五章 宮廷魔道士見習い編

第七十七話 休暇

 お待たせしました。五章終了まで毎日更新再開します。


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 フレディの呼んできてくれた冒険者の方々によって、僕たちは戦場から救い出された。

 その後はイェル伯爵領都で絶対安静の病院生活。熊森で戦った後よりも長く滞在したが、大部分の時間を眠って過ごしたので、それほど長かったとは感じていない。


 入院から十日が経って、僕とフレディ、ユージーン先生は連れ立って王都行きの汽車に乗って戻ってきた。

 最も怪我の酷かったユーリは、未だに入院中。グレゴリー氏は、その付き添いだ。

 僕たちも彼女の退院まで一緒にいたかったのだが、王都に残してきた知り合い──メルティさんや、王都騎士団の人たち。先生は授業がある──のことを考え、泣く泣く先に帰ることにした。

 師匠も、意識はしっかりしていたので、それほど心配はしていないのだが。


「……せっかく戻ってきたのに、これじゃ意味ないよな」


「うん」


 僕とフレディがいるのは、瑠璃の館の一階ラウンジ。

 帰ってきた僕たちを暖かく迎えてくれた支配人さんは、外に出る用事はスタッフに全て申し付けて欲しい、怪我が完全に治るまで安静にしていて欲しい、と何度も何度も言ってきた。

 どれだけ断っても聞いてくれないどころか、宿泊料を割り引くとまで言われてしまい、さすがに折れて、お世話になることにしたのだが、結果暇を持て余している。


 訪ねてきてくれたオイナさんにも、しばらく家庭教師は大丈夫だと、半ば強制的な休暇を与えられてしまった。

 フレディもリチャードさんに同じようなことを言われたらしく、僕たちは二人してラウンジでお茶を飲んでいるのだ。


「なんか……このままじゃダメな気はするんだよな」


「そうだね。なんでもかんでもやってもらえちゃうと、どんどん堕落していく気がする」


 ただでさえ、先日の戦闘で連携不足を実感したのに、体を動かすことも止められてしまったとなると、弱くなるばかりだ。

 やっと、この世界でやりたいことを見つけられたのに、大切なものを守るための力がこぼれ落ちていくような気がして、僕は落ち着かなかった。


「俺さ」


 どうやって瑠璃の館を抜け出そうかと考えていたところ、フレディがなにかを覚悟したような目で、口を開く。


「料理、やってみようと思ってる」


「……リョウリ?」


 一瞬、彼が何を言っているのか理解できず、困惑した。けれど、僕の謎翻訳は、僕の語彙に従ってドラコ語を日本語に変換しているはず。つまり、「リョウリ」は僕の知らないこの世界のなにかではなく、「料理」ということだ。

 フレディが、料理?野営ではユーリと同じく、肉を焼くだけとか、摘んできた草を煮るだけとか、そんなものしか作っていなかった彼が?


「ああ。瑠璃の館のご飯はみんな美味いだろ?俺もこの機会に、厨房で習えればって思ってな」


 すぐにでも料理長に話に行くという彼を見て、僕はなんだか意外に思ってしまった。

 フレディは、理想一筋、夢に生きる男、というイメージがあった。

 騎士になりたいという夢を聞く前から、真っ直ぐな人だとは思っていたが、焚き火を囲んだあの日からは、余計に。

 彼が、現実離れしたというか、僕の知らない場所を歩いているような感覚があったのだ。

 そんなフレディが、苦手な料理を克服するために教えを乞うと言う。そんな、日本で掲げてもおかしくない目標に、一世一代の覚悟で挑むような顔をして取り組もうとしていることが、なんだか面白くて。


「それはいいね。……ふふ」


「おい、笑わないでくれよ……。君も、趣味でも見つけてみたらいいんじゃないか?」


 趣味。この世界に来てから、故郷に帰るために必死で、すっぽりと頭から抜けていた。

 ──いや。日本にいた頃だって、毎日に追われて、趣味らしい趣味なんてなかったと思う。空き時間にしていたことといえば、家事に勉強だったから。

 だから、改めて言われてみると、難しい。


「考えてみるよ」


 そう返しても、すぐには思いつかなかった。

 体を動かさず、すぐにできて、無理のない範囲で頑張れること。次第に、そんなもの必要なのか?と思うほどに、思考が煮詰まってから、ふと頭に一つのことがよぎる。


 もう、随分前のような気がするけど、実際には三ヶ月と少し前。

 トゥルスライトの街に迷い込んだ僕を、ジム氏から守るために、フレディが咄嗟についた嘘のこと。


「そうか、裁縫」


 思いついてからは、それしかないような気がしてくるのだから、不思議なものだ。

 日本でだって、家庭科の授業以外でまともにやったことはない。この世界にミシンがあるのかも知らない。たぶん、やるとしても手縫いだけど。


 決して、家に帰ることを諦めたわけではない。

 手がかりはなかなか見つからないけれど、いつかきっと、元の世界に戻るという決意は揺らいでいない。

 でも、張り詰めすぎた糸はいつかきれてしまうから。──この世界にも、大切なものができ始めたから。


 僕は、この世界に来てから初めてできた、まとまった休みを満喫するために、支配人さんに裁縫道具を頼みに行くことにした。

 せめて、この腕に刻まれた火傷の痕が、服で隠せるくらいに癒えるまでは。

 ちょっとだけ冒険を休みにしようと、そう思って。


 慣れない針仕事で指を怪我して、支配人さんに小言をいただいたことは、必要経費として割り切ろうと思う。

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