第30話 今日は一人です!

「おほほ、良い天気ね」


「そ、そうですね……」


「あら、ヒカリさん。浮かない顔ね。どうしたのかしら?」


「どうもこうもないでしょ……。なんで私まで。はぁ……」


変態達と離れられる貴重な休日だったのに……。

しかも、次の休日は10日後……。

今日が終わるとまた、地獄のような日々が始まる。

そう考えると自然とため息が出てきた。


「もう諦めましょう、ヒカリさん」


下を向きながら、ぼそりとそう呟くハルキ。


「……」


私は、そんなハルキにそっぽを向いた。


「え、ちょ、なんで僕のこと無視するんですか?!」


「あ、すみません……。今のハルキさんは、その……。同じ人間に見えなくて」


「なっ、ひ、ヒカリさん? 僕がムーンラビット連れてきたこと、そんなに怒ってるんですか?!」


「まぁ、それもありますけど……。一番はその格好ですね……。いくら私でも、冬空の下でスク水姿になってる変態を人間としては見れないです……」


そう、今ハルキはスク水姿になっていた。

しかも、胸に「ハルキ」という名札が貼り付けられているパツパツのどぎつい水着だった。


「し、仕方ないじゃないですか! ユキ嬢に無理矢理着させられたんですから!! それに、水着ならボブさんも着てるじゃないですか! なんで僕だけ!!」


「ボブさんは……、その、あれもあれでキツいですけど、まだ視界には入れられるので……」


そう言ってチラッとを横を向き、


「~♪ ~♪」


呑気にフンフンと鼻歌を歌っているビキニのボブを見る。


「うっ……」


少し不快感はあったが、まだ許容範囲だ。

だけど……、


「今、『うっ』て言いましたよね! 拒否感示しましたよね!」


隣でピーピー鳴いている人間モドキは完全に私のキャパを超えていた。


「は、ハルキさん、私に近づかないで……、うぇ……」


「え、えずくほどですか!」


私に受け入れられなかったのがよっぽどショックだったのか、必死に私に突っかかるハルキとそんな下らない会話をしていると、


「ちょっとお二人さん! 静かに」


ユキさんが急に立ち止まり、そんな言葉をかけてきた。

そして、


「ヒカリさん、ちょっと」


と言って、私を手招きした。


「はい?」


「あ、それなら僕も……」


「あなたに用はないわ。そこで腹筋でもしてなさい、異常性癖豚野郎」


「ガハッ」


マツザカと違って、耐性がないのか、その場で崩れ落ちるハルキ。


「あ、あのー、私に何かようですか?」


私はそんなハルキを無視して、ユキさんに恐る恐る要件を問いただした。


「こっちよ、なるべく音を立てずに来てちょうだい」


そう言って、ひそひそと少し先にあった店の看板の裏に隠れ、何かを見つめるユキさん。

……何だろう?

ユキさんの後まで移動し、視線の先を覗き込むと、そこには、


「はぁ……、あいつら全員、クエスト中に行方不明にならないかなぁ……」


ベンチに座り、死んだ魚のような目で空を見上げているレイカさんがいた。

しかも、とんでもないことを呟いている。


「れ、レイカさん?! 何でここに……、今日ってギルドの緊急会議の日じゃ……」


ギルドが緊急会議を主催する場合、ギルド職員は原則として、全員勤務になるハズ……。

レイカさんに一体何が……。


「ふふ、気になるわよね。あなた、あの子に何をやっているのか聞いてくださらない?」


「え? わ、私ですか? いいですけど……、ユキさんは聞きに行かなくていいんですか?」


「えぇ、だって私、あの子から距離を置かれちゃっているもの。あなたはあの子と仲良しみたいだし、二人きりの方が話しすいんじゃなくて?」


「ま、まぁ、そうですね……」


クスリと笑いながら、珍しくまともなことを言うユキさん。

言ってることは正しいんだけど……。

なぜだろう、どこか違和感がある。

そう思い、この違和感が何か考え込んでいると、


「グダグダしてないで、さっさと行ってきなさい」


「い、いったぁぁああああ!」


ユキさんに背中をバチーンと叩かれた。

その勢いで、看板からはみ出してしまう私。

普段のレイカさんなら「こんなところで何をやってるんだ、また他人に迷惑をかけてるんじゃないだろうな?」と小言を言ってくるのだが、


「……はぁ」


今のユキさんは、私の存在に気づくことなく、ボーっと空を眺めていた。

ホントにどうしちゃたんだろう……。

私は、急いでレイカさんの下に駆け寄り、


「レ、レイカさん。こんな所で何やってるんですか?」


と問いかけた。

すると、レイカさんは、私を見て、


「ひ、ヒカリ……、お、おま、なんでここに……、うっ」


わなわなと震えながら胃を押さえ始めた。


「え? え? どうしたんですか? 大丈夫ですか??」


「だ、大丈夫じゃない……。お前がいるってことは、いるのか……、あいつらが……」


半泣きになりながら、声を震わせているレイカさん。


「え、あー、そのー……」


そんな限界寸前のレイカさんに「皆一緒にお出かけ中です!」なんて声をかけるわけにもいかず……、


「今日は一人です!」


親指をグッとあげ、曇りのない笑顔で嘘を付いた。


「そ、そうか! そうだよな! たまには一人になりたい時があるよな!!」


嬉しそうに私の手を握るレイカさん。


「あ、あはは、そうですね……。レイカさんはお仕事を抜け出して来たんですか?」


「いや、今は休職中だ。私も良く覚えてないんだが、休憩室で発狂しながら、マツザカ達の名前を口走ってたみたいでな……。気づいたら病院だったよ」


「え、えぇ……」


マツザカ達に問題があるとはいえ、なぜか私まで申し訳ない気持ちになった。

ここはレイカさんの邪魔にならないよう、そっと消えよう。

そう考えていた矢先、


「聞かせてもらいましたわ~~!」


ユキさんが凄まじい勢いで、私達の間に割って入ってきた。


「ゆ、ユキお嬢……さ……ま? な、なんで……」


絶望に染まった顔で、ユキさんを眺めるレイカさん。


「おほほ、皆で一緒にお買い物に行く途中で、あなたを見かけたから、隠れて観察していたのよ。それにしても、良かったわ。お暇みたいで。あなたも一緒にお買い物に行きましょう」


「ひ、ヒカリ……? お前、さっき一人って……。ま、まさか……。二人で私をハメたんだなぁぁぁぁぁぁあああああ!!」


「え、いや? ちがっ」


「ほほほ、ヒカリさんったらノリノリだったんですよ。『レイカさんも一緒に来てくれたらたのしいですねー』なんて言って」


「ちょぉぉおお、そんなこと言ってないでしょぉぉおおおお!!」


「あ、あはは……、そうか……、ヒカリ……、お前も変わったな……」


そう呟きながら俯くレイカさん。

すると、少しの沈黙の後、


「ああああああああああああ」


叫び声をあげながら、ベンチをかじり始めた。


「れ、レイカさん! それ汚いです!! 歯が欠けます! ああ、だからといって舐ないで下さい!! ちょ、飲み込んじゃ、木片飲み込んじゃだめです!! ぺッして下さい!」


慌ててレイカさんを取り押さえる私。

そんな私達に目もくれることなく、ユキさんは、


「さ、その子を連れて早く目的地に行きましょう」


と言い、その場を後にした。

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