでいたのが嘘のようにこの瞬間、決心がついたのだ。その決め手となったのが、今のやりとりだった。


(あの、カム――)


 勇気を振り絞ってカムイに声をかけようとした彼女は、声を発する前に研ぎ澄まされた防御本能が働き、自分でも知らないうちにアルキュビエレ・ドライブを発動して、遠くにテレポートしてしまった。自分を狙ったのか、カムイを狙ったのか、視野の隅っこに敵の手が見えたので、頭で認識もする前に体が動いてテレポートを行っていたのだ。いきなり、表面意識が飛んでブラックアウトしたので、彼女本人ですら一瞬、訳がわからなくなっていた。もちろん、内面意識は起きているという事実を鑑みて、経験則がある彼女はすぐにテレポート中だということに気づいた。


 だから今は届かない想い、しかし、きっと伝えるはずの想いを頭の中で再生してみる他なかった。


(アタシのことはもう、リディアと呼んでもいいぞ……?)


 そこらのゴシップ好きの女子高生たちが聞けばきっと笑い転げるところだった。愛の告白ではないのかよーみたいなツッコミもおまけに浴びせられたに違いない。今のリディアにはこれが精一杯だったので、仕方がなかった。もう少し彼に近づきたい。仮名はもう要らなくなっていた。ありのままの『リディア・シルエット』を受け入れて欲しい。それが今のリディアの素直な気持ちだった。


(うーん、アルキュビエレ・ドライブ終了……っと……)


 そして、あまりスッキリと納得がいっていないまま表面意識のブラックアウトが終わったリディアは辺り一帯が白で染まっている奇妙な場所で目が覚めた。夏真っ盛りの7月なのにこの場所の白はどこまでも広がっていて、残酷なほどの寒さを体に刻んでくる。そんな中、リディアはへそ出しトップスを着ていたので、体温はどんどん下がっていくばかりだった。しかし、そんなことよりも気になるものにリディアはずっと目を奪われていた。この無慈悲なる白の世界に紛れ込んでいる何かに気づいていたのだ。




――つづく――

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