天狗の双六 弐
◇ 天狗の双六 弐 ◇
残された男と
近くの梢からぽすりと雪が落ち、その音に驚いて二人は我に返った。いつの間にか鳥がさえずり、辺りは明るく木立の上から日の光も差していた。体格のいい男がゆっくりとした動作で立ち上がった。
濡れていた手を腰で拭き、
木立が切れ山道を下った先の一本松の木陰に藁屋根の茶屋があった。あの恐ろしい木立に入る前、三人がたまたま寄った峠の茶屋とよく似ていた。茶屋の前には「団子」と書かれた
山道をヨタヨタと下りてきた男と女は茶屋に入ると、店の隅に倒れ込むように
「おやおや、旅の方。
一体どうなされたかね?」
店の奥から一人の
店の隅で身を隠すようにしている二人に、
女は熱い白湯をふぅふぅと吹いて少しずつ喉に流し込んだ。温まった胃の腑から怯えが消えていくようだった。
やっと落ち着いた二人が山道での恐ろしい出来事をポツポツと話し始めた。
「旅の方。それはお山の
「からす、てんぐ?」
「山に入る前、峠の茶屋に寄りんさらんかったかね?」
「寄りました」
「アタシたち、たまたまそこで一緒になったんです」
「今の時期のことだ。
茶屋で鳥避け祭りの話しでもされたんじゃないかね」
男は少し考えて、女と顔を見合わせた。
「ああ、しました。
茶屋で何をしに山を越えるのかと三人で話しました」
「アタシは、ご覧の通り
このお方は祭りで冷たい水をかけられる鳥に扮すると。
あとの一人は鳥と鬼を追う祭りに使う何かを求めに行くと、言っていました」
「ほうほう。なるほど。
ソレでしょうなぁ。
アノ
鳥を追うなどと聞くと、ソイツを懲らしめたくなるんですわな」
「そうなんですか。
でも、ご
三人ともそれぞれ鳥追いの
少し居ずまいを正して男が尋ねた。盆に湯呑みを乗せて、爺様はよいしょと立ち上がりながらニヤニヤとした。
「ヤツに双六を持ち掛けられましたでしょう。
お二人の
「「
二人は揃って答えた。
「ソレですわな。
「で、では?
もう一人の仲間は?
「心配なさるな。
アヤツは命を取ったりはせんですわ。
その旅人も数日したら戻されます。
ま、半年分ほどは命を削られましょうがな」
二人は彼の無事を安心すればいいのか、半年削られる命の心配をしたほうがいいのかと、顔を見合わせた。三人目の旅人の消息は気になるが、そうは言ってもお互い急ぐ身である。
深々と頭を下げて茶屋を出る二人の旅人に、お気をつけてと腰を屈めた
そのあとぐぅんと背伸びをすると、なんと
「やれやれ、
そう言って。
三日後、ひょろりとした旅人は自分の里の自分の家の自分の布団の上に急に現れ、家族をたいそう驚かせた。その時、旅人は下帯一つに風呂敷包みの大根一本、形のいい流木を抱えていたという。
「その包みは酒じゃねぇだと?
酒がねぇなら、ホントなら命を取るところだ。
でもなぁ、風呂敷の中が
顔のない大男にそう言われたと、ひょろりとした旅人は母親に話した。そのうえ、三日間双六をして過ごしたのだという。
「あの子は本当に物知らずだ。
どんな立派なものでも流木は流木。
大根一本と交換が相場だろうに。
よりにもよってあんな上等な
しかも双六をしていたと言うじゃないか。
あれはきっと賭けで負けたに違いないよ?
あんた、あんな子に商売を継がせるのかい?
ああ、わたしゃほとほと呆れたよ」
息子の言行に呆気にとられた母親は、亭主にそう言ったそうな。
◇ 天狗の双六 おしまい ◇
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