第35話 お金……、貸して下さい
「はぁ、大変でしたね……。うえっ……」
両手に荷物を抱えながら、ため息を付く私と、
「全くよ。 あの豚、本当にどうかしてるわ……。うぅっ……」
珍しく怒りを露わにしているユキさん。
あの後、急いで店の外に出た私達だったが、脳裏にハルキの気色悪い笑みが焼き付いてしまってたせいで、今だに吐き気が止まらなかった。
そして、それはユキさんも同じのようで、
「ひ、ヒカリさん……、申し訳ないのだけど、少しだけ休ませてくれないかしら?」
とふらふらになりながら、壁に寄りかかっていた。
「ゆ、ユキさん……。 そうですね、どこかで一休みしましょう……。 あ! あそことかどうですか?」
そう言って、私は目の前にある店を指さした。
「カフェ&レストラン……ね。 丁度良いわ。 ついでに昼食も済ませちゃいましょう」
「ですね。 私、もうお腹ペコペコです」
「決まりね、早速入りましょう」
おぼつかない足取りで、店へと向かうユキさん。
私は、その後ろ姿をよろめきながら、追いかけた。
そして、息絶え絶えになりながら、入店を果たした私達だったが、店に入ってすぐ、ある違和感に気づいた。
「何このお店……、酒臭ぁぁああああ!」
カフェ&レストランという名前に似合わないほどの悪臭が店を満たしている。
「な、何なのこの臭い……」
さすがのユキさんも、この強烈な悪臭には耐えらなかったようで、必死に鼻を押さえていた。
「……ヒカリさん、私、限界だわ。 ちょっと失礼……、おえっ……」
そう言って、店を飛び出したユキさん。
「あ、ちょっと待って下さい! 私も……」
「もう、ギルドの仕事なんてやってられるかぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「……え?」
ユキさんに続いて、店を後にしようとした私だったが、見知った声を聞き、その場で足を止めた。
このどこか幼さが残る可愛らしい声……、まさか……。
そう思い、店の中を見渡すと、一際人が集まっている一角があった。
人をかき分け、恐る恐る中に入り込むと、そこには……、
「な、何やってるんですか! レイカさん!!」
テーブルを埋め尽くすほどの空き瓶に囲まれながら浴びるように酒を飲んでいるレイカさんがいた。
「あー、ヒカリだぁ……、うわぁ、三人もいるぅ……ははははは」
酔っ払っているのか、完全におかしくなっているレイカさん。
しかも、今のレイカさんは、
「うっ……、くっさぁぁ……」
頭が痛くなってくるほど、酒臭かった。
さて、この子をどうしたものか……。
放置は……、可愛そうだし……。
かといって、今の状況のまま再び迷子センターに預けるわけにも行かない……。
「う~~ん」
腕を組みながら、項垂れていると、誰かに、ツンツンと肩を叩かれた。
「はい?」
誰だろう?
そう思い、振り返ると店の店員らしき人物が、
「あのー、お客様。 こちらの方のお知り合いでしょうか?」
と尋ねてきた。
「あ、はい。 そうですけど?」
「そうですか……。では、こちらを……」
そう言って、店員が一枚の紙を渡してくる。
そこには、
「お会計伝票……。 ちょ、ちょっと待って下さい! こんな額、払えませんよ!!」
お会計という文字と共に、見たこともない数字が並んでいた。
「払えない……と言われましても……、それくらい飲まれているので……」
俯きながら答える店員。
「ちょ、れ、レイカさん!! どんだけ飲んだんですか! っていうかお金! ちゃんと持ってるんですか?!」
その様子を見て、慌ててレイカさんに詰め寄る私。
すると、レイカさんは、
「はい」
と私に財布を手渡してきた。
「な、なんだ……、財布あるんじゃ……。って中身入ってないじゃないですかぁぁぁぁぁぁぁぁ」
レイカさんの財布には、ぐちゃぐちゃになったレシートが数枚入っているだけだった。
まずい、まずい、まずい……。
私だって、お金は持ってきてるけど、こんな額、払えない。
「お、お客様……?」
心配そうに私を見つめる店員。
その顔は不信感に満ちており、今にも自警団の人達を呼びそうな勢いだった。
「は、ははは……、ちょっと待って下さいね……」
店員にそう告げると、私は入り口までダッシュし、大声で、
「ユキさーーーーーーん!!」
と叫んだ。
すると、数秒後、
「もう、どうしたの? そんなに慌てて」
お手洗いに行っていたのか、ハンカチで手を拭いているユキさんが現れた。
「ゆ、ユキさん! ちょっと!!」
ユキさんを手招きする私。
すると、ユキさんは、
「どうしたのかしら?」
首をかしげながらこちらに近づいてきた。
そして、ユキさんが、手の届く位置まで近づいた瞬間、
「緊急事態です。 付いてきてください」
と言って、ユキさんの腕をパシッと掴み、店の中に連れ込んだ。
「え? いきなり何よ?! 痛っ、痛いわ!! ちょっと離しなさい!!」
私の腕を振り払うユキさん。
そして、
「ヒカリさん、いきなりどうしたのよ?!」
ユキさんは、困惑の表情を浮かべた。
私は、ユキさんのリアクションを受け、店の一角を指さし、
「アレです……」
とだけ答えた。
「アレ……? ってレイカさん?! あなた、こんな昼間っから、何をやっているの?」
酒に溺れているレイカさんを見て、驚愕しているユキさん。
そんなユキさんに私は、
「ユキさん、すみません。 あれを引き取るために、お金……、貸して下さい」
と深々と頭を下げた。
「……は? どういうことよ?」
「……これを見て下さい」
そう言って、私は伝票を見せ、ユキさんにお金が足りない旨を伝えた。
するとユキさんは、
「……良いわよ。 お金なら出してあげる」
直ぐに了承してくれた。
「ほ、ホントですか?!」
「えぇ……。 ただし、条件があるわ」
「え……、条件ですか?」
何だろう、嫌な予感がする。
「ふふ、そうよ。 あなた、これを着てもう一度、頼み込みなさい」
そう言って、ユキさんが袋に入った何かを手渡してきた。
「何ですか……、コレ」
嫌な予感がしながら、ビクビクと袋を開けると、
「え? これ、私の訓練校時代の制服じゃないですか?! どこから持ってきたんですか!! っていうか、着ませんよ! 絶対嫌です!!」
中身は、私が訓練校時代着ていた制服だった。
しかも、スカートの丈が驚くほど短くなっている。
「あら、着てくれないの? 残念だわ。 じゃあ、あなたとはここでお別れね」
伝票をピラピラと動かし、こちらをチラ見するユキさん。
そんなユキさんに向かって私は、
「分かりました!! 着ればいいんでしょ! 着れば!!」
と言い残し、店に備え付けてあるトイレへと向かった。
そして、数分後、着替えを済ました私は、
「こ、これで良いんですか……」
スカートを押さえながら、ユキさんの前に姿を現した。
「ふふ、良い感じよ。 それじゃ、袋に入れてたメモ通りに頼み込んで見ましょうか?」
「わ、分かりました……。 スゥー」
緊張をほぐすため、思いっ切り深呼吸する。
そして、
「ゆ、ユキせんぱぁい、わ、わたしぃ、お金もってないのでぇ、か、かしてほしいなぁ……、おねがぁい」
と口元に手を当てながら、死ぬほど恥ずかしいセリフを言い放った。
「ぶふっ……、クスクス」
吹き出すユキさんと、
「ザワ……、ザワ……」
慌ただしくなる店内。
そんな状況を受け、私は、
「ああああああああああああああああああああああああ」
羞恥心のあまり、発狂しながら、床に頭を叩きつけた。
そして、そんな様子をレイカさんは、
「あははははははは」
と呑気に笑って見ていた。
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お知らせ
引越し作業とそれに伴う長距離移動のため、投稿とコメント返信を少しの間おやすみさせて頂きました。
本日より、投稿並びにコメント返信を再開致します。
おまたせしてしまい、大変申し訳ございませんでした。
引き続き、応変をよろしくお願いいたします。
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