三章 王都への旅路編
第二十一話 帰還
この国においては、冒険者と一口に言っても、だいたい二種類に分けられる。
国中を、時には国外を転々として、訪れた街で割りの良い仕事を受け、しばらく生活してはまた旅に出る、流れの冒険者。
一つの街を拠点とし、そこの兵士や騎士と時に協力し、時に競い合い、街を守るように依頼を受ける冒険者。
前者の冒険者が、依頼から戻らなかった場合、探されることはない。
依頼を放棄して他の街へ向かった可能性が真っ先に考えられ、仮に依頼の途中に命を落としたとしても、依頼を受けた街に家族がいるケースは滅多にないためだ。
対して、後者の冒険者が依頼から戻らない場合は、基本的に探される。
依頼に出る前に、帰還予定をギルドに伝え、それを大きく逸脱した場合に、他の冒険者に捜索の依頼が出されるのだ。
冒険者は自由を第一に掲げているとはいえ、街に居着く以上、そこのギルドの「戦力」として数えられるからだ。
さらに、未確認の魔物によって殺されてしまった場合は、いち早く情報を手に入れなければ、二次被害が広がるかもしれない。
現状、僕とフレディは、トゥルスライト所属の冒険者だ。
ハンガーウルフ討伐は、日帰りの予定だったため、僕たちを探す冒険者は三日後に森へとやってきた。
「こりゃあまた、ずいぶんなデカブツとやりあったもんだな、おめえさんたち」
太陽が傾く頃に、スキンヘッドの巨漢が、熊の死骸に目をやりながら、木々の奥から現れたのを見て、僕は思わず涙ぐんでしまった。
「アニキ……!ありがとうっ!」
それはフレディも同じようで、負傷したままの左腕と足を庇いながら、ジム氏に抱きついている。
癒しの実のおかげで、ある程度体力は戻ってきていたが、三日では歩いて森を脱出できるほど回復できていなかったのだ。
「おいおい、暑苦しいからやめろ。それより、腹は減ってねえのか?」
「ああ。そこの熊をちょっとずつ食ってたから、なんとか」
体が動くようになってまず、僕たちは熊の魔物の解体を始めた。
溶けかけの短剣と大剣では、上手に肉を切り出せなかったが、なんとか火を通して食べられたのは僥倖だった。不味かったけど。
「アニキ!早すぎ……って、フレディとアイゼン!よかった、無事だったか!」
「本当ですか!?おお、神に感謝を……!」
ジム氏に続いて、茶髪の青年と、ほっそりした青年が森から出てくる。ジム氏とユーリのパーティーメンバーの、ピーター氏とローレンス氏だ。
二人は僕たちに駆け寄ると、近くの熊の死骸を見て驚いて目を見開いた。
「フレディ、おまえそいつ、やったのか!?」
「これは……バレルグリズリーでしょうか?それも、二頭!Bクラスのパーティーであたるべき魔物ですよ!?」
熊はバレルグリズリーという名前らしい。
ユーリ師匠から借りている図鑑には載っていなかったので、トゥルスライトの近くには、本来いないはずの魔物なのだろう。
先ほどの冒険者の分類の補足になるが、流れの冒険者は「クラス」を認定されていることが多い。
街を拠点にする以上は、自分の実力は自然に知られていくものだが、訪れたばかりの新天地ではそうはいかない。
やってきたばかりの余所者が、自分の実力に見合った依頼を受けられるようにするシステム。それが冒険者クラスだ。
転じて、魔物の強さを測る際にも使われるのだが、あまり馴染みのない分け方でもある。
なぜならうちの街の冒険者たちは、「Aの魔物はBより強い」とか、「CはDと比べれば雑魚だからお前でもいける」とか、「俺はEに勝てなかったからお前も無理」とか、そういう感じのふわふわ相対評価で強さを測っているから。
「Bってえと、俺たちにユーリを加えて、ようやっと互角くらいか?レニ」
「はい。それを、フレデリクさんとアイゼンさんの二人で倒したとなると、快挙ですよ……!どんな手段を使ったんです!?」
鼻息荒く、ローレンス氏が僕たちに詰め寄ってくる。
僕はフレディと苦笑しあって、答えた。
「えーっと、いろいろあったんですけど……秘密です」
「おいー!冷たくないか?せっかく真っ先に捜索依頼受けてきたのによー。ジムのアニキなんか、ずっと落ち着いてるフリしてた癖に、森に入ったら俺らでも追いつけないくらいのスピードで……」
「う、うるせえピーター!……まあ、冒険者ってのは全部の手の内を明かさねえもんだ。おめえさんたちがそうしたいってんなら、俺は聞かねえよ」
「ありがとうございます」
ジム氏は照れくさそうに頭を掻きながら、ピーター氏の背中をばしん!と叩いた。
フレディと話し合って、僕の炎の魔法は秘密にすることにしたのだ。
魔法が使えることを知られると、注目を集めることは間違いない。それ自体は別にいいのだが──嬉しくはないけど──僕の魔法モドキは、強烈な熱さと息苦しさが伴う。簡単な気持ちで「見せろ」と言われても、使う気になれないのが本音だった。
「さ、て。三日もここにいないといけなかったってことは、まだ歩けねえのかい」
「歩けないってわけじゃないんだが、戦闘の可能性をケアしながら、森を踏破できるほでじゃないって感じ」
「痛くはないのか?」
「めっちゃ痛いです」
「見せてください……ああ、傷の処置が適当すぎる!」
神官兼、薬師でもあるローレンス氏が、僕たちのやっつけ包帯巻きを見て、悲鳴をあげる。
そう言われても、仕方がなかったのだ。
僕たちは二人とも、傷の手当てなんて素人に毛が生えた程度にしかできないし、放っておいても癒しの水で血は止まってしまうのだから。
その後、包帯を巻き直して、みんなで食事をしてから、出発した。
僕はローレンス氏に背負われ、フレディはジム氏に背負われるという、なんとも恥ずかしい格好だが、なんにせよこれで街に戻れる。
余裕ができてから、ジム氏のパーティーメンバーが、一人欠けていることに改めて気づいた。
「あの、ユーリ師匠は……?」
「あー、あいつは今、姉貴に絞られてんだ」
姉貴というのはユーリのお母さんのことだろう。確かに、熊森に来る前日に、お母さんがトゥルスライトに来るような話をしていた覚えがある。
だが、絞られるとは、どういうことだろう?
あの自由奔放なユーリが恐るほどの女性。僕たちは、帰ってすぐに、彼女に会うことになるのだが。
熊森を出られることに安心しきっていた僕には、知る由もないことだった。
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