第11話 どうして殴られに行くんですか!

「さぁ、来い! 僕が相手だ!」


声を張り上げ、ムーンラビットの前に飛び出るハルキ。


すると、ムーンラビットは、


「ヴオオオオオオオオ」


という雄叫びと共に、ハルキに突撃した。


「な、なんですか……、あの全然可愛くない鳴き声……。って、ハルキさん! 危ない!!」


ボブより一回りほど大きいであろう巨体を、凄まじい早さでぶつけようとしてくるムーンラビット。

そんなムーンラビットをハルキは、


「おっと、危ない」


そう言って、軽々と避け、


「さぁ、お触りの時間だぞ~」


と気色の悪い言葉を口にしながらムーンラビットの後ろに回り込み、お尻をペチペチと叩いていた。


「ヴォオオオオオ」


「な、ハルキさん!」


お尻を叩かれて、激怒したムーンラビットがハルキの顔面をめがけ、目にも留まらぬ早さのパンチを繰り出す。

ふざけていたせいで、完全に死角を付かれているハルキ。

今度こそ、やられた。

そう思ったのだが、


「おっと、これは、これは。もふもふで素敵だ。ちょっと触らせてもらうね」


ハルキは心配している私をあざ笑うかのように、意図も容易く、ムーンラビットのパンチを受け止めた。


「す、凄い……。言動はともかく、滅茶苦茶強いじゃないですか」


「はは、ハルキ君はうちに来る前は『琥珀』で若手のルーキーとして名をはせていたほど、優秀な冒険者だからね。並の魔物なら相手にならないほどの実力はあるよ」


「なっ、『琥珀』って、業界5番手のあの琥珀ですか?」


「ああ、その『琥珀』だよ。どうだい? ビックリしただろ」


「は、はい……。でも、それ以上に、信じられないって気持ちで一杯です。そんな方が、なんでマツザカさんのところに来たんですか?」


『琥珀』といえば、冒険者を志す人なら誰もが耳にしたことがあるほど、超有名な老舗パーティー。

そこで私のように落ちこぼれていたのならまだしも、ルーキーとして活躍していたなら辞める必要なんて無かったのに……。


「ははは、ハルキ君は成功報酬の高いクエストだけを引き受ける大手のやり方が気に入らなかったようでね。うちみたいに、成功報酬なんて気にしないところが良いんだと言っていたよ」


「は、ハルキさん……。優しい方なんですね」


やっぱり良い人だ。

今回のクエストでの醜態は見なかったことにしてあげよう。

そう思っていると、マツザカの口から飛んでもない発言が飛び出した。


「ああ、ハルキ君は優しいし、面白い子だ。先日も、報酬が相場の2倍近いクエストを断って、殆ど報酬が0の子犬探しに行っていたからね。子犬を見つけたときのハルキ君の顔と来たら、本当に素敵だったよ」


「えぇ……」


前言撤回、やっぱり気持ちの悪い変人だ。

今後は関わらないようにしよう。


「う~~ん、その目、良いね。俺もヒカリさんに蔑んでもらえるよう、頑張るとしよう」


ハルキにドン引きする私を見て、そう言い、ストレッチを始めたマツザカ。


「え、ちょ? 何する気ですか!?」


「うん? 今からムーンラビットに殴られに行くところだが、ヒカリさんも来るかい?」


「なっ」


何のためらいもなく、そう宣言するマツザカに、私は驚きを隠せなかった。


「ば、バカ言わないで下さい! 今なら直ぐに勝てますから、ちゃっちゃとハルキさんに加勢して、捕獲しちゃえばいいじゃないですか!! 何でわざわざ殴られる必要があるんですか!」


「ははは、それじゃあ勿体ないだろ。見たまえ、あの強烈なパンチを。凄く痛そうだ。興奮してしまうよ」


ブルブルと身を震わせるマツザカ。

本当にこの人は……。

ここでマツザカを投入すれば、確実に面倒なことになる。

嫌だけど、ここは私が出るしか……。


「いいですか、マツザカさん。ハルキさんがムーンラビットを翻弄している隙に、後ろから私が網をかけます。ムーンラビットは全力で網から抜け出そうと暴れると思いますので、あなたはムーンラビットの押さえつけを……って、マツザカさん、マツザカさん!!」


私の話を無視して、ふんどし一丁でムーンラビットの前に姿を現すマツザカ。

そして、マツザカは、


「さぁ、ムーンラビット。俺が相手だ」


と声を張り上げる。

すると、マツザカの声に反応したムーンラビットの一匹がマツザカめがけて突進してきた。


「ま、マツザカさん!」


「なぁに、心配するな。これぐらい……ガハッッ」


ボキッと何かが折れる音と共に宙を舞うマツザカ。


「マツザカさ~~~~ん!!」


「ふ、ふはは、今の一撃、俺の心に響いたぞ! 良いね、その調子……、おぶっ、あぶっ、ぐはっ」


鼻血を大量に出しながら、ふらふらと立ち上がったマツザカだったが、着地点で待ち構えていたもう一匹のムーンラビットにボコボコにされてしまった。


「た、助けないと! は、ハルキさん! マツザカさんが! って、ハルキさーーーん」


「あん、あん、あん。痛いけど……、もふもふと筋肉を両方素肌に感じて……これ、凄く良い……」


マツザカを助けようと、ハルキを呼んだが、ハルキは馬乗りになったムーンラビットに体をボコボコに殴られながら、何故か喜んでいた。


-まずい

本当にまずい。

ムーンラビットは合計で3匹。

つまり、あと一匹残っている。

そして、順番的に、次に狙われるのは……。

その瞬間、マツザカを吹き飛ばしたムーンラビットと目が合った。

そして、


「ヴォオオオオオ」


ムーンラビットは、雄叫びを上げながら、こちらに突っ込んできた。


「い、いやぁぁああああ」


マツザカ達のことを見捨てて、叫び声を上げながら山の中を逃げ回る私。

そんな私をムーンラビットは、血眼になって、追いかけてくるのだった。


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