サンマがイタリア料理屋でアラビアータする話

柊 蕾

第1話 サンマがイタリア料理屋でアラビアータする話

先日友人と、とあるイタリア料理屋さんに行ってきた。


 理由は、私が来月から地元を離れ、遠い土地で暮らすことになるため、その前にご飯を食べに行かないかと友人に誘われたからである。


 そのイタリア料理屋さんは地元でも人気の店で、予約が必須と言われていた。


 しかし、その日は幸運にも、いつもより店内が空いており、10分ほどの待ち時間で入店出来ると告げられた。


ラッキー


 そう思い、私は友人の名前を予約票に書いて、談笑しながら時間を潰した。


―そして、10分が経った頃、最初の悲劇が起こった。


「お待たせいたしました。2名様でお待ちのさ、サンマ様―――?」


 瞬間、爆笑に包まれる店内。


 私達の他に2人で待っている客はいない。


 「サンマ」は明らかに私達のことを指している。


―ではなぜ?


 そう思い、予約票を見ると驚くべき事に気づいた。


「サンマと書いてあるのである」


 いや、正確には「ホンマ」とカタカナで書いてある。


 しかし、「ホンマ」の「ホ」が汚すぎて「サ」に見えるのだ。


 なぜか驚異的なほどに小さく書いてある左の点、そして、アンバランスなほどに伸びている右の点。


 どう見ても「サ」である。


―これは間違いを認めるしかない


 そう思った私は小さな声で、


「さ、サンマです……」


と顔を真っ赤にしながら手を挙げ、爆笑する友人と共に席に着いた。


 直後、店員から注文システムに関する説明があった。


「当店は、モバイルオーダー制度を採用しており、メニュー表にあるQRコードを読み取った後、ウェブ上で注文を完結させて頂きます」


 なるほど、便利な時代になったな。


 そう思った私は、ポケットからまだ買ったばかりのiPhone14を取り出し、どや顔で、


「私が注文するよ」


と言った。


 私のピカピカに磨かれたiPhoneを見ながら、うんうんと頷く友人。


 やはり、iPhoneを持っていると他の人達に格の違いを見せつけられるな。


 満足した私は、生粋のAndroidユーザーである友人に見せつけるように、ゆっくりとiPhoneの超広角レンズをかざし、メニュー表にあるQRコードを読み取った。


―そして、これが悲劇の始まりだった


「Now Loading」


 天下のiPhone様に似合わないそんな文字列を3分ほど、眺めていると、2.532×1.170の画面に、信じられない光景が広がった。


「何だコレは」


 目の前には「ペンネスなんちゃら」や「クアトロなんちゃら」と書かれた文字列が並んでいた。


 一体何語なんだ


 スパゲッティとナポリタンの違いも分からない私には、書いてある言葉が日本語かどうかすらも分からなかった。


 すると、隣で私のiPhoneを羨ましそうに眺めていたAndroidユーザーが、


「私、ペスカトーレが良い」


そう言って、私のiPhoneを指さした。


 この時、私はある確信を得た。


「これは韓国語に違いない」と


 今、隣でInstagramなどという陽キャの動物園に、店の外で撮った写真を放り込んでいる彼女は、大学時代、韓流アイドルと話してみたいという浅はかな理由で、韓国語を第二言語としていた。


 それに対し、私は上野動物園でパンダと話してみたいという理由で中国語を履修していた。


 大学時代、殆ど同じ履修科目を受講していた私と彼女だったが、そこだけは相容れず、別々の道を歩むことになった。


 つまり、彼女に出来て私に出来ないことは韓国語を読むこと、後は家事と炊事と洗濯くらいなのである。


 そうである以上、目の前のメニュー表は韓国語で表記されているに違いなかった。


「これは困った」


 私は項垂れた。


 ここまで来るのにバス代は120円、電車代に至っては、500円もかかっている。


 そうであるからには、ナポリタンのように平凡な食べ物では無く「ニンニクマシマシアブラカタメ」のような、何かこう、仏教徒が必殺技として使いそうな名前のものが食べたかった。


「う~~ん、どれも美味しそうだね」


 思ってもない感嘆詞を呟き、時間稼ぎをする私。


 隣で彼ぴに「今日の晩ご飯、何が良い?」と拙いフリック入力で打ち込んでいる色ぼけペスカトーレにオススメを聞いても良かったが、それはプライドが許さなかった。


 クソッ、私ならそのAndroidと彼ぴが、ぴぴぴっと焼き切れるほどの早さで文字を打てるのに……。


 そんなことを考えていると、1つのメニューが目に入った。


「アラビアータ」


 滅茶苦茶カッコイイ。


 最終回でラスボスに追い込まれた仏教徒を助けに来る儒教徒のような名前をしている。


 これにしよう、そう思った私は、


「他に欲しいのある?」


と合コンなら間違いなく、点数が上がるであろう気遣いの言葉を、ペスカと話をしているトーレにかけた。


「う~~ん、とりあえずいいかな」


こちらの顔も見ずに、呆けた声を出すトーレ。


 そんなトーレを見て、お前の注文、全部揚げなすにしてやろうかとも思ったが、そこは余裕を見せ、大人しく注文に移ることにした。


―しかし、ここで問題が起きた


 注文確定ボタンが反応しないのである


 座席に置いてある「モバイルオーダー 使用方法」というマニュアルには「メニューを決め、注文確定ボタンを押してください。その後、終了画面に移ります」と書かれていた。


 しかし、2回注文確定ボタンを押したが、終了画面に切り変わらない。


 バカな……。


 店頭で爽やか男子が勧めてくれた私の高性能イケメンiPhoneが不具合を起こすはずが無い。


 であれば、何者かの妨害を受けているのか?


 もしかしたら、こうやってパスタ注文を妨害することが最近、陰謀論者の間で話題になっているシンギュラリティというやつなのかもしれない……。


 私は、ハメられたわけか。


 そんなことを考えていると、隣から、


「どうしたの?」


と劣化iPhoneを握った友人が話しかけてきた。


「あ、うん。何か反応しなくて」


「どれどれ、見せて」


そう言って、私のiPhoneを弄り始める友人。


 すると、彼女の口から飛んでもない言葉が飛び出した。


「あれ、これ変なWi-Fi拾ってない?」


「え?」


 画面を見るとそこには「Free Wi-Fi」と書かれた全く電波の入っていないWi-Fiがあった。


 何のためらいもなく、Wi-Fiを切る友人。


そして、


「これで、どう?」


とiPhoneを手渡してきた。


 試しに決定ボタンを押してみると、「ご注文が完了しました」という画面に切り替わった。


 ば、バカな……


 私の愛しのiPhoneが何処の馬の骨とも分からないWi-Fiに寝取られてしまったこともショックだが、何より、この状況を一発で打破出来る彼女の能力に驚いた。


 韓国語履修の力は、これ程までに強力なのか……。


 来世では絶対に韓国語を履修しようと思っていると、


「お待たせしましたー」


と店員がパスタ、そしてサービスで付いてくるお茶を運んできた。


 は、早い……


 まるで思考盗聴でもされているのかと思うほどだった。


 合計4つのパスタをこうも早く裁けるなんて、天才だ……。


 ……ん?


 4つ??


 私は目を疑った。


 何と、目の前には4つのパスタが並んでいるのである。


 慌てて注文履歴を確認する。


 すると、終了画面が出ていなかっただけで、注文は確定していたではないか!!


「あばばばばば」


 頭が真っ白になってしまい、そんな声を上げる私。


 そんな私を見て、友人は大爆笑していた。


 しかし、注文してしまったものは仕方ない。


 最近流行のSDGs(最近までswitchの後継機だと思っていた)のためにも、この4つの島を食さなければ。


 そう決意し、アラビアータを口にする。


「かっらっっっっっっ!」


 アラビアータを口に含んだ瞬間、信じられない辛さが私を襲った。


 かつてデスソースを舐めたことがあったが、それに匹敵する辛さである。


 ヒリヒリと激痛が走る舌を慰めるため、慌てて、お茶を口にする。


「まっずっっっっっっ!」


 思わず、吹き出してしまった。


 何だこの、消毒液と冷えピタを混ぜたような摩訶不思議な味は。


 テーブルを見ると、「一品ご注文で、人気のオリジナルブレンドテーをサービス」と書いてある。


 これが人気だと……


 周りを見渡すと、確かに皆、オリジナルブレンドティーを嬉しそうに飲んでいる。


 実際に、友人も、


「何これ美味しい~~」


と隣でアホ面を晒している。


 もしかして、さっきの辛さで舌がイカレタのか?


 だとしたらチャンスだ。


 このスキにアラビアータを完食しよう。


 ピンチを逆手に取った天才的な発想に関心しながら再びアラビアータを口にする。


「かっらっっっっっっ!」


 ……やっぱりダメだったよ


そう思い、がっかりしていると、


「お待たせしました~~」


と無慈悲にも2つのパスタが運ばれて来た。


「あ、注文取り消すの忘れてた」


 絶望に浸る私を、友人はやっぱり爆笑しながら眺めていた。


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