第二十九話 護衛依頼初日
冒険者という生き物は、改めて化け物だと思う。
昨日、あれだけ酒を呑みまくっていたにも関わらず、早朝の集合に遅れた者や、二日酔いで体調の優れない者は、ただの一人もいない。
がらがらがらがら。
馬車の車輪が、砂利道を進む音。街を出てから、BGMはずっとこれだ。
トゥルスライトから、領都トゥリアまでの護衛依頼。
メンバーは、酒と斧のジム氏、ピーター氏、ローレンス氏。そして、仮名「龍と鎧と風」の僕、フレデリク、ユーリ。
護衛対象であるレベッカさんは、行きの道を一人で走ってきたらしい。
護衛なんていらないくらい強いのだそうだが、そこは彼女の気遣いで。パーティーを移るユーリのため、僕たちの合同依頼として、指名してくれたのだった。
「ほんと、ごめん……!変えられないの、知らなくて!」
馬車の近くを歩きながら、僕はフレディとユーリに謝った。
昨日の晩、僕が冒険者クラスカードに登録したパーティー名、仮名「龍と鎧と風」。そう、仮名。
名前を決めないわけにはいかないが、寝ている二人に黙って決めるのは申し訳ない。そんな葛藤から逃げるため、僕が取った手段は、見事に裏目に出ていた。
「いいよいいよ。寝てた俺たちも悪い。気にすんな」
「ぷっ……仮名、仮名って。くふふ、おもしろすぎ」
フレディは僕を気遣って、気にするなと言ってくれるが、口角がぴくぴく動いていることを、僕は見逃さない。
ユーリ師匠に至っては、僕がパーティー名を伝えた時から、ずっとこの調子で、笑い続けている。
「おい、おもしれえのはわかるが、あんま笑ってばっかで、警戒を疎かにすんなよ?」
「はい……」
総勢六人の僕たちは、四人で馬車を警備し、二人は中で休憩をするというローテーションで、三時間おきに交代している。
今の時間は、僕たちパーティーに加えて、ジム氏の番だった。
「はいはーい。ちゃんと警戒してますよーっと」
「アイゼン、おめえさんもそう落ち込むな。王都へ行ったら、おかしな名前のパーティーくらい、ごまんとあるからよ」
おかしな名前、おかしな名前。か、仮名さえついていなければ、そんなに悪い名前ではないはずだ。
龍。僕の因縁の極彩色のあいつ。
鎧。頼もしいフレディのプレートメイル。
風。追いつける気がしない、ユーリ師匠の身のこなし。
僕たちそれぞれの特徴を踏まえた、いい名前だと思うのだが。そう思っているのは僕だけかもしれない。
「熊森、あっという間だったな」
「あんなに苦労したのに、ね」
西門から続く街道は、熊森を迂回して伸びている。
まだ、出発してそれほど時間も経っていないのに、僕たちは森の反対側まで来てしまっていた。
「そういえば、ボクがお母様にくどくどお説教されてた間に、バレルグリズリーに勝っちゃったんだよね?二人は」
「ああ。俺はほとんどなにもしてないんだがな」
「僕もなにがなにやらわからないうちに」
「えー?それ、どういうこと?」
「まあ……そのうちわかるさ。いや、でもアイゼンはあれ、使いたくないんだったか」
「できればね」
アルさんにも言ったことだが、僕は未だにあの炎をもう一度呼んでいない。
なにぶん、苦しすぎるのだ。釜茹で地獄が本当にあるなら、きっと僕の覚えている感覚に近い──いや、もしかするともっとキツイかもしれない。茹でられるというより、焼かれる感覚だから。
「おねーちゃんが魔法使いなんだけど」
「そうなのか?というか、姉がいるというのも、初耳……いや、剣聖の娘ってことは」
「フレディの考えている通りのヒトだと思うよ」
結局、ユーリ師匠の本名がユレニアで、貴族であるとわかってからも、僕たちの態度は変わっていない。というより、変えないでくれと、頭を下げられた。
まあ、彼女の方も全く変わりなく、気を抜くと貴族の令嬢なんて冗談なのでは?と疑うほどなので、無理をしているわけではないのだが。
しかし、事実としてユーリは剣聖の娘。その姉が有名人でも、なんら不思議はない。僕は知らないけれど。
とにかく、そのお姉さんという人の方が、「剣聖の娘」として名が通っているみたいだ。
「魔法使い……お姉さんは、魔法を使うときの代償とか、負担とか話してませんでしたか、師匠」
「うーん。ボクが覚えてる限りでは、ないかなあ。だから、君が魔法の代償?でボロボロになってたって聞いた時は、びっくりしたんだよね」
「そうですか……僕だけなのかもしれないけど、とにかくキツイんで。たぶん、しばらく見せることはないと思いますよ」
「そっかー、それは残念」
いざとなったら出し惜しみはできないけれど、できれば使いたくない奥の手。
僕に取ってあの炎は、そういった位置づけだった。
「ユーリ、マグダレナ様ってどんな人なんだ?ああ、いや、武勇とか噂とかは俺も結構聞くんだが、人柄っていうか、性格とか、好きなものとか……」
バレルグリズリー討伐のあらましをユーリに話し始める前に、相棒はそう切り出した。
マグダレナ──それが、彼女の姉の名前のようだ。
というかフレディ、その聞き方はまるで、気があるように思えるのだけど。
僕でもそう思うのだ。ギルドでも色恋話によく興じていたユーリには、途端に問い詰められることになる。
「えー?フレディ、おねーちゃんのこと好きなの?」
「好き……好き、というのは違うな。お会いしたこともない」
「ちぇ。つまんないの」
「でも、なにか思うところはあるんでしょ?その言い方」
別に、日本にいた頃も、恋したっていう記憶はないし、クラスメイトが恋バナで盛り上がっている時も、それを遠くから見ているだけのことが多かった。
だけど、今はなぜか、フレディの少し濁すような言い方が気になって。いや、僕は初めて、友人の色恋に興味を抱いたのだった。
「思うところって、まあ、ないわけじゃないが」
「え?え?なになにー?ボクがおねーちゃんに伝えてあげよっか?」
「……この話はあと、あとだ!ほら、ユーリもアイゼンも、周囲の警戒が疎かだと、アニキに小言言われるって」
照れ臭そうに手を振るフレディの言う通り、少し話し込みすぎてしまった。
僕たちは馬車の警護に集中し、その日は初日ゆえの疲れもあって、彼の心の裡を問い詰めることはしなかった。
──ユーリ師匠は、ずっと聞きたそうにそわそわしていたけれど。
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