第七十四話 転がる戦況

「燃えろっ!墜ちろおおおッ!!」


「Quuuaaaa!?!?」


 もう、龍のことばは使わない。僕自身の意思と、僕の言葉で、体を熱の中に投げ出す。

 腹の底から湧き上がる炎は、胸の灯で押さえつける。

 熱い、苦しい。でも、飛べる!動ける!


 ハチェットイーグルが迎撃のために射出した羽根たちを、焼き尽くしながら、僕は飛翔した。

 つい先ほど、巨鳥の突進を避けられないと悟った時と同じく、引き伸ばされていく時間。先ほどとは異なり、動く体。


 ついには巨鳥の腹を捉えた僕の短剣が、体表の羽毛を燃え上がらせながら、肉を求めて突き進む。


「Ququ……Quuaararara!?」


 ずぶり、柔らかいものを貫く感覚。それでも止まらず、僕は前へ進む。前へ飛ぶ。


「う、あ、ああああ゛あ゛ああッ!!」


 返り血が大量にかかっている。にも関わらず、僕の皮膚は液体の感触をとらえない。

 きっと、僕の体を包む灼熱が、その全てを燃やしてしまっているからだ。


 やがて、視界いっぱいの赤と、黒と、茶色が消えた。

 目の前に広がるのは青。空の青さ。僕は──ハチェットイーグルの体を、ぶち抜いたのだ。


 そのことに気づくと同時に、全身から力が抜けていく。

 あれほど体中を駆け回っていた熱が、急激に冷めていき、息苦しさだけが残る。さっき、龍の顕現を行ったあとのような、自分を侵食する何かがないだけ、幾分マシだけど。


「アイゼン君!」


 地上から、ユージーン先生が僕を呼ぶ声が聞こえる。

 フレディは、無事に着地できただろうか?飛んだ後は任せてほしいと、先生が言っていたので、心配はしていなかったが。


 落下していく中でも、なんとか魔鋼の短剣だけは手放さないように、力を入れる。

 やがて、ふわり、という感覚と共に、落ちていく速度が下がり、僕の体は仰向けで地面に横たえられた。


「アイゼン!」


「アイゼン君!」


 駆け寄ってくるフレディとユージーン先生。二人とも、僕が龍と対面している間に、いくらか怪我を負っているものの、走れるくらいの余裕があるようで、安堵した。


「大丈夫か!?」


「うん……イーグルは?」


「君と一緒に落ちてきたよ。念の為見に行くが、息はないだろうね」


 胴体のど真ん中に風穴を開けたのだから、たぶん倒せたとは思っていたけれど、万に一つというのはある。魔物はとんでも生物なのだから、確認は必須だろう。

 けれど、それよりも。


「フレディ、早く……ユーリ師匠たちを、助けに行かなくちゃ」


「わかってる。だが、君は休んだほうがいい。無理しすぎだ」


 龍の顕現、龍との対話、空中機動マニューバに、トドメのために炎を纏ったため、僕の体は限界が近い。

 さっきも血を吐いたし、上半身を起こしてみると、腕の痙攣が止まらなかった。


「でも」


 ずいぶん離れてしまった、師匠がいる方を見れば、まだ空中には巨鳥の姿があり、地面を動く人影は二つしか見えない。


「……もう、誰かが倒れてる。僕も行かなくちゃ」


「アイゼン君。今の君が戦闘に参加しても、限界がすぐに来るだろう。無茶はやめなさい」


「それでも……!」


 短剣を地面に突き立て、僕は立ち上がった。震える足で踏ん張り、真っ直ぐに次の戦場を睨みつける。


「アイゼン君!」


「先生。行きましょう。アイゼンは、這ってでもついてくる」


 フレディは大剣を担ぎ直し、走り出した。

 最後まで僕を気遣わしげに見ていたユージーン先生もその後を追い、僕も一歩、一歩、踏み出す。

 友だちを、助けるために。



 酷い有様だった。

 戦いが始まって、まだ十分ほど。その間に、どうしたらここまで血を流せるのかと、疑問に思うほど。ユーリたちの戦っている場所は、赤に染まっていた。


「ユーリ!助太刀に来た!」


「はぁっ、はぁっ、ふッ!はあッッ!」


 いつも、全体を俯瞰しながら戦闘を運ぶ彼女が、荒い息をして、フレディの呼びかけに応える気配もない。


「くっ、はっ、らあッ!」


 もう一つの人影、グレゴリー氏はといえば、全身切り傷だらけで、ずたずたになった鎧を纏いながら、巨鳥の爪を捌いている。

 もう一人いたはずの護衛騎士は、血の海に沈んでいた。


 対するハチェットイーグルはといえば、翼のあちこちに、いくらか血が滲んでいるものの、目立った傷は見られない。

 飛行能力、および攻撃性能も衰えておらず、むしろユーリとグレゴリー氏は、よくここまで持ち堪えられたと考えるべきだろう。


「今、援護する!」


 ユージーン先生が杖を操り、火矢と砂礫が宙を舞う。

 隙を作り出し、二人の呼吸を整えさせる目的だったそれは、しかし、裏目に出ることになった。


 イーグルは、接近する魔法を、射出した羽根で迎撃する判断を下した。

 自分の攻撃や動きに対して、イーグルが対応し、それに合わせて半自動的に回避を行っていたのだろう。翼のすぐそばにいたグレゴリー氏の回避が、一瞬遅れる。


 羽根を焼き払おうと、僕が咄嗟に伸ばした炎の壁は、万全ではなかったためか、全てを落とし切るに至らない。

 それどころか、飛び出そうとしたフレディの邪魔になってしまった。明らかに、僕のミスだ。


 彼を助けられるのは、ユーリ師匠だけ。周りの状況がほとんど見えていなかったはずの彼女は、全く悩む素振りも見せずに、地面を蹴った。


「ユーリっっ!!」


「師匠っっ!!」


 グレゴリー氏を押し倒し、小さな体でなんとか、彼の体を守るユーリ。

 ズザザザザッ!!という音は、地面に突き立った羽根が出したものではない。僕たちの方へは、ほとんど届いていなかったが、倒れたままの二人の周りは、赤で染まっていた。


 すぐさま駆け寄るフレディに、イーグルが次の狙いを定めた。

 先生がなんとか気を引こうと、魔法を連射しているが、一撃一撃の威力が低く、無視されている。

 これでは、彼も危ない。


「ううっ……届、け……!げほ、げほっ!」


 手を伸ばし、炎弾を射出する。急激に上がってきた熱が、腕を焼き、喉を灼き、あまりの息苦しさに咳き込むと、口を抑えた手に血がべっとりとついた。


 けれど、苦しんだ甲斐あってか、死角から炎弾に襲われたハチェットイーグルは、大きく飛び退き、フレディへの攻撃はなんとか防がれた。

 窮地には変わりない。ユーリの怪我を、早くなんとかしなければ。

 巨鳥を睨みつつ、僕も足を引き摺りながら彼女の元へと向かった。

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