第10話 ペロペロしたいんです!

「ふむ、クエストで指定されている場所はここのようだね」


「はぁ……、はぁ……、つ、ついにムーンラビットが、僕の……、僕の目の前に」


「……は、ハルキさん?」


マツザカの言葉を受け、豹変したハルキと共に真夜中の山中を歩くこと30分、遂にクエストで指定された場所まで辿りついた。


「さて、ここからムーンラビットを探し回らなきゃならないわけだが、ヒカリさん、例のものは持ってきたかい?」


「あ、はい」


そう言って、鞄の中から捕獲用の網を取り出す。

今回の目標は、ムーンラビットの生け捕り。

普段、滅多に人前に姿を表さないムーンラビットなのだが、先日、山中で狩りをしていた猟師から偶然にも目撃情報があったため、研究用に捕まえてきて欲しいとのことだった。


「ふむ、結構。それでは各自、網を持って散開してくれたまえ」


そう言って、山の奥へと消えていくマツザカ。


「はぁ……、はぁ……、これでラビットを」


「は、ハルキさん、すみません、私も行きますね……」


残された私は、何故か網を持ちながら興奮しているハルキにそう告げ、ムーンラビットを探しに山を進んで行った。


―そして、20分後


「い、いた……」


山の奥にある少し開けた場所で、3匹のムーンラビットを発見した。

けど……。


「な、何あれ……」


私が見つけたムーンラビットは、普通の個体と違い、ガチムチで、おまけに二足歩行までしていた。

ムーンラビットは本で見たことがあるが、本来は小さくて、もふもふの可愛らしい見た目をした魔物だったはず……。

なのにこれは……。


「ふむ、珍しい。変異個体だね」


「な、マツザカさ、ふぐぅぅぅぅ」


「しっ、やつらにバレてしまう」


そう言って、私の口を押さえるマツザカ。


「むごご、ごごごご、はぁ……、はぁ……、変異個体って、最近何故か増えてるっていう、通常個体とは異なった能力を持った魔物ですよね?」


マツザカの臭い手の平から開放され、ようやく喋れるようになった。


「ああ、その通りだ。困ったね。これは骨が折れそうだ。至急、ハルキ君を呼んでくるとしよう。ヒカリさんはここで奴らの監視をしておいてくれ」


「は、はい。分かりました」


私の返事を聞き、再び山の奥へと消えていくマツザカ。


そして、10分ほど経った頃、


「すまない、遅くなったね」


「はぁ……、はぁ……」


マツザカが、よだれを垂らし、目をギンギンに純血させているハルキを連れてきた。


「あ、あの……」


「ん? どうかしたかい?」


「あ、いえ、何でも……ないです」


「ハルキさん、どうしちゃったんですか」と聞きたかったが、私の本能が警告音を鳴らしまくっていたので、ここはスルーを決めることにした。


「はは、相変わらず面白いね。ヒカリさんは。それより、ムーンラビットはどうだい? 何か動きはあったかい?」


「それが……その……」


「ん? どうかしたのかい?」


「グロテスクなことになってます」


そう言って、前方を指さす。


―すると、そこには


「ほう、これは酷いね」


たまたま通りかかったディアーを捕食しているムーンラビットがいた。

その光景は凄惨としか言い様がなく、「ゴリゴリ」と骨をかみ砕く音が静かな山中に響き渡っている。


「どうしますか? あれ。 生け捕りなんて無理ですよ」


通常個体であれば、さっさと網をかけて終了なのだが、目の前にいる変異個体にその手は通用しない。

だからと言って、弱らせようと戦いを挑んだとしても、返り討ちに遇う未来しか見えなかった。


「はは、無理ではないさ。何事もやってみなきゃ分からないからね」


現状を打破するため、真剣に悩んでいる私とは反対に、呑気に笑うマツザカ。


「はぁ、マツザカさん。その意気は素晴らしいと思いますが、世の中にはどう頑張っても不可能なことが山ほどあります。今回のクエストだってそうです。ここは一旦戻って、ギルドに相談を……」


「な、そんなのダメですよ!」


私がマツザカと話していると、突如、ハルキが間に入ってきた。


「は、ハルキさん? いやだってどう考えても……」


「無理じゃないです。絶対に生け捕りにします」


「ですから……」


「だって、だって、ここで退いたら、あのムーンラビットをペロペロ出来ないじゃないですか!」


「は?」


ペロペロ? もしかして、私が聞き間違えた?


「は、ハルキさん、今何とおっしゃいました?」


「ペロペロです! 僕はムーンラビットの姿を本で見た時からずっと、その愛くるしい体中を舐め回したいと思っていたんです! 僕はそのためなら、死んだっていい!」


そう言って、ガッツポーズを披露するハルキ。


瞬間、私の体中に鳥肌が立った。

嘘でしょ……。

この人は、この人だけはまともだと思ってたのに……。

まさか、一番関わっちゃいけないタイプだったなんて……。


「は、ははは。そうですか。でも、あれはハルキさんが舐めたかった個体とは別の変異個体なんですよ。見て下さい、あのかわいげの無い姿。ムチムチですよ」


「ヒカリさん」


ハルキが私の手を握る。

そして、


「むしろ良いです」


どや顔でそう言った。


「うわぁ……」


本来なら、反射的に「キモい」という言葉が出てくるところなのだが、もはや、そんな言葉すら出てこないほど、今のハルキは気持ち悪かった。


「ヒカリさん、馬鹿なことを言ってるのは重々承知です。それでも、男には夢のために歩き出さなきゃ行けない時があるんです」


ハルキはそう話すと、私の手を払いのけ、ムーンラビットの方へと歩み出した


「あ、え、ちょっと! 待って下さい!!」


「ふふ、良い覚悟だ。止めてやるな」


ハルキの腕を掴もうとした私を静止するマツザカ。

すると、ハルキは後ろ向きでグッと親指を上げ、マツザカに経緯を示した。


そんなマツザカと分かり合うハルキの姿を見て、私はハルキに、心の底から軽蔑の念を送るのだった。


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