第11話


 マコトは頭を掻きながら唸る。

 どう言うべきか酷く悩んでいる様だ。


 目を逸らし僅かに笑みを浮かべて視線を泳がす。

 その様子をトトラックは不服そうな視線を送り続けた。


 「悔しい?」


 あまりにマコトが何も言わないから、彼女から声を出す。

 おずおずと言う様に、彼が口を開いたのは直ぐの事であった。


 「ああ、悔しいから」

 「なにが?」

 「だってあんたらの世界には魔法があるんだぞ?冒険者とかも楽しそうだし」

 「マコト君。意味が分からないのだけど」

 「だから、楽しそうじゃないか。指パッチン一つで炎や水を操って、仲間たちと一緒に冒険の旅に出て楽しい毎日を送って。――今の地球現代なんかと比べたら、あまりに綺麗で強くて楽しそうだ」

 「……」

 「でも自分達の世界が劣っているとは思いたくない。勝っている部分が欲しい。――その為の『発展した文化』……だとおもう。同じぐらいに文明が発展していて、その上で魔法が有るってズルいし……」


 この言葉に、トトラックも察しが付いたようで大きくため息を付いた。

 

 「つまりなに?自分達の世界が異世界と比べれば余りに過酷で苦しいし、魔法と言う能力も無いから悔しいと?」

 「そ、そう」

 「だったらせめて『発展した文化』とやらでマウントを取りたいと?」


 マコトはおずおずと頷いた。

 白くて細い手が小さな額に伸びる。トトラックが頭を抱えたのだ。

 何かに悩むように俯いて、珍しく悩む様な険しい顔。


 彼女の顔が呆れたような、無気力な物に戻ったのはそれからすぐの事。



 「……ま、貴方達の世界に比べれば私の世界の文化が劣っているのは違いないわ。現にみんなお酒やパン、チーズとか作っているくせに『発酵何故』までは辿り着いてないのだもの。他にも劣っている所は沢山あります。――後千年もあれば別の形で発展は進むだろうし。そんな目くじらを立てる事じゃなかった」


 腕を組みながらボヤく様に呟いて。最後に一言。


 「いいすぎた。ごめんなさい」


 マコトの前にカップを置いて、そっぽを向いた。


    ◇


 「――さて!」


 トトラックが立ち上がったのはそれから二時間の休憩後。

 十分休憩を取ったと大きく背伸びをしながら、再び楽しそうに瓶とスポイトが並ぶ机へと向かった。


 再び口元に笑みを浮かべながら作業を再開したトトラックを見ながらマコトは少し疑問を浮かんで首を傾げる。


 「一ついいか?気になったんだが、今造っているのって赤ワインで良いんだよな?」

 「え?……あー、どうなのかしらね」


 だが、帰ってきた答えは実に曖昧な物。

 スポイトで酵母を吸い上げながらトトラックは何かを思い出す。


 「白ワインと赤ワインの違いってさ。ワイン迄の造り方が違うのよね」

 「白ワインと赤ワイン?」

 「そう、まぁ簡単に説明するけどね。白ワインは最初にジュースにして発酵させたもの。赤ワインが木のみを潰しそのまま発酵させて、後に絞り不純物を取り除いたもの。ね、違うでしょ?」


 この説明にマコトは眉を寄せて顎をしゃくった。

 

 「じゃあ、今造っているのは……?」

 「貴方の世界で言う『ロゼワイン』も白ワインと同じように造られているそうよ。だから、これはロゼワインって事になるのかしら?」


 スポイトの手を止めて、首を傾げながらトトラックは瓶を手に掲げる。眉を寄せて見上げ見た。

 

 「昔の赤ワインもロゼワインの色合いに近かったって言うし……」

 「え、でもロゼワインって」


 マコトが思い出すのは、ピンクの透明なロゼワインだ。

 しかしトトラックが見る瓶の中は紫のジュース。余りに色が違う。


 「造り方で言うとだけだから、まあ赤ワインでも良いのかも。実際はロゼって造り方多くてややこしいし……」

 「どっちだよ」


 少しの、長い間。

 トトラックは顔を上げた。


 「――ま、此処まで紫の綺麗なジュース。『バラ色ロゼ』にはほど遠い物ね。赤ワインにしておきましょう?」


 少しいい加減……。

 とも思ったが、確かに区別が難しい。

 マコトも納得したように頷くしか無かった。


   ◇


 全ての作業が終わったのは、それから1時間過ぎの事。

 たくさん並ぶワイン瓶の前でトトラックは大きく頷いた。


 「後は、発酵を待つだけよ?この気温だと二日ぐらいで発酵が始まるわ!」


 ――因みに、トトラックが住む森の中。

 年中地球では5月に近い気温が永遠に続く森。

 平均気温24度。

 

 「酵母菌が一番活性する気温は20度から30度なの!丁度良い場所でしょう!」

 

 酷くキラキラした目で、やはり興味津々の色合いで彼女は言い切った。

 本当にワインについての話になると、別人のようになるトトラックである。

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エルフのトトリック・トトラックはワインを作りたい 海鳴ねこ @uminari22

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