第29話 ……あそこに、いるんですか?
「何を驚いているの?」
メモを確認して、驚愕している私をキョトンと見つめるユキさん。
「い、いやいやいや、どう考えてもおかしいじゃ無いですか! 前半の水とか食料、生活雑貨は分かりますけど、後半のコレ!」
そう言って、私はメモの後半部分を指さした。
「『鎖・檻・生肉・トング・麻酔』、どこかおかしいところでも?」
不思議そうに首をかしげるユキさん。
「おかしい所しかないですよ! 何ですかこれ!! 猛獣でも飼うんですか!?」
「……あなた、もしかして聞いていないの?」
「な、何をですか」
真剣な顔で私を見つめるユキさん。
……あ、これヤバいヤツかも。
私の脳内で危険信号が点滅し続ける。
そして、案の上、ユキさんの口から衝撃の言葉が発せられた。
「この間、クエストで捕まえてきたムーンラビットがいるでしょ。あれ、一匹ここで飼うそうよ」
「……は?」
聞き間違いかな?
今、ムーンラビットを飼うって……。
「……飼う? 何をですか? 何で??」
口角がピクピクと動かし、苦笑いを浮かべながら、そう呟いた。
そんな私を見て、ユキさんは、
「はぁ、もう聞いてなかったの?」
と呆れた顔をし、話を続けた。
「ムーンラビットを飼うと言ったのよ。今天井に張り付いてる豚が、毎日ギルドに譲ってくれと懇願していたみたいでね。苦難の果てに一匹だけ譲ってもらったそうよ」
「は、はぁ……」
ユキさんの説明はよく分からなかったが、ハルキさんが本当にヤバい人だということは理解した。
生け捕りにした魔物を譲ってもらうなんて前代未聞でしょ……。
……ん?
譲って「もらった?」
「ま、待って下さい! 譲って『もらった』ってどういうことですか!?」
「そのままの意味よ。今は大人しくしてるみたいだけど……」
クスッと含み笑いを浮かべるユキさん。
「ど、どこにいるんですか……」
ユキさんの両肩をバシッと掴み、顔を近づけながら詰め寄った。
同時に、クエスト中、ムーンラビットに追いかけ回された記憶がフラッシュバックし、全身から変な汗が噴き出し始めた。
「ひ、ヒカリさん? こ、怖いわ……」
私を見て、ドン引きしてるユキさん。
「いいから、早く教えて下さい」
そんな様子などお構いなしに、私はユキさんをジッと見続けた。
すると、
「……あそこよ」
ユキさんは部屋の一角を指さした。
その先には……
「マツザカ 愛の巣」と相変わらず気色の悪い標識が掲げられているドアがあった。
「……あそこに、いるんですか?」
「えぇ、夜行性だから今は大人しくしているけど、昨晩は大変だったのよ。厄介なものね、変異個体というやつは。人に懐くどころか、常に殺意むき出しだもの」
「え、えぇ……。つまり、私はこれから殺意ましましのムーンラビットがいる職場で働くってことですか?」
「えぇ、そうよ! 斬新で面白いわよね!」
年相応の子供っぽい笑顔で笑うユキさん。
対象に私は、
「は、ははは……」
自分でも分かるくらい、気持ちの悪い苦笑いを浮かべていた。
「ふふ、とても嫌そうな顔ね。でも安心しなさいな。あなたのようなへっぽこに手を出さないよう、きちんと躾けるつもりですから。そのためにも、躾用具はしっかりとしたものを買わなくちゃよね!」
「そ、そうですね……」
絶望に浸る私を背に、目をきらきらと輝かせているユキさん。
きっとマツザカ以外に、全力で虐められる標的が出来て嬉しいんだろうな……。
そんなことを考えていると、
「さ、行きますわよ!」
細腕に似合わないくらい強い力で腕を引っ張られた。
「ちょ、ま、待って下さい!」
「他に何かあるのかしら? 私は早くお買い物に行きたくて仕方ないのですけど」
「そ、その気持ちは分かりましたけど、あの二人はどうするんですか!?」
そう言って、私は天井のハルキと外にいるボブを指さした。
「あぁ、その二人なら私の犬達が着替えをさせた後、連れてくるわ。天井の豚は、ムーンラビットに殴られて、服が血まみれ、外の彼は鳥の糞まみれになっているもの。その格好で出かけても、お店の方の迷惑になるわ」
「ま、まぁ……。それはそうですね……」
意外。
この人、常識あったんだ。
「……あなた、失礼なこと考えてないかしら?」
「や、やだなぁ、何のことですか? って、いた、痛いです!」
考えが顔に出てしまっていたのか、私の腕を凄まじい握力で握り潰そうとしてくるユキさん。
「ヒカリさん、次は無いから覚悟しなさい。さ、行きますわよ」
「いたっ、ご、ごめっ、あ、謝るから許してくださいーー!」
そんなユキさんに連れられ、私はドタバタとギルドを後にした。
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