第5話


 「最初の一本目だったのよ。本当に最初の一回目だったの、それ」


 険しい顔を浮かべるマコトの前でトトラックは、冷静な口調のままで言い訳を続ける。

 

 「《炭酸ガス》が発生したら液体が白くなるって聞いたけど、全然白くならなくて。一ヶ月置いたけど全然発酵している様子もなくて。失敗の可能性が大……って判断していたけど」

 

 ああ、いや、言い訳になっていなかったな。

 マコトの顔が見る見るうちに険しくなっていった。

 平凡な顔を顰めに顰め、死んだ魚の眼に訝しげ怪訝、汚物を見るかのような色合いを乗せてゆく。

 

 ただ、まあ仕方が無い。

 マコトはトトラックの初めて作ったワインを飲んで丸々5日。嘔吐と下痢に苦しんだんだのだから。

 ソレは紛れもなく食中毒のアレであった。

 言い訳もできない、完全に失敗作である。


 「……謝ればいいかしら?」

 「聞く前に謝ったらどうかしら?」


 もぞもぞ指を動かしながら、しかし。

 瞳には悪びれる様子もなくマコトをチラリ。

 彼女の問いかけに、マコトは僅かな間も無く返した。


 トトラックは顎をしゃくる。

 「そう、では。ごめんなさい」

 「おい、気持ち、気持ちが籠っていない!」

 

 マコトの言葉にトトラックは顎をしゃくる。


 「いや……でも、なのだけど。一度は試さなくちゃいけない事だったし?こういう失敗を繰り返してからこそ、文明の進歩と言うか、発明の進歩ってあるんじゃない?」

 「それは正論だ、でも自分でやってくれ!」


 意外ともっともな言葉に、もっともな正論で返す。

 トトラックは綺麗な顔を僅かに歪ませて首を傾げた。


 「いや……」

 「いやって!」

 「あ、ちがう、ちがう。私、毒体制魔法があったから食中毒とか無縁だったの。だから、ねえ」

 

 変だなぁ。なんて……。

 トトラックはマコトを見た。


 「貴方には私のその魔法をあげた筈なんだけど?」

 「5日は寝込んだぞ!?」

 「そうなのよねぇ」


 白い手がまた顎をしゃくった。

 アイスグリーンの瞳が例の小瓶を目に映す。

 実はアレはトトラックも一度飲んだことがあるのだ。

 だから、首を傾げる。


 「私が飲んだ時は2日寝込んだだけで済んだのに、何故かしら?」

 「――おい」


 いや、しっかり食中毒には掛かっていた。

 此処で判明したのは、毒体制魔法が機能していないと言う事実。

 というか彼女、結構身体を張っていたようだ。意外と頑張り屋。

 トトラックは悩まし気に呟く。

 

 「あの2日間が辛かったから、助手が欲しくなったのよねぇ」


 ……「頑張り屋」は訂正した方が良いのだろうか?


 「それに、あれ、腐敗臭が凄かったし。無理して飲まなくて良かったんじゃないかしら?」


 とどめの一本。

 マコトは青筋を一つ、額に立てた。

 この女は本気で殴っても良い気がするのは絶対気のせいじゃない。

 しかし、顎をしゃくり悪びれる様もなく、心から悩む彼女を前にして、彼は溜息を一つ。

 心からの怒りを込めて、


 「今度はない!今度失敗作を飲ませたら、俺は全力で引きこもらせてもらう!」

 

 ――と、まあ。謎の宣言を送るのだ。

 そんなマコトをとトラックは見つめた。

 ぽんと手を叩いて、「分かった」と一言。


 「じゃあ、今からはこのジュースで造るワインの改善策を模索していきましょう」


 これまた、謎の発言と共に。

 今度は打って変わってキラキラした瞳で言い切るのである。

 今の会話から、マコトの宣言を聞いてから、どうしてその発言に成るのか。


 反省して無いなコイツ。

 マコトはもう一度彼女を一発殴りたくなった。

 そして、ついでに彼女の反応を見て理解もする。


 先ほどの謝罪を浮かべた時も、毒体制魔法の話をしていた時も。

 この女、まるきり一ミリ微塵も、謝罪の気持ち処か興味すら持ち合わせていない。

 だから理解した。この女、トトリック・トトラック。

 彼女はどうやら自分の興味があること以外は、一切の感情を抱かないらしい。


 そして、マコトの推測は正解だ。

 トトリック・トトラック。

 魔術を極めた彼女は、エルフの中でも有名なほどに変人。

 

 たった一つの事に興味を注いで、とことん突き詰めて。

 周りを巻き込みに巻き込んで、それでも目標の為には突き進む。

 だけど他の事はまるきり興味が持てない。

 正に偏屈変人自己中心的。


 そんな今の彼女の興味は《発酵》一本。

 上手くワインが作れるまで、どんな犠牲が伴おうとも気も留めない。

 そして今は、ジュースからワインを造る。

 コレだけが彼女の探求心を動かす、唯一の挑戦なのである。

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