第31話 喋ったぁぁぁぁああああ!

「さてと、まずはここね」


「え? ここって……? 嘘ですよね……?」


「……? 何かおかしいなところでもあるかしら?」


不思議そうに首をかしげるユキさん。


「い、いや! おかしいでしょ!! だってここ、スラム街じゃないですか!」


ユキさんが、最初に私達を連れてきたのは、ギルドが危険地帯に指定している、町の外れにあるスラム街だった。


「えぇ、そうよ。 この奥に行きつけのお店があるの。 さ、行きましょ」


そう言い残し、躊躇なく暗い路地裏へと足を進めるユキさん。


「ちょ、ちょっと待って下さい!」


私は、そんなユキさんの腕をガシッと掴んだ。


「はぁ、一体どうしたというのよ」


不満そうに口を尖らせるユキさん。


「だ、だって、怖いじゃないですか……。置いていかないで下さいよ……」


「怖いって、あなた……。 普段、ここの住人より怖い人達と付き合ってるでしょ」


そう言って、私の後ろにいるハルキにチラッと視線を送るユキさん。


「ん? どうかしました?」


ハルキは呑気な顔で、こちらの様子を窺っている。


「そ、それはそうですけどぉ……。 怖さのベクトルが違うじゃ無いですか……」


「……私には理解出来ないわ。 でも、まぁ安心なさい。 ここにいる住民は私の顔なじみですから」


「え? どういう……」


「さ、行きますわよー」


「ちょ……! 置いていかないで下さい!!」


私の言葉を遮るように、突然スラム街を歩き始めたユキさん。

私は、その後を、コソコソとついていった。

そして、歩くこと数分、


「付いたわ! ここよ!!」


スラム街の外れにある古びた工房にたどり着いた。


「ここ……、入って大丈夫なんですか?!」


工房の外装はお世辞にも、綺麗とは言えず、あちこち穴が空いており、どちらかと言えば廃墟に近かった。


「えぇ、問題ないわ。 さぁ! 行きましょう!!


そんな声をあげながら、工房のドアを蹴り飛ばすユキさん。

すると、中から、


「……」


「ひっ!」


額に刀で付けられたような痛々しい傷跡がある強面の男性が出てきた。


「……」


黙って、私とユキさんを凝視している男。


「ゆ、ゆゆゆユキさん! どどどどうするんですか!」


「はぁ、落ち着きなさいな。この犬、見た目はアレだけど、意外と良い子なのよ」


「え? い……ぬ?」


「えぇ、そうよ。 ご主人様に挨拶は? 筋肉!」


「ワン! ご主人様!! あえて嬉しいワン!」


えぇ……。

何それ……。

ユキさんの人脈ってどうなってるの?

ん?

っていうか今……、


「え!? しゃ、喋ったぁぁぁぁああああ! 語尾きもぉぉおおおお!!」 


「……? ヒカリさん? 何を言っているの? 喋るに決まってるでしょ?!」


「そ、そうですよね……、えぇ?? でも? あれ??」


ユキさんの犬は全員、ワンとしか鳴かないと思っていた。

でも、冷静に考えれば、黒服の人達も人間なわけで……。

喋ろうと思えば喋れるのかな?

じゃあなんでワンとしか鳴かないんだろ?

……ダメだ私の頭では理解出来ない。

目の前で起きた、怪奇現象に思考がまとまらず、項垂れていると、


「相変わらず面白い方ね。 それより、筋肉。 例のモノは準備出来てるの?」


「もちろんだワン! ただいまお持ちするワン!」


そう言って、薄暗い工房の奥へと走って行く強面の男。

そして、


「おい、お前ら、何ボケッっと突っ立つってんだ! 早く、ご主人様の下に例の物を運べゴラァ!!」


という怒号が聞こえた後、大きな檻が運ばれてきた。


「で、でかぁぁぁぁぁぁぁぁ、どうやって持って帰るんですか! これぇぇぇぇ」


運ばれてきた檻は、人が30人は入るくらいの大きさはある。


「犬達に運ばせるわ。 こんなもの持って、歩きたくはないもの」


そう言って、パンパンッと両手を叩くユキさん。

すると、店の外で待機していた黒服達が壁を壊しながら、中になだれ込み、


「ワン! ワン!」


と嬉しそうな声をあげながら、檻を背中に乗せ、四つん這いで外に出て行った。


「さて、最初のお買い物完了ね。 次は……」


「ご、ご主人様……。頑張ったご褒美欲しいワン」


メモを確認しているユキさんを、悲しそうな目で見つめる強面の男。

そんな男にユキさんは、


「はぁ、仕方ないわね……」


と呟き、


「今日は加減しませんわよ!!」


嬉しそうな顔でそう言い、鞭を入れ始めた。


「ワン! ワン! ワン!」


なぜか気持ちよさそうに鞭に打たれている男と、


「いいなぁ……」


後ろでソワソワしている、さっき檻を運んできた男達。

そんな光景を見て私は、


「うわぁ……」


これ以上ないくらい、ドン引きしていた。

……ここでは何も見なかったことにしよう。

そう思い、黒服達が壁に開けた穴から、外に出ると……、


「何だ! この化け物は!! 死ね! 死ね! 死ね!!」


「や、止めてくださ! ヒッ 人間! 僕人間ですから~!!」


スラムの男達に囲まれ、四方八方から攻撃を受けているスク水ハルキと、


「な……、なんだこいつ……。 何が目的なんだ! なぜ動かない!!」


「……」


白目を剥きながら、スラムの男達とにらみ合っているボブ。

そして、


「うん、うん、嬢ちゃんも大変なんだなぁ」


「うぅ……、本当に大変だよ……、もう毎日、毎日しんどくて。 嫌になっちゃうよ……。グスッ……」


「分かる、分かるぞ! その気持ち!! ホラ、もっと飲め飲め、今日は飲んで忘れよう!!」


スラムの人達と酒を飲み交わしているレイカさんがいた。


「な、なんですかこれぇぇぇぇ!!」


思わず、叫んでしまう私。

そんな私の後ろで、ユキさんは、男に鞭を打ちながら、


「おほほほほほ、楽しいですわぁ~」


と笑い声をあげていた。

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