第二十六話 冒険者クラスカード

 一週間後の出発に向けて、僕はアイゼンやユーリの力を借りつつ、準備を整えていった。

 革鎧を新調し、予備の水筒を買い、干し肉やドライフルーツなどの食料と、ロープやマッチなどを揃えた。

 ハンガーウルフの討伐依頼と、毛皮の売却で得たお金だけでは、オーバーしてしまったのだが、燃え残ったバレルグリズリーの毛皮や、爪などを売り払って、なんとか予算内に収めることが叶った。


「アイゼンもフレディも、遠出は始めてなんだよねー?」


 冒険者ギルド、今は夜のため酒場となっているそこ。

 僕がこの世界に転移してきた初日に、フレディと共に囲んだテーブルに、今はユーリ師匠の姿もあった。


「依頼としては、な。俺は故郷の村からトゥルスライトまで、歩いて三日と半日かかった」


「ここから領都より少し近いくらいだね。アイゼンも近くの村出身なんだっけ」


「えーっと」


 ユーリがパーティーメンバーになってくれたのは、とても喜ばしいことだ。

 だけど、僕はジム氏の追求を逃れ、この街の冒険者たちに怪しまれないように、嘘をついた身。彼女にそのことを隠すならば、これからの生活は少し息苦しいものになってしまうことだろう。


「そのことなんだが。すまん、ユーリ。アイゼンは、本当は俺の隣村出身じゃないんだ」


「ん?それはー。どういう?」


 驚いてフレディの方を見る。隠さなくて良いのか、と。


「これから一緒のパーティーとしてやってく仲間だぞ?秘密は少ない方がいい」


「それもそう、か。じゃあ、僕から説明させてよ」


「おう」


 疑問符を浮かべるユーリ師匠に、僕の事情を話していく。

 と言っても、異世界からの転移者であることは、フレディにすら話していないことなので、真実を全て話す、というわけにはいかないことが、心苦しいところだけど。


「気づいたらこの街にいた感じで……僕自身、まだわからないこともたくさんあるんです」


「ふーむ。記憶がない、みたいな状況なんだね」


「そこをアニキに絡まれて困ってたから、俺が咄嗟にでっちあげた出自で、なんとか守ったってわけさ」


「叔父貴、初対面めっちゃ怖いもんねー」


 とりあえずの事情説明は終えたが、僕が二人に異世界出身であることを話す日は来るのだろうか。

 罪悪感に気持ちが沈みかけてから、ふるふると首を振った。


「はい、お待ち。それとあんたたち、クラスカードの配布希望だったかい?」


 どん!と果実水の入った木のジョッキをテーブルに置きつつ、ギルド長は言った。

 僕たちはトゥルスライト所属から、王都所属の冒険者になろうとしている。向こうに着いてから、実力が認められるまで地道に依頼をこなしていくのもいいが、ユーリは学園を卒業した後、流れの冒険者になりたいようなのだ。


 そこで、今のうちにクラスカード──冒険者の実力を担保する証明書をもらってしまい、王都でも最初から実力の見合った依頼を受けられるようにしよう、という計画だ。

 学園に戻るユーリと違い、僕とフレディは王都での身分証明にも使えるため、一石二鳥だった。


「あんたたちの実力なら、Cをつけることになるだろうね」


「つけることになるって……なんか必要なのか?」


「ああ。基本、クラスカードは一年以上街に滞在してる冒険者に出すものだからね。フレディは合格、ユーリもギリギリだが、アイゼンはまだ一ヶ月しか経ってないからね」


 先日、バレルグリズリーを討伐したことを報告した時も、一部の冒険者には訝しまれたものだ。

 むしろ、何の疑いもなく信じてくれたジム氏のパーティーや、目の前のギルド長がおかしいとも言える。


「ま、メンバーの一人だけクラスカードを持ってないってのも、いざこざの元だろう。最近、王都は物騒だって言うしねえ」


「ボクらはなにすれば良いわけ?」


「あんたとフレディはなにもしなくて良いさ。ほれ、もうやるよ」


 割烹着に似た服のポケットから、彼女は無造作に二枚の銅板を取り出した。

 表面には精緻な紋様と、「フレデリク」「ユレニア・トゥルサフィア」の名前が刻まれている。


「げ、本名」


「仕方ないだろう。奥方様のお達しでね、ユーリって名前では出させないとさ」


 嫌そうな顔でカードを眺めるユーリと、興味深そうに眺めるフレディ。対照的な二人を見ながら、僕は気になっていたことの一つ目を尋ねた。


「これって、偽装はできないんですか?」


「滅多なこと言うんじゃないよ!と言いたいところだが、無理だね。あんたたち、真ん中に血を垂らしてみな」


 言われるままに、フレディが親指をの皮をナイフで切って、血を垂らした。

 すると、不思議なことに銅板の真ん中に龍の顔と「C」という文字が浮かび上がったのだった。


 流れの冒険者のクラスは、AからDまであるので、実力を上げて認められれば、この文字がBとかAに変わるのだという。

 僕にはアルファベットに見えているだけで、この世界の人にどう見えているのかは、わからないが。


「こいつはすごいな」


「だろ?まあ、あたしも詳しい仕組みは知らんがね。これを作るときに、あんたたちが登録した時の紙から、血判を切り離して埋め込んでるんだが、その血と垂らした血が一致しないと、この紋様は出ない。今回は奥方様の力で早くに手に入ったが、普通は発行まで二ヶ月はくだらないものだよ」


 魔法の道具とか、アーティファクトとか、そういう感じのものなのだろう。

 この世界で触れた剣や道具などは、初めてのものばかりだったが、僕の常識の範囲内だった。

 だけど、これはどういう仕組みなのか全く検討もつかない。地球の科学で再現できるのだろうか?


「それで、僕は……どうしたらこれをもらえるんでしょうか」


 だけど、今必要なのは、仕組みの解明ではなく、カードそのものだ。

 気になってたことの二つ目。それは当然、どうしたら手に入るのか、ということだった。


「どこそこに住んでる魔物を倒してこい、って言うところなんだがね。出発前のあんたにそれを言うのは酷だ。そこで、模擬戦を提案させてもらうよ」


 模擬戦。すなわち、対人戦。稽古でも、訓練でもなく、本気の戦い。

 生まれて初めて、僕は──人間に、刃を向けることになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る