第七十九話 仕事熱心な王女様

 メルティお嬢様に、大方の事情を話した僕を待っていたのは、サーシア王女様との面会だった。

 依頼主である彼女には、王都に戻ってすぐ、代表してユージーン先生が報告に行ってくれた。その時、なんらかの約束を取り付けたのだろう。僕とフレディが、彼女に呼び出されることもなかったのだが。


「な、なあアイゼン。俺の格好、変じゃないよな?大丈夫だよな?」


 先日、指名依頼を受けた際は、非公式かつ、急だったことから、持っていた服で済ませたのだが、今回は公式な呼び出しのため、僕とフレディは礼服を新調した。

 世間の風当たりが強いとはいえ、サーシア様が王族であること、フレディは騎士として出世していけば、礼服を着る機会も増えるだろうこと、グレゴリー氏の護衛依頼によって、懐が暖かいことなどが理由だ。僕は、巻き込まれた。


 お揃いの白いシャツに、グレーのスラックス。羽織ったジャケットは、相棒が黒で、僕がベージュだ。

 フレディはさっきからそわそわしているが、元々彫りの深い顔立ちの彼には、きっちりした礼服がよく似合っている。


「大丈夫。サーシア様とはこの間も会ったでしょ?厳しい人じゃないから、肩の力抜きなよ」


「そうは言ってもな……こんな服、着るの初めてだぞ」


 何度も何度も、鏡で自分の服装を確認する彼の背中を、ぐいぐい押して、僕は瑠璃の館の外へ出た。

 指定された場所は、貴族学園の応接室。賑やかな王都を歩いているうちに、フレディも服に慣れてきたのか、冗談を口にする余裕も出てきたようだ。


「なあ、肉串とは言わないから、せめてサンドイッチくらい食べないか?ほら、あそこの屋台とか」


「朝ごはん食べなかったの?僕、別にお腹すいてないよ」


「そわそわしてたら腹減ってきちゃってさ……」


 ──冗談だと思いたい。

 なににせよ、ぎくしゃくしていた相棒との関係が、王都に着く前と同じように戻ったことは、今回の護衛依頼の収穫だったと思う。

 ユーリ師匠も、グレゴリー氏とちゃんと仲直りできていればいいのだが、生憎まだ王都に戻ったという連絡はなかった。



 校門の正面に位置する、第二教室棟の一階。廊下の突き当たりに、指定された応接室はあった。

 案内をしてくれた職員の人によると、普段は学園に質問やクレームをつけにきた貴族家の関係者を通す場所だとか。

 僕とフレディは、どちらがノックをするか、なんていうくだらないことを押し付けあっていたのだが、その心配は着いてすぐに無くなった。


「お待ちしていました」


 扉の前に立っていたのは、青と黒の混ざり合った、艶のある髪をした麗人。カレンさんだ。

 一体どれほど待たせてしまったのかはわからないけれど、直立不動の姿には、一分の隙もない。


「お待たせしちゃってすみません。サーシア様はもう、中に?」


「はい。どうぞ、お入りください」


 固い声音でわかりづらいけれど、怒っているわけではない、はず。少なくとも、表情や挙作に苛立ちは見て取れない。


 通された部屋は、今まで学園内で利用した場所──教室や学食、自習室など──と比べても、かなり豪華な造りをしていた。

 壁にかけられた絵画、テーブルに置かれたティーセット、ソファに貼られた皮の質感。さすがに、貴族家の関係者を通す先だけはあって、どれもこれも高級感がある。

 そして、その中で一際輝く真白の君。サーシア・ドラコ・ゴルテンライム王女。僕たちに気づくと、柔らかく微笑んだ彼女に、僕の胸の熱はまた上がり始めた。


「お久しぶりです、アイゼンさん。フレデリクさん。お怪我の具合は、いかがでしょうか?」


「お陰様で順調に回復しています。サーシア様も、お変わりないようでなによりです」


「王女殿下のお心を乱すような怪我はありませんので、どうか、自分のような平民のことよりも、ご自愛くださいますよう……」


 指名依頼を受けた時と同じく、いつもの態度からは想像できないほど、謙った態度を取るフレディ。

 この国の人にとっては、王族というのはこういう対応をしなければいけない相手なのかもしれないが、サーシア様が苦笑している様子を見ると、真似するつもりにもなれなかった。


「そう、畏まらないでください。この度は、わたくしの無茶なお願いのせいで、あなた方を危険にさらしてしまったのですから」


 けれど、頭を下げられるとさすがに焦る。僕たちは必死に頭を上げてもらうようにお願いして、本題を伺った。


「いくつかお聞きしたいことがございまして。イェル伯爵領での魔物の大量発生、その原因、考察、対策など……どんな小さなことでも構いませんから」


「そういうのはユージーン先生に聞くべきだと思いますが……僕は、月並みですが、冒険者への依頼の不均衡が原因かな、と思います」


 レイジングボアがあれほどにまで増えたのは、討伐系の依頼が少なく、戦える冒険者がどんどん町から出て行ってしまったからだ。

 人員の問題は、日本でもあちこちで発生していたけれど、この国においては、人手不足がそのまま人々の死に直結しかねない。


「鉄道もできたことですから、王都のギルドで、レイジングボアの間引き依頼を出すのもいいかなと、素人ながら考えました」


「そうですね……近頃は人の流れも活発になっていますから、よりしっかりとした魔物対策が必要になりますね。けれど、予算はどこから……」


 ぶつぶつと考え込むサーシア様。部屋の隅に座っていたカレンさんが、その独り言をメモしているようだ。

 王家の中でも力が弱い、と仰っていたが、それでも国のために頭を動かし続けないといられない人なのだろう。


「失礼いたしました。わたくしったら、お二人を置いて思索の海に沈んでしまって」


 しばらくして、はっ、と自分がいる場所に気がついたらしい彼女は、そう言って顔を赤らめる。

 シミひとつない白い肌に、朱が差す様は、ある種扇情的ですらあり、僕は一瞬見惚れてしまった。


「フレデリクさんは、なにか思い付かれましたか?」


「自分は……伝承の精査、でしょうか。ユージーン先生からすでに聞かれているかもしれませんが、今回、ハチェットイーグルの出現は、地元の伝承をしっかり調べていれば……あるいは、もっときちんとした形で残っていれば、予想できたものと思います」


「確かに。同様の言い伝えが、王国各地にあることも予想されますね……」


 普段、出現が見られないハチェットイーグルが、あの場所に現れた理由は、まだわかっていないみたいだ。

 先生が、イェル領都で言っていた、レイジングボアを討伐しなかった時に現れる巨鳥の噂。ああいった伝承を集めておけば、急な魔物災害に備えられるのではないか、というのが、フレディの意見だった。


「ありがとうございました、二人とも。報酬は、冒険者ギルドに振り込んでおきますので」


 事情聴取を終え、退出しようか、というところで、僕だけがサーシア様に呼び止められた。


「僕だけを呼び止めたということは、フレディに聞かせられない内容なのでしょうか」


「……そうですね。先日、あなたの協力をお願いしたことが、ありましたでしょう?」


「その節は、すみません」


「謝られることではございません。それよりも、あなたが権力者に狙われる、という件です」


 そういえば、僕の龍の炎を知った権力者が、僕を魔法使いとして狙うかもしれない、という話だった。

 特に接触されることがなかったため、ほとんど覚えていなかったのだけれど、何か進展があったのだろうか?


「教会……カーム聖教が、あなたを狙っています」

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