第二十三話 貴族の仕組み
貴族。現代日本に住んでいた身としては、物語の中でしか馴染みのない言葉だ。
しかし、この世界、この国においては、社会制度として存在する地位で。目の前にいる銀髪の美女と、ただの冒険者だと思っていた少女は、その貴族であると言う。
「(フレディ、領主様って……ここの、だよね?)」
「(ああ。トゥルスフィア伯はここら一体を治めてらっしゃる家だ)」
トゥルスライトには役場みたいな場所はあるが、そこのトップがどういう地位なのかは知らなかった。
伯爵家というと──上位貴族なのでは?
その奥方と、令嬢が目の前にいる。僕は一瞬、体を震わせた。正直怖いけど、事情を聞かないという手はない。なぜなら、僕の病室からそんな人たちを追い出せないから。
退院のために!
「レベッカさん。重ねてお聞きしたいんですが、貴族のユーリ師匠……ユレニアさんが、なんで冒険者を?」
「それは自分の口から説明させると良い。ユレニア、次に逃げたならば、その時は……わかっておるな?」
「ひう!?わ、わかりましたお母様」
レベッカさんが鋭い眼光を向けると、ユーリは大きく体を跳ねさせ、暴れるのをやめた。
フレディも彼女の拘束を解いたことで、少しは話ができる状況が整ったと思う。
「えー、っとね。貴族って、領地からの税金で贅沢三昧しているように思われがちなんだけどさ。実は結構忙しいのね」
「年中行事とかですか」
「いや。そういうのやってるのは、領地のない王都の貴族くらいだよ。ボクたちが忙しいのは、領地運営と魔物討伐のせい」
この国出身でない僕のために、ユーリ師匠はドラコ王国における貴族制をかいつまんで説明してくれた。
まず、貴族を貴族たらしめているのは、その血が魔の気をたくさん溜められる「器」であるからだという。
魔物との戦いや、日常生活で感じていた、僕たち地球の人類と、この世界の人たちの身体能力の差。それは、魔の気に由来するものらしい。
動物を魔物に変える魔の気だが、過剰に体に溜め込まない限りは、危険なものではないのだとか。
「ボクたち貴族はね、計画的な結婚を繰り返すことによって、個人差のある魔の気への適性を、血筋レベルに昇華してるんだ。結果、貴族は平民より強いことが多い。だからこそ、忙しいんだよ」
「魔物の討伐は、冒険者や街の兵士が基本的に担う仕事だが、奴らにも強さがある。手に負えない強力な魔物は、だいたい私たち貴族のところに回ってくるのさ」
レベッカさんの補足で、だんだんとこの世界の貴族制がわかってきた気がする。
土地を持っているからとか、お金があるから特権階級なのではなく、もっと単純に、強いから貴族なんだ。
「それでね。その血に由来する力を悪用しないように、貴族の子女は王都の学校に通わないといけないっていうルールがあるんだ。その学校がめんどくさいったらなくて……」
「ユレニア?」
「うっ、で、でも。お母様は通っておられないんですから、あの場所の閉塞感を知らないじゃないですか!」
「師匠、学校から逃げるために冒険者やってたんですか」
「……そうだよ。課外活動って名目で、逃げてる」
フレディはきょとん、としている。たぶん、それの何が悪いのかわかっていないのだろう。
彼はかなり聡い男だが、学校教育を受けてそうなったわけではないはずだ。王都の貴族学校がどういうものかはわからないが、少なくとも平民に教育を施す公的機関は、この国にはないようだから。
僕にも、その学校が生徒の出席に対して、どの程度の強制力を持っているのかはわからないけれど、なんらかの問題が発生しているのだろう。レベッカさんがここにいるのが、その証拠だ。
「確かに私は平民上がりだからな。学園には通っておらなんだ。だがな、だからこそ、あの学園を卒業することの重要性は、通っていた者より知っているつもりだ」
レベッカさんは豪放磊落な人に感じるが、かなり苦労をされてきたのだろう。哀愁、というか。疲れを滲ませながら、娘に学園の重要性を語り始めた。
「あの学園の目的は、貴族の子らに力の制御を学ばせることにあるわけだが、通わせる側の意図は別だ。お前たちくらいの歳で、派閥だとか社交とか、そういう人間関係を学ばせたいんだよ」
「その話、これで何度目ですか、お母様!ボク、耳にタコできちゃったよ」
「お前がわかってないのが悪い。ともかく、学園での人間関係構築を失敗するとな、将来味方がいなくて辛い思いをするんだよ」
「別にいいです。ボクにはフレディとかアイゼンとかピーターとかレニがいるから」
「ユレニア、お前なあ……」
レベッカさんが額に手を当てて、大きくため息をつく。
ユーリの言った通り、この問答は決して初めてではないようだ。二人の主張は平行線で、言い争いが決着する気配はない。
どうしよう。僕には、退院したらアルさんに短剣のことを謝りに行って、その後骨つきステーキを食べて、新しい宿を取るという完璧な計画があったのに。
ここに日が暮れるまで縛られるのは大変困る。
どうにかこの場を抜け出す言い訳を考えながら、うんうんと唸っていたら、これまで黙っていたフレディが、口を開いた。
「あー、いいですか。ちょっと」
「構わん」
「ユーリ、でいいか?」
「いいよ。ボクもそっちの方が楽」
「じゃあ、ユーリ。君は、学園に通うより、アニキたちと冒険してたいんだよな」
「うん。あんな学校、もううんざり」
「でも、お母さんの言ってることが間違ってるとも思ってない。そうだろ?」
「う……まあ、合ってるとも……思ってないけど」
明らかに、彼女の言葉の歯切れが悪くなる。
ユーリ師匠は、真っ直ぐで優しい人だ。自分のわがままで、母を振り回していることに、少し負い目を感じているみたいだった。
それにしても、フレディはなにを提案するつもりなんだろうか。
「王都で学園に通いながら、冒険者をやるのは無理なのか?」
「私も、最初はそうしろと言ったのだ」
「それじゃ、学校に行った時にいろいろ言われるの。女なのに野蛮とか、どうせお遊びとか、うるさいったらない。他の冒険者たちだって、ボクを腫物みたいに扱うんだよ?」
なるほど。権力の根拠が純粋な力にあるから、体の構造的に、男性よりも弱い女性を下に見ているのか。
冒険者は生き残っている者が正義なので、あまり男女差をとやかく言わないが、貴族学園に通うお嬢様と仕事をしたい人間はそういないだろう。
「そんじゃ、後者は少なくとも解決できるな」
──なんとなく、わかった気がする。フレディが、なにを提案するのか。
彼は僕の方に目配せをした後、解決策を切り出した。
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