第9話


 「えーと……試作品20……入れた酵母量は10ml……と」


 机の上。様々なスポイトと、酵母瓶。ラベルに数字が書かれた瓶を横に。

 トトラックは細かくノートに記している。

 どうやら5mlずつ入れる量を変えていくと決めたようだ。とんでもない量が出来そうである。


 すでにトトラックの足元にはワイン瓶がズラリ。

 その隣でマコトは、出来上がった酵母入りワイン瓶の上にガーゼを被せては巻き付けると言う行為を続けている。


 何故かと問われれば、トトラックが言う。


 「発酵するとき炭酸ガスが発生するでしょう?蓋をすれば炭酸ガスは瓶の中に溜まったまま、爆発する可能性も十分にあるの。だから、炭酸ガスを抜かす……いえ、溶かすのだったかしら?」


 ――と。

 ワイン作り、意外と危険なものであったらしい。

 

 「ちなみに、貴方の世界ではペットボトルで十分よ。炭酸水が入ったボトルを使えばいいわ。それでスパークリングワインが出来るそうだから。いいわね、炭酸って飲んでみたい」


 この世界では《炭酸》は瓶の耐久の問題で、まだ存在していないらしい……。

 

 さて、そんなこんなで時間が過ぎる。

 背中が痛くなったマコトは大きく背伸びをした。


 「あら、つかれたなら休む?」


 意外と言うべきか。

 トトラックが顔を上げて聞いて来た。

 アレから試作品はさらに増えて40迄出来ている。

 僅かにトトラックの手が震えているのが見えた。

 

 「……自分が疲れたんだな」

 「休憩は必要よ、マコト君。其れとも身体の耐久を上げる魔法とか、持続魔法をあげようか?疲れ知らずな馬車馬のように働けてとっても私には都合が良いわ」

 「なんて女だ」


 思わず声に出てしまった。

 しかもトトラックの表情は無気力ながら、目は本気中の本気と言う。


 もちろん丁重にお断りし、出来上がったワイン瓶を隣にある「発酵小屋」に移動させて、2人は休憩に入る事となった。



    ◇



 家の中、隅にあるキッチンでトトラックがお茶を入れる

 手持ち無沙汰になったマコトは、マジマジと手作り酵母を見た。

 今更ながら、正直液体状の酵母……つまりイーストを見たのは初めてだ。

 彼の頭に浮かぶのはスーパーで見た、粉末状のドライイーストである。


 「イーストは知っているが。液体の物もあるんだな……」

 「マコト君が思い浮かべているのはもしかして粉末状のイーストかな?」


 トレイにお茶の用意をしたトトラックが察したように言った。

 ちなみにカップは無かったらしく、ビーカーだった。


 ――彼女を見上げ頷く。


 「この世界では、こんな液体状が普通なのか?」

 「いいえ」

 

 間もなくトトラックが首を横に振り。

 マコトは首を傾げた。


 「じゃあ、このやり方は自分で?」

 「まさか、教わったのよ?」

 「――ああ、俺の世界の本で知ったやり方なのか」


 彼女の言葉で思い浮かんだのは、彼女が言った事だ。

 トトラックは《発酵》を知るために、マコトの世界から本を取り寄せ調べた。

 だったらこの液体状酵母は地球の本に載っていた、そこで知ったと仮定すれば納得する。


 だが、この言葉にトトラックは見て分るほどに不機嫌な表情を浮かべた。


 「――このやり方は、村のパン屋のおばさんから聞いたのだけど?」

 「え、ああ、そうなんだ」


 意外……と、マコトはつい思ってしまった。

 マコトの様子を見て、彼女は何かを察し、一度考えるように視線を上げる。

 突き刺さる様なアイスグリーンの瞳がマコトを見据えた。


 「あのね、マコト君。異世界だからってね、そんなに文化が遅れている訳じゃないのよ」

 「え?」

 「見たことあるわ。地球からやって来た人間が地球の知識で異世界を無双する話」


 その瞳は、僅かに怒りが混ざる色合いを帯びていた。


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