第二十八話 出発前夜
フレディと模擬戦をした次の日は、完全な休日にした。
ここのところ、鍛錬や依頼をこなしたり、一日買い物にあてたりと、ゆっくりする時間がなかったので、本当に久々にゆっくりと昼前まで睡眠をとった。
休みとはいえ、走り込みはする。
一日鍛錬を怠ると、三日分衰えるとは、日本で聞いた言葉だったか、フレディかジム氏あたりが言っていたことだったか。
とにかく、時間こそ遅くなったが、僕はトゥルスライトを去ることへの感慨を抱きながら、街を走っていた。
「はっ、はっ、はっ、はっ」
「アイゼーン!おまえ、王都行くんだってなー!がんばれよ!」
「アイゼンとフレディに、ユーリちゃんまで行っちゃうんだろ?寂しくなるねえ」
「おい!寄ってけよアイゼン。王都じゃ、俺の焼いたパンは食えないぞ!」
いつものコースではなく、住宅街や商人街、職人街の方まで足を伸ばすと、あちこちで住民のみなさんに声をかけられた。
掃除のを依頼をギルドに出していた人や、ご飯を食べに行ったお店の人、いろいろだ。
たった一ヶ月と少ししか、街にいなかった僕を、こんなに多くの人が応援してくれる。別れを惜しんでくれる。それは本当に、幸せなことだった。
「アイゼン」
「はっ、はっ……あれ、アルさん?」
「ちょォっと止まってくれるかな?私も体力はそこそこあるけどォ、君のペースは無理」
南の壁近くを走っていると、見知った顔に声をかけられた。
スピードを緩め、足を止めると、しばらく息を整えてから、彼女は握っていたものを差し出してきた。
「ふぅ……はい、これェ、できたよ」
「これって」
「魔鋼の短剣さァ」
柄の作りは、熊森で失った短剣と、ほぼ変わらない。精緻な作りのグリップには、黒い皮が巻かれている。
受け取って、グリップに巻かれたものと同じ革製の鞘から、刀身を抜き出した。
「これは……」
「どうよォ?」
まず、その刃の薄さに驚く。
黒い刀身にあって、刃の部分は、限界まで研ぎ澄まされ、反対側が見えるのでは、というほどに薄い。
峰はあの魔鋼の中に、別の金属が入っているのだろうか。指で弾いてみると、違った音がした。
「これは、すごいですね」
「そんなことはァ、わかってるゥよ。私が作ったんだよ?」
全体的に、軽い。薄い刃から想像はつくのだが、それにしても軽い。
あの溶けてしまった短剣の、三分の二ほどの重さしかないのではないだろうか。
このサイズ、この軽さの短剣を、一週間もかけずに作り上げるなんて、人間業とは思えない。
「気に入ったかどうか。それをォ、聞きたい」
「それは、もちろん。でも、こんなの、おいくら払えば」
「いィってことよ。これはねェ、私の挑戦なのさァ」
「挑戦?」
「君の炎。私の作品をォ、どろどろ溶かしたァ炎。そいつにねェ、私は勝ちたいのさ。だから、お代はァいらない」
煤まみれの顔を、獰猛に歪ませて。アルさんは笑った。
「あ、でもォ、さすがの私も、ちょォっとお腹空いてェ倒れそうかも?」
さっきまで自信満々だった鍛治師の女性は、そう言い残して、往来に倒れてしまう。
僕が工房に行ってから、六日。さすがになにも飲まず食わずというわけでは無いと思うが、この人ならもしかするとやりかねない。
「ちょ、ちょっと、アルさん!?」
そんな彼女を背負い、とりあえず僕は近場の建物──冒険者ギルドに、入ったのだった。
「わははははは!カンパーイ!」
「乾杯!」
「も、もう何回目だ……?」
ギルドの中では、まだ真昼間にも関わらず、酒を呷る冒険者たちで溢れていた。
彼らの横をすり抜け、受付にいたギルド長に事情を話す。
「あの、アルさんが倒れちゃって」
「ん?ああ、アイゼンじゃないか。あんた、他の二人は酒宴のど真ん中なのに出てこないから、みんな心配してたんだよ」
「え、他の二人?」
「バカ鍛冶屋はあたしが預かるから、混ざってきな!」
ばしばし背中を叩かれ、僕は酒飲みたちの中に放り込まれる。
おばちゃんとアルさんが知り合いらしいのは幸いだが、これは一体、どういう状況なのだろうか?
「あ、アイゼーン!おはよー!」
「もうおはようって時間でも無いけどな……よう、アイゼン」
果たして、酒宴の中心にあったテーブルには、顔を赤くしたユーリ師匠と、苦笑を浮かべたフレディがいた。
「えっと、これはどういう……?」
「おめえさんたちの送別会さ!!俺もトゥリアまで行くけどな。がははは!」
大きな体で、大きな口を大きく開けて、ジム氏が大笑いする。
──ここまで強調したくなるくらい、インパクトがあると言うか。とにかく、ジム氏は豪快に酒を飲んでいた。
「ほらほらほら、アイゼンも飲めよ!アニキの奢りだからさ!」
ジム氏の横から顔を出したピーター氏が、今にも泡が溢れそうなコップを渡してきた。
これ、たぶんビールだろうけど。僕、まだ十六なんだよな。
「いや、お酒はちょっと」
「そおんなことぉ、言わないでくださいよぉ……ねえ?」
丁重に酒盃を断ろうとしたら、べろべろに酔っ払ったローレンス氏が絡んできた。
この人たち、相当早くから呑んでいるんだろう。彼が一番酔っ払っているようだが、他の冒険者たちも、みんな揃って赤ら顔に、怪しい呂律をしている。
「フレディ、止められなかったわけ……?」
「俺一人にどうにかできると思うか?」
「はい!アイゼンがいらないなら、ボクが呑んじゃうよ〜!」
ユーリ、君も僕と同い年くらいだと思うのだけど、その様子じゃ相当な量呑んだんだろうね。
浮かんでくる苦言をため息と一緒に吐き出して、僕も席についた。
色々言いたいことはあるけれど、この人たちは僕たちを見送るために、この酒宴を開いてくれたのだろう。
こんなんでも、お世話になった冒険者の先輩のみなさんだ。僕は彼らに勧められるまま、食べて、歌った。お酒は最後まで逃げ続けたけれど。
「アイゼン、クラスカードの件だけどね」
日が暮れるまで騒ぎ、疲れた冒険者たちが、酒場でグースカ寝始めた頃。ギルド長が、声をかけてきた。
完全に酔い潰れたユーリは、テーブルに突っ伏して夢の中。結局呑まされたフレディも、椅子にもたれ掛かって起きているのか寝ているのかわからないような状態だ。
「パーティーとしてカードをもらう場合、個人名じゃなくパーティー名を登録しなきゃいけないんだ」
「パーティー名……」
そんな話、フレディともユーリともしたことがなかった。
確かに、この街の冒険者の中にも、固有名を持つパーティーはある。だけど、いざ改めて自分達のパーティーに名前をつけるなんて、なんだか恥ずかしいし、僕たちには無縁だと思っていた。
「えっと、それ、今すぐ決めないとダメですか?」
「そうだね。あんたたちは明日朝早く出るだろう?今決めないと、あんただけクラスカードが間に合わない」
困った。
ユーリもフレディも、揺らしても声をかけても起きやしない。唸り声を上げるだけだ。
三人のパーティーなのに、僕が一人で名前を決めるなんて嫌だし、何より思い付かない。
でも、今決めないと僕だけ身分証明書なしだ。それはもっと困る。
「ジム氏のパーティー名って、教えてもらえませんか」
「奴のかい?酒と斧だね」
「酒と斧……」
て、適当すぎる!
酒が好きで、リーダーが斧を使うから、とかそんなところだろう。
「あんまり難しく考えないことさね。頑張っていいもん考えたって、呼ばれなかったり、変に略されたりするもんさ」
そんなこと言われたって、悩むものは悩む。
なんとか起こそうと試みたが、二人が起きる気配は全く無い。というか、明日起きられるのだろうか?不安だ。
「ほら!さっさと考えな!あたしも忙しいんだよ!」
「す、すみません。えーっと、えー……じゃ、じゃあ」
もうヤケだ。酒に呑まれてる二人が悪い。文句があるなら後で変えて貰えばいいだろう!
「仮名『龍と鎧と風』、で」
こうして、僕たちのパーティー名は、しっかりとクラスカードに刻まれた。
一度登録したパーティー名を変えられないことを僕が知るまで、あと数時間──。
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