第14話 頭おかしくなりそう……

「うぅ……、こ、ここは……」


目を覚ますとそこには、見慣れない高そうなシャンデリアがあった。


「え……? ちょ、本当にどこ?」


慌てて体を起こし辺りを見回すと、高級そうな家具や清潔感のある赤いカーペットが視界に入った。

少なくとも、私がいつも住んでいる部屋じゃない……。


「もしかして、夢でも見てるのかなぁ……」


そう思い、もう1度横になろうとしたところで、誰かがコンコンッと部屋のドアを叩いた。


「は、はい!」


自分の部屋ではないのだが、いつもの癖で反射的に返事をしてしまった私。

すると、


「あら、お目覚めだったんですね。タイミングばっちし、でしたね」


銀髪の髪をたなびかせた美少女がゆっくりと部屋に入ってきた。


「ご機嫌いかがですか、ヒカリさん」


「ユキさん! とりあえずは大丈夫そうです」


「そう、それなら良かったですわ」


ユキさんはそう言って、私に柔らかい笑顔を見せた。

可愛いなぁ……。

同性をも魅了するほどの美しい笑顔に、心を奪われそうになったが、何とか踏ん張り、今、一番聞きたい疑問を投げかけた。


「あの、すみません。ここってもしかして、ユキさんの家? ですか?」


「ふふ、まぁ、そのようなものですわ。ヒカリさんは一昨日の出来事は覚えていらっしゃらなくて?」


「すみません、全然記憶になくて……。クエストが終わった後に、疲れて眠ってしまったのは覚えてるんですけど……」


あの後、生ゴミを発酵させたような強烈な匂いに包まれていた気がするのだが、あれは何だったんだろうか?

ダメだ……、記憶が曖昧になってる。

そう思い、項垂れていると、


「なるほど、でしたら、直接本人から聞くのがよろしいですわね」


ユキさんはそう言い、手をパンパンと叩いた。

すると、


「ふごー、ふごー、ふごーっ」


「うわぁ……」


パンツ一丁で首輪を付け、おまけに口輪までしているマツザカが、四つん這いで部屋に入ってきた。

そして、マツザカはユキさんの前まで来ると、あなたに服従しますと言わんばかりの見事な鎮座を披露した。


「クスッ、相変わらず無駄の多い動きですわね。見ていて反吐が出そうになりましたわ」


そんなマツザカを見て、何かのスイッチが入ったのか、豹変したユキさんが、


「駄犬。ヒカリさんが一昨日のことを聞きたがっているようですので、教えて差し上げなさい」


そう言い、マツザカの口輪を外した。


「は、はぃぃぃいい。喜んでぇぇぇぇええええ」


よだれをダラダラと垂らしながら、興奮した様子でそう答えるマツザカ。

今のマツザカは、気持ち悪いでは表現できない、想像を絶する気色の悪さだった。


「あ、あのマツザカさん……、大丈夫……」


「ははは、なぁに、問題ない。これくらい日常茶飯事だ」


「は、はぁ……」


「おい、駄犬。私がいつ無駄口を叩いて良いと言ったの。次に不要な言葉を口にすれば、ただじゃ済みませんわよ」


そう言って、ユキさんは部屋の隅にかけてあった棒を持ち、マツザカの体をビシビシと叩き始めた。


「あひぃん、ら、らめぇぇぇぇええええ」


ユキさんに叩かれ、歓喜するマツザカ。


「はぁ……、マツザカさん。これ以上あなたの醜態は見たくないので、ちゃっちゃと話して下さい」


「全くよ。犬の分際で人間様の貴重な時間を奪うだなんて。信じられないですわ」


「ははぃぃぃいいいい、それでは、まずわああああん! ヒカリさんが眠ってしまった後のことからアアアアい゙い゙い゙い゙い゙、お話しまあ゙あ゙あ゙あ゙すうううう」


そう言って、体中を棒で叩かれながら、私がここに来るまでの経緯を話し始めるマツザカ。


「はぁ……」


そんなマツザカを見て、私は思わず、ため息を漏らした。


「……つまりあの後、眠ってしまった私を、マツザカさんが背負って、ここまで連れてきたんですか?」


「あああん、そ、そうだとも」


何故か、私に経緯を喋り終わった後も、叩き続けられているマツザカ。

面倒くさいから突っ込まないでおこう……。


「そうだったんですね……、ありがとうございます」


「はっはっはっ……、アアアアん! お礼ならハルキ君に言ってくれ。彼がクエストの後処理を全部引き受けてくれたおかげで……、おおん! 直ぐに君を連れてくることが出来たんだから……おおう!」


「そうですね……、ハルキさんにもお礼を言っておきます」


全くこの人達は……。

でも、良かった。

弱った女性を襲うような最低な人達じゃなくて。

これで変人じゃなきゃ良かったのに……。


「ふふ、ビックリしましたわよ。珍しく早朝に客人がいらっしゃったと思ったら、この犬が『至急この子を見てくれ。もしかしたらケガをしているかも知れない』なんて、何時になく慌てた様子であなたを背負っていたんですもの」


マツザカをビシビシとシバいているユキさんが、こちらを向き微笑む。


「マツザカさん……、心配してくれたんですね」


「ああん! 当たり前だ。ヒカリさんに何かあったら大変だからね。だってヒカリさんが居なくなったら……」


「居なくなったら……?」


ユキさんに叩かれながら、マツザカが大きく息を吸う。

そして、


「明日から、誰に虐められれば良いんだ~~~」


大きな声でそう言った。


「は、はぁ」


マツザカの言葉にそんな間抜けな返事を返す私。

すると、ユキさんが突然、マツザカを叩く手を止め、


「おい、駄犬。私のことを忘れていて?」


怒りを露わにしながら、低い声でそう言った。


「ははは、忘れてなんかいないさ。ただ、ユキ嬢とはいつも会えな……ブフゥッ……」


ユキさんに何かを言いかけたマツザカだったが、その言葉の途中で顔面にタンスを投げつけられ、壁まで吹き飛んだ。


「今の発言、万死に値するわ」


そう言って、タンスでボコスカとマツザカを殴り付けるユキさん。


「ゆ、ユキさん、流石にやりすぎですって! っていうか、なんでそんなもの持てるんですかぁぁ」


「あははは、私を舐めないでちょうだい。それにこいつなら大丈夫よ。どうせ直ぐに魔法で回復するもの。そうでしょ、犬!」


「わ、わんんんんん!」


元気に返事をするマツザカ。

何というか、今のマツザカはとても幸せそうだった。


「はぁ、ここにいると私までおかしくなってきそう」


「あら、ヒカリさん。何処かに行かれるのかしら?」


この場から離れようと、ドアに手をかけたタイミングでユキさんが話しかけてきた。


「えぇ、ちょっと外の空気を吸いに」


「そう。でしたら、部屋の入り口に置いてある乗り物にお乗りなさいな。私の家は広いですからね。あなたも、無駄な体力は使いたくないでしょ?」


「そんなものがあるんですね。すみません、使わせて頂きます」


「えぇ遠慮無く。私もこの犬を分からせた後に向かいますわ。家の中をご案内いたしますね」


そう言って、マツザカをタンスでボコボコにするマツザカ。

殴られているマツザカは嬉しそうに、


「わぉぉぉぉん」


と遠吠えをあげている。


「はぁ……」


そんな光景を見て、私は再びため息をつき、部屋を後にした。

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