第二十二話 ユレニア

 トゥルスライトの街に帰還した僕とフレディは、一週間病院に閉じ込められた。

 いや、別に監禁とか、そういうわけではないのだが。僕の怪我は、自分で思っていたよりもずっと重く、医者にはなぜ生きてここまで辿り着いたのか、と大真面目に不思議がられた。

 フレディの方は、僕ほど傷は酷くなかったようだが、放っておくとすぐに街中の依頼を受けに行こうとするため、僕が治るまで一緒に入院と相なったのだ。


 それにしても、この世界の医療は不思議だ。

 病院の設備は、僕の見慣れたものとは全く異なっていて、機械類がないのは当然だが、ベッドもシーツが白いくらいで宿屋と大きく差はなかった。

 診察室はなく、病室に医者が重そうなバッグを抱えてやってくるというスタイル。

 バッグの中には、癒しの実を筆頭に、色とりどりの薬草や粉末が入っており、患者の症状を聞いた医者が、その場で見繕ってそれらを飲ませてくる。

 なんでも、薬を嫌がり、処方しても飲まない患者が多いらしく、その対策で医者が見ているところで必ず飲ませるのだそう。


 回復魔法とか、治癒魔術みたいなものこそ使われなかったが、異世界薬草たちの超性能によって、僕は一週間で退院できることになったのだ。

 僕の体が、あの龍のせいで作り替えられたから、ではないことを祈りたい。


「もー、ほんと心配したんだからね、二人とも!ボクの知らないとこで死にかけるの、やめてよね!」


 そういうわけで退院の日。僕の病室に、ユーリ師匠が訪ねてきていた。

 これまで見舞いに来れなかったことを詫びられたため、理由を聞くと彼女は遠い目をしてしまった。


「アイゼンはともかく、俺の怪我はそんなに酷くなかったさ」


「そうじゃなくて!バレルグリズリーとやったんでしょ?なんで逃げなかったのさー!」


「逃げられるような状況じゃなかったんですよ」


「それでも逃げるの。命いちばん!!」


 ぷくっと頬を膨らませて怒る彼女に、僕とフレディは思わず吹き出してしまう。


「なにさー!」


「いや、ユーリの怒ってる姿が、なんかおかしいっていうか」


「可愛らしかったので、つい」


「本気で怒るからねー!?こっちは真面目に心配してるんだからね?そこんとこちゃんとわかって反省して!」


 怒っているオーラを出していたユーリ師匠だったが、すぐにぷっ、と吹き出し、その後は三人で笑った。

 そんな何気ないやりとりの中で、生きて帰ってこられてよかったと──改めて、思う。


「そういえば、師匠。お母さん?は大丈夫なんですか」


「う……聞かないで」


「聞かないでって。あ、まさか窓から入ってきたのって」


「じゃ、じゃあボクはこの辺で……」


 病室に入ってきた時と同じように、窓から出て行こうとするユーリ師匠。

 そういえば、二日前に見舞いに来てくれたジム氏が、ユーリを見なかったか、と言っていたような。


「ユーリ、君まさか、逃げてるのか?」


「な、なんのことだろうなー?は、はは」


 灰色の目を泳がせて、下手くそな口笛を吹いてみせる。

 これで誤魔化しているつもりなのだろうか?思わず苦笑してしまう。


 ジト目の僕とフレディから逃げるように、彼女が窓から出て行こうとしたその時。

 僕の病室の扉がノックされた。


「どなたですか?」


「俺だ」


 扉越しのくぐもった声は、ジム氏のものだ。

 当然、姿を探されているユーリは、びくっと体を跳ねさせるが、肩をフレディに掴まれてしまったため、脱出は不可能となった。


「(ちょっと!フレディ、ボクを裏切るの!?)」


「(俺は基本、アニキの味方だ)」


「(いやだ!ボクは自由だ!冒険者だ!)」


 ばたばたと暴れるユーリと、それを抑え込む相棒を横目に、僕はジム氏の入室を許可する。

 果たして、部屋に入ってきたのは、最早見慣れたスキンヘッドの巨漢と──長い銀灰色の髪を腰まで伸ばした、切長の瞳の美女だった。


「ユレニア、やはりここにいたか」


「うげっ……母様……」


 その女性の姿を捉えた途端、ユーリの抵抗は激しくなる。母様、つまり彼女こそがジム氏の姉で、ユーリのお母さんということなのだろう。

 それにしても、ユレニア?とは。


「ジム氏、そちらは」


「ああ、すまん。勝手に連れてきて」


「私はレベッカ・トゥルサフィア、ユレニア……ユーリの母だ」


 美貌に苛烈な笑みを浮かべるレベッカさん。一言で言い表すなら、彼女の印象は「武人」だろうか。

 外行きと思われる、動きやすそうなドレスを纏ってこそいるが、腰には長剣を掃いており、身分の高い女性にしては、腕の筋肉は引き締まっている。

 ジム氏も先ほどからなんとなく身を縮こませているし、ユーリは絶望から逃れようと言うばかりに抵抗をしている。よっぽど、レベッカさんは怖い人、なのだろうか?


「アイゼンと言います。ジム氏とユーリ師匠にはお世話になっています」


「フレデリクと申します。まさか、貴殿がアニキとユーリの縁者だったとは……」


 僕が普通に挨拶をした後、フレディは見たこともないほど丁寧に礼をした。

 ユーリを押さえつけたまま、器用なものだ。それにしても、彼がこれほど謙るとは、レベッカさん、何者なんだ?


「良い。私も元は冒険者、そのようにせず、砕けた態度で接してくれ」


「しかし、領主様の奥方にそのような……」


 領主の奥方!?いや、確かに高貴な人なんだろうな、とは思っていたが、領主って。

 というか、フレディ。彼女が領主の奥方なら、君が今押さえつけているのはご令嬢ということになるはずだけど、それは大丈夫なのか??


「私が良いと言っているのだから、良いのだ。それより、ユレニアを捕まえてくれたこと、感謝する」


「滅相もな……あー、いえ、気にしないでくだ……くれ」


 誰にでも簡単に距離を詰めるコミュ力おばけのフレディが、困ったように苦笑している。レアな光景だ。


「ふ、すまんな、無理を言ったか。まあ、過度に謙らなければ、好きにせよ」


「ありがとうございます」


「……あのー、フレディ?君、今明かされる衝撃の事実によって、ボクが敬われる存在であることに気づいたわけなんだケド。どう?離してくれてもいいぞー……?」


「俺の中で君はまだユーリだ。説明を受けるまで、逃げ出そうとする友人を捕まえているだけに過ぎないな」


 一転、いい笑顔。いい性格してるな、君。


「えっと、レベッカさん。で、いいんですよね?」


「構わぬ。それで、アイゼン、何を聞きたい?」


「ユレニアっていうのは、ユーリの本名……なんですよね?」


「その通り。そこなお転婆はユレニア・トゥルサフィア。剣聖などと呼ばれている男の、娘だよ」


 まさに、今明かされる衝撃の事実だ。ユーリ──ユレニアの言葉を借りるわけではないが。

 さて、これは一波乱ありそうだが、僕は無事に退院できるのだろうか?

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