友達と魔女と賭け
入学式の後は自由時間だったのだが、特に行くアテもないユアは、学園内を
そして翌日。
いよいよ今日からは授業が始まる。
朝食のために食堂に寄り道して校舎へと向かうと、入口付近に大きな張り紙がしてあった。生徒それぞれの教室の割り振りと、その教室がどこにあるのかの校内地図。素早く確認して校舎へと足を踏み入れる。
キャディアス魔法学園において、最大の建造物である第一本校舎。城ではないかと見間違うほどに巨大で
そしてユアの教室は三階。にわかに
指定された教室に入ると、文字通りの講義室。前方に
始業までまだ時間があるからか、人はまばらだった。
その中でユアは、ちょこんと席に座る赤髪の少女を発見する。
「おはよう、ティア」
そう言ってその少女の隣に座る。
「ユア……おはよう」
レスポンスがゆっくりだが、これが彼女の、アストランティアの平常運転。特に気にすることはない。
「ティアそれ、前見える?」
気にすべきことは他にある。
それはアストランティアの座高の低さ。少女といっても、身長だけを見れば彼女は立派な幼女。それほどに彼女の身長は低い。
そのため、ギリギリ顔が机から出ている程度で、満足に前を見ることさえ難しい――
「見えない」
いや、見えてすらいなかったようだ。これは要相談だ。
新たな課題が見つかったところで、そろそろ教室内も騒がしくなってきた。席もほとんどが埋まっている状況。だが、ユアの隣はまだ空いていた。この調子だと、誰か座るのだろうか、それすらも怪しい。
「あのっ、隣いいですか?」
そう思っていると、すぐに声がかかった。
席越しに振り返ると、ユアの方を見る青髪の少女がいた。紛れもない、ユアへの問いかけ。
「うん、いいよ」
そう返答すると青髪の少女は、空いていたユアの右隣りに座った。
「あれ? もしかして、入学式隣だった子?」
彼女が座ると、ユアはそう
何のことか分からず、しばらくきょとんとしていた彼女だが、はっと気づいたようで、
「ああ!
と、驚き交じりで答えた。
「同じクラスだったんだね。僕はユア・イストワール、よろしく」
「えっと、ネム・キアサージです。こちらこそ、よろしくおねがいします」
そして握手を交わす。友好の証だ。
「あと、こっちがアストランティア。僕の親友」
そう紹介する。
「あ、アストランティアちゃん、ネム・キアサージといいます。えっと、よろしくおねがいします」
ネムが緊張気味なのは、アストランティアが大した反応を見せてくれないことが原因だろう。しかし、これが彼女の
「ん……よろしく」
そう言って小さな手を差し出す。
胸をなでおろし、
「ネム……、私のこと、ティアでいい」
「え? あ、じゃあ、ティアちゃん」
人をあだ名で呼ぶことに慣れていないのか、ネムは少し恥ずかしがっている様子だった。しかし同時に、とても嬉しそうだった。
だが、安心しているのはネムだけではなかった。ユアも、新しい友達ができて、実は安堵の笑みをこぼしていたのだった。
* * * * *
この時期になると、教師陣は一休みすることができる。といっても、それは気のせいに近い。入学準備が毎年大変で、相対的に日常が容易に思えてしまうだけだ。業務量はいつもと変わらない。
教師も楽ではないな。今更のように、ミラリアはそう思う。
半月もと新月とも言い難い、微妙な月の満ち欠け。せっかく雲がないのに、もったいない。廊下を歩きながら、そう思っていた。
「失礼します」
三度のノックの後、学園長室の扉を開けた。
一人が使用するには少し広いこの部屋。学園長であるリューラの性格も相まって、なかり質素な雰囲気だ。
「お待ちしていました。そちらへどうぞ」
応接室の役割も果たす学園長室。指示された通りに座る。
「今年度、現時点での報告をさせていただきます」
報告とは、毎年度、入学式翌日に新入生について改めて情報を提出するお仕事だ。学園での初授業は、簡単な能力テストのようなもの。その結果を追加したのだ。
ミラリアが小さな魔法陣を描くと、そこから大量の書類が現れる。約五〇〇人の資料だ。膨大な数になるのも当たり前。
これは学園長が一つ一つ目を通すわけではなく、あくまで保管用。必要に応じて使用するもの。
「一番上のものが、例の生徒です」
「……なるほど、彼が」
リューラは険しい瞳でそれを見つめる。
ひとりでに彼女は、昨日の入学式のことを思い出していた。
間違いなく彼は、これまでの一年生の中で最も魔法の才がある。
「特に彼には注視していてください」
資料を置いて、そう忠告をした。
リューラにとって魔法とは、人生の近道である。正しい使い方をすれば、魔法は非常に便利なものだ。だが一方で、限度を超えた魔法は身を滅ぼす。
大きすぎる力は、その当人を殺しかねない。
ミラリアは、はい、とだけ短く返事をした。
「以上です。失礼しました」
「ああ、それともう一つ」
退出しようとするミラリアを、寸前で呼び止める。
「彼ともう一人、――――のことも、頼みます」
「……はい」
今度こそ彼女は、部屋を後にした。
* * * * *
入学してから二週間程。すっかり学園生活にも慣れた一年生たち。
しかし、約一時間の間、算術の授業をしているのは、ユアにとって苦痛でしかない。
二八と七二を足し合わせることすらできない彼は、学園レベルの算術は何一つ理解できないのだ。
「なぁんにも分かんないよぉ……」
次の教室への移動中、ユアは耐え切れずそう漏らした。
「あはは……、よかったら、分かんないところ教えましょうか」
ちなみに、ネムは算術が得意。というか、彼女は座学全般が得意なよう。ユアとは真逆の性格だ。
「本当に⁉ ありがとう!」
救いの手に大感謝のユア。アストランティアは溜め息をついている。ユアを甘やかすなと。
「……ユアは自分で努力すべき」
「確かに、それが一番ですね」
「まさかの
思わぬ裏切りに、ついツッコんでしまう。
二週間で、三人の仲はかなり深まったようだ。休み時間は、こうして楽しく過ごせている。
正直、これで十分なのだが、どうやらこの学園ではイベント事は尽きないらしい。
「――あなたが、ユア・イストワールね」
目的の魔法実技室の手前で、ユアを待ち構える人物がいた。
「そうだけど、キミ誰?」
これは一体どういう状況か。理解に苦しんでいると、その人だかりから、何か聞こえてくる。
「お前! エルン様に失礼だぞっ!」
「そうだ! 非常識にもほどがある!」
「話しかけられただけで幸運と思えよ! 羨ましいぃっ‼」
一部、煩悩のようなものだが、ほとんどはユアへの野次。なかなかの人数から言われるので、圧力がすごい。逆に迫力を感じてしまうほどだ。
「そこまで。
金髪の彼女のその発言一つで、野次がぴたりと止んだ。
「すごいね。今の声、聞こえてたの?」
ユアへの野次は相当な声量だった。それに比べて、煩いと言った声は明らかに小さい。普通、聞こえるはずがない。
「みーんな、私のことが大好きな子たちなの。だから、私の声を聞き逃すはずがないのよ」
「へぇー、そうなんだ」
常識の
「ところで、僕に何か用事?」
ユアが問うと、彼女の瞳に嬉々とした色が映った。
「ええ。改めまして、私は当代ジオグラスの魔女、エルン・ジオグラス――」
礼儀正しく頭を下げるエルン。その
「じ、ジオグラス家……⁉」
その証拠に、ネムが驚き怯えている。有名な家柄なのだろうか。
が、しかし、ユアには何のこっちゃだ。ジオグラスの魔女(?)とやらも初めて聞いた。
「ユア、私と一つ、賭けをしましょう」
「え? いいよ」
ユアにとって、エルンの実力は未知数。だからこそ彼は、そう即答したのだ。
「ふふっ……」
深く笑みをたたえるエルン。
賭けがどんな内容か、ユアには分からない。しかし、――負ける気はなかった。
普通じゃない魔法学園生たちの話。 紫月旅或 @Shiduki-Roa
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。普通じゃない魔法学園生たちの話。の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます