第7話


 「そう、そうよ。発酵が遅くなる魔法ー。」

 「……」

 「年百年前だったかしら、ぶどうジュースが勝手にワインに成るからソレを防ぐための魔法を考えて欲しいって頼まれたのよね!」

 「……」

 「その時は発酵とか興味なかったし、酵母菌も良く分からなかったから。腐敗防止の魔法をかんたーんにして教えたのよねぇ」

 「……」

 「でも、今思えば。酵母菌の働きを弱める魔法だと思う!だから他の菌が異様に繁殖しちゃったのね!失敗した理由が分かったわ!」


 トトラックは何処までも笑顔だった。

 2人の間に沈黙が流れるのは数秒後。


 ――彼女が背を向けたのは瞬きの間。

 

 「……いえ、大丈夫よ」

 「いや、大丈夫って……今のは完全に」

 「大丈夫だって。だってコレは、ただの『酵母の活性を抑える』魔法だもの。解決策はあります」


 後ろからの苦言を完全に無視して、側のキャビネットの元へ。

 トトラックは中から何やら赤みが掛かった茶色の液体が入った瓶を取り出し。


 「おい――」

 「これは自家製酵母です!」


 ドンっと机上に置いた。

 マコトが良く見れば正体が判明する。

 どうやらレーズン。ブドウを干したもの。干しブドウ。

 それを瓶に入れ水を注いだもの。

 

 レーズンは水を吸いパンパンに膨れ、浮き上がり

 水は先程も記した通り、赤茶色い液体に染まりあがっている。


 「自家製、酵母?」

 「そう、言ったでしょう。酵母は元から穀物や果物に付いているって。これはレーズンを使用した所謂ブドウ酵母かしら。ほら、水底に沈殿している物体が見えるでしょう?」

 「ああ」


 見て見れば確かに底に白い粉の様なモノが沈殿している。


 「これは酵母の塊。この沈殿物と液体をさっきのジュースに追加するのです!」


 ――何となくだが、マコトも理解が出来た。


 「新しく酵母を追加させて発酵させようと言う手口だな」

 「ええ!」

 

 何故か凄く自信ありげに胸を張っていた。

 だが、疑問が一つ。


 「いや、だけど……。酵母の働きを悪くする魔法が掛かってるんだろ?注ぎ足しても意味無いんじゃないか?」

 「大丈夫よ」

 

 トトラックは笑顔で酵母が詰まった瓶に手を置く。


 「街の皆に教えた魔法は簡単な物なのです」

 「簡単な物?」

 「に存在している対象のみに掛かる魔法だから」


 ――つまり。


 「された分には、魔法は効果が無いと?」

 「そう!」


 なるほど、納得。


 「随分と簡単な魔法だったんだな……」

 「ええ、本当に良かったわぁ。昔、教えた人は余りに魔力量が少なかったから、彼でも使える魔法を考えて教えたの。それが吉に出た!良かったぁ、本当に。――あの村の人たちが魔法に探求心無くて……」


 そういうトトラックの肩は僅かに震えていた。

 確かにぶどうジュースに掛かっているのは「、存在している酵母の働きを悪くする魔法」

 コレが進化して「酵母の働きを完全に停止させる魔法」とかだったら詰んでいただろう。間違いない。

 何とか自分自身で掛けていた、難を逃れたトトラックは心の底から安堵をした。

 

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