第10話


 「確かにね、確かに。此処の世界は貴方の世界と比べれば劣っているわよ」

 

 アイスグリーンの瞳が吊り上がって、彼女の端整な顔がマコトに近づく。

 長い指が一本立ち、彼女は続けた。


 「でも、あそこ迄劣ってはいないわ!」


 そう怒鳴る様に彼女がまず指差したのはビーカーにスポイトだ。


 「これはこの世界の人たちが考えたものよ。この世界をもっとよくするために、薬品を調合するために考え付いたもの」


 次に酵母を指差す。


 「美味しいパンを食べたいと、アレはこの世界の人たちが見つけ出した物よ。それもアレは大昔に発見されたモノ。今は固体の生イーストはあるし、貴方と同じような粉末状のイーストもあるの!」


 最後に瓶に詰まるジュースを指差す。


 「ジュースと言うモノは私が産まれる以前にあったし、ワインだって私が産まれる以前からあるの!それだけじゃない」


 彼女は言う。

 この世界にはそりゃ電子レンジやオーブン。冷蔵庫にテレビと言った電気製品は無いものの。食品文化はずっと栄えている。この世界の人々が必死に考えて研究して発展させていったものがいっぱいあると。


 「そもそもよ?」


 無気力な、しかし怒りに染まった瞳がマコトを映した。


 「貴方の世界でワインが出来た年代って知っていて?」

 「い、いや」

 「古代よ!ワインは古代から存在していたの!少なくとも古代メソポタミアの時代にはもうあったとされているのよ?ビールも同じ!アレは古代エジプト時代からあったの!」

 「ちょ、お、おちついて……」

 「人の娯楽と言うのはね、欲と言うのはね、大昔から存在していて、少しでも心を満たすために人間が作り上げていく偉大な文化なのよ?ソレは此処も同じ!あなた達の地球が特別という訳じゃないの!!」


 マコトは宥めるが目の前のエルフは止まらない。


 「というか、したり顔でまるで日本人が作りましたって顔をしているけどさ。元からあなた達が発明した物でもない。というか、当たり前の様に異世界で造っているけど。今の美味しいビールとやらがどれだけ試行錯誤して作られたものか知っているの?作り方ご存じ?ブドウだけで造れると思っていたワインだけでもここ迄大変なのよ!試行錯誤してやっと此処まで、スタートラインに立てた所なの!」


 最後と言わんばかりに彼女が言い放つ。


 「別にフィクションだもの、お好きに想像して。――でもね、私が今いる世界はフィクションじゃないの!!私の世界を舐めないで頂戴!」


 その一言は何処までも響き渡った。

 心の底から怒りが詰まった、彼女の言葉。


 これにはマコトは静かに頭を掻くしかない。


 「わ、わるい」


 怒りと言うモノは微塵も湧かない。

 ただ素直に謝罪を口にする。


 そりゃ、そうだよな。

 彼女の発した言葉が、否が応でも理解出来、反論すべき余地が無く項垂れてしまう。

 だって、マコトは。

 ついさっきマコトは、この世界を、彼女のいるこの世界を蔑んでしまったのだから。


 マコトの謝罪を聞いてか、トトラックは肩で息を付く。

 分かればいいのよ、と言う様に小さく目を逸らす。


 2人の間に長い間が流れた。

 どれだけ経ったか、ソレを壊したのはマコトだ。


 「ゴメン。あんたの世界を軽んじた訳じゃないんだ」

 「……」

 「ただ、それが俺達の常識みたいになっていたから、さ」


 ――いいや、違う。

 この言葉じゃ、これじゃあ、異世界を貶めるのと変わらない。

 マコトは頭を掻く。


 「――でも、たぶんさ。俺はそういうの、読む側でしか無いから、これは擁護に聞こえるかもしれないけど」

 「……」

 「その、多分。そりゃ、都合よく話を進める為の設定とかかも知れないけどさ」


 頭を掻きながら、おずおずと口を開く。


 「くやしいから。悔しいから、自分の世界より劣った世界を生み出すと思うんだ」

 「――はあ?」


 トトラックは酷く理解できないと言う様に首を傾げた。

 

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