第9話 ハルキさん……?

「なんで私まで謝罪文を書かなきゃいけないんですか!」


「災難だったね。ヒカリさん」


「ぜーーーーんぶあなたのせいですよ! マツザカさん!!」


「うるさい! 黙って書け!!」


「は、はいっ!」


レイカさんから逃走を図った私だったが、あの後直ぐに捕まり、1時間ほどマツザカと共に説教を受けた。

そして、深夜にも関わらず、今日中にギルドへ提出する謝罪文を、レイカさんの監視のもとで書くことになった。


「ははは、でも反省文を書いて時間を無駄にするのも中々楽しいだろ?」


「全っ然楽しくありません! あなたと一緒にしないでください」


「はっはっはっ、 なぁに、いずれ良くなるさ!」


「はぁ」


隣で口を開くたびレイカさんに殴られている、悪びれる様子のないマツザカを見ていると、自然とため息が出てきた。

こんな調子で1カ月も頑張れるかなぁ。

早くも、そんなことを考えていると、


「すみません、クエストの終了報告に来ました」


後ろから、見覚えのある男性が顔を出した。


「え? ハルキさん? どうかされたんですか?」


「ヒカリさん? 何やってるんですか? こんな時間に」


「あ、いや、ちょっと色々あって」


「……、もしかして、またリーダーが何かやらかしましたか?」


項垂れる私を見て、何かを察したのかそう聞いてくるハルキ。


「そんなところです」


「やっぱり……。実は僕も、リーダーのせいでこんな時間までクエストに出る羽目になったんですよ」


「あはは……、お互い大変ですね」


私は、ハルキに乾いた笑顔を返した。


「全くです。そう言えば、リーダーは?」


「マツザカさんなら、あそこにいますよ」


そう言って、レイカさんにボコボコに殴られているマツザカを指さした。


「はは、相変わらずですね」


さりげなくマツザカから目を逸らすハルキ。

どうやらこの人も関わりたくないという気持ちは一緒らしく、


「それでは、僕はこれで」


と軽く手を挙げ、ギルドの奥へ向かって行った。


「アーーン、れ、レイカちゃ~~ん」


「黙れ、喋るな、靴を舐めるな! 死ね、死ね、死ね!!」


ハルキが居なくなり、残された部屋にはマツザカの気持ち悪い声とレイカさんの怒号が響き渡っている。


「はぁ」


その声を聞いて、私は再び、ため息を付いた。


―そして、1時間後


「まぁ、雑な部分もあるが、とりあえずは大丈夫だろ。お疲れ」


「お、終わったー」


「お疲れ様です。ヒカリさん」


「ハルキさん、すみません。こんな時間まで残って頂いて」


「いえ、お構いなく。何も起きなくて良かったです」


あれから直ぐに事務手続きを終え、ギルドを後にしようとしていたハルキだったが、レイカさんに罵倒されテンションマックスのマツザカが何かやらかしそうだったので、私が謝罪文を書き終わるまで、残ってもらっていた。


「ヒカリさん、良く頑張ったね! 偉いぞぉ」


パチパチと拍手をしながら、レイカさんが床にこぼしたコーヒーを舐めているマツザカ。


「はぁ、別にマツザカさんは帰っても良かったんですよ。直ぐに書き終わってたじゃないですか」


マツザカは、私が2時間近くかけて、ようやくOKを出してもらえた謝罪文を、レイカさんにたっぷり痛ぶられた後、10分で書き上げていた。


「ははは、こんな夜遅くまで女性を一人で残しておくわけにはいかないだろ。誰かに襲われでもしたら大変だ!」


「……、私はあなたに襲われないかが心配でしたよ」


「はっはっはっ、安心したまえ。俺はヒカリさんに一線を越えるような真似はしないさ」


「信用できませんよ……」


本当に、この人は何なんだろうか。

ハイスペックだと思ったら変人で、訳の分からない言動ばかりして……。

一緒にいて、私まで狂ってきそうだった。


「ヒカリさん、大丈夫ですか?」


「あ、はい。すみません。大丈夫です」


険しい表情をしていた私を心配そうに労るハルキ。

安心するなぁ……。

あの人もこういう気遣いが出来れば良かったのに。

床をペロペロと舐めながら、高笑いをしているマツザカを見て、そう思っていると、


「お前、元気そうだな。何なら今からクエストに行ってもいいんだぞ」


とレイカさんがマツザカに一枚の紙を渡した。


「ほう、これは……、これは……。興味深いな。 行こう!」


紙を少し眺めた後、即答するマツザカ。


「ま、まじか……」


レイカさんはそんなマツザカにドン引きしていた。


「はぁ、マツザカさん。私はもう帰りますね。クエスト、頑張って下さい」


「ん? もう帰ってしまうのかい? せっかくだから一緒にクエストでもと思ったのだが」


「行きませんよ。マツザカさんと違って、疲れてるんです」


「そうですよ、リーダー。一日に二件もクエストに行けだなんて酷すぎます」


すかさず、ハルキがフォローに入ってくれる。


「む? ハルキ君も帰るのかい?」


「当然です。ささ、行きましょ。ヒカリさん」


「そうですね。お先に失礼します」


そう言って、ギルドの入り口に手をかける。

すると、マツザカは、


「まぁ、まぁ、待ちたまえ。今回のクエストはあの珍しいムーンラビットを捕獲するというものだ。面白そうだと思わないかい?」


と私達を呼び止めたいのか、大きな声でそう言った。


「マツザカさん、確かにムーンラビットは珍しい魔物ですが、別に今じゃなくても……」


「ムーン、ラビット……」


「え?」


隣を見るとハルキがボソボソと何かを呟いていた。


「ら、ラビット…、もふもふで、小さくて……、可愛い、ら、ラビット……」


「は、ハルキさん?」


明らかに様子のおかしいハルキ。

どうしたんだろう?

そう思い、ハルキを見つめていると、


「ひ、ヒカリさん!」


「は、はい!」


突然、ハルキが私の手を握った。

そして、


「行きましょう。クエストに」


「は?」


ハルキは驚きの言葉を口にした。


「いや、ちょ、なんで」


「何でもです! お願いします!」


そう言って、私の目を見つめるハルキ。

今のハルキからは、いつもと違う、どこかマツザカに近い何かを感じた。


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